ケルニャの日。
昼間はいつも通り無尽流の道場に顔を出す。今日もいい汗をかいた。ゼマティス家まで戻る時間はないので、道場で着替えて直接辺境伯家上屋敷へと向かう。
こんなこともあろうかとドレスを用意していたアレク。さすがだ。私はいつも通りの服装なので楽なものだ。
出発時、フェルナンド先生にドレスを褒められて照れるアレクはとてもきれいだった。頬紅なしでもほんのり赤くなったアレク、かわいいなぁ。
そこら辺で辻馬車を拾い第三城壁北門まで。ここからは歩くしかない。目的のお屋敷はとても分かりやすい。馬車がたくさん向かっているからだ。
そして到着。あいにく昨日の今日だったので招待状を持ってないが、正門までソルダーヌちゃんが出迎えに来てくれたので問題なく入ることができた。
「ソル、今日はお招きありがとう。」
「そのドレス、よく似合ってるね。」
「ピュイピュイ」
「ようこそ。楽しんでいってね。コーちゃんは昨日もいたのかしら? それよりカース君? アレックスとどっちが似合ってるかしら?」
「そんなのアレクに決まってるよ。王国一だよ。ちなみにコーちゃんは昨日は鞄から出てこなかったよ。」
何を当たり前のことを。からかったつもりかな?
「即答なのね。もぉー、少しは悩んでよ。カース君こそいつも同じ格好なのに素敵よね。そこらの流行のウエストコートじゃあ比べ物にならないわね。」
「カースに腹芸を期待してもだめよ。」
アレクは諭しているのか勝ち誇っているのかよく分からない。でも褒められて嬉しい。その気になれば腹芸ぐらいいくらでもできるが、やる気がないだけだ。
「だよねー。そもそもアレクより可憐な女の子なんていないんだから仕方ないよね。」
もちろん本気でそう思っている。前世を含めても見たことがない。
「はいはい、聞いた私が悪かったわ。何か食べる?」
「ええ、いただこうかしら。実は結構お腹が空いてるの。」
「ピュイピュイ」
今日はコーちゃんも最初から登場だ。王都では鞄の中で大人しくしていることが多かったからな。たくさん食べようね。ところで主催者に挨拶とかしなくていいのかな? 辺境伯はいないだろうし、誰なんだろう? まあアレクが何も言わないんだから別にいいのだろう。さあ食べよう。
私とアレク、コーちゃんは立ち話をしながらも食事を続ける。コーちゃんもピュイピュイ言いながら喜んで食べている。見てるだけで癒される可愛さだ。
「カース、そろそろ踊りましょうよ。」
そう言って私に手を伸ばすアレク。可愛らしさの中に妖艶さが見え隠れする淑女っぷり。
その手を取り、ダンスをしている一団に紛れ込む。
道場で体を動かしていたせいか、アレクの動きが鋭くなってきているような……
そしていつものように私達の周りをクルクルと回りながら踊るコーちゃん。いつもは頭をグルグルと回すのに今日は前後にヘッドバンキングをしている。流れている曲が陽気なせいだろうか。
それにしてもダンスとは楽しいものだ。前世、体育の授業で教えることはあったが、少しも面白くなかったってのに。あぁディスコに行きたくなってきた。
立て続けに三曲も踊ってしまった。少し休憩かな。
「楽しく踊ってるわね。次は私とも踊ってくれない?」
ソルダーヌちゃんからのお誘いか……仕方ないな。エイミーちゃんが睨んでいるのはどっちの意味だ? 断って欲しいのか、踊って欲しいのか。
「リードとかできないけど、それでも良ければ。」
「そんなのどうだっていいわよ。楽しく踊りましょうよ。じゃあアレックス、カース君を借りるわね。」
「いいわよ。カースの踊りって見てるだけでも楽しいもの。」
コーちゃんはアレクを頼むね。「ピュイピュイ」
さて、ソルダーヌちゃんはどんなダンスをするのか……ぬおっ本格派だ。
アレクは私に合わせてゆっくり踊ってくれるが、ソルダーヌちゃんは付いて来いと言わんばかりだ。
よろしい、やってやる。
これはダンスではない。勝負だ。
ソルダーヌちゃんのステップを完コピするつもりで動き、隙を見つけるつもりで動きを先読みする。
ソルダーヌちゃんの動きはますます激しくなる。でも負けないぞ。
しかし急に動きが緩やかになる。どうした? すると不意に私に近寄ってきて抱き着いた。どうやらチークを踊るようだ。ゆらゆら揺れながらのんびりと踊る。少しだけいい香りが漂ってくる。アレクの蕩けるような甘い香りに比べたら大したことではない。
そして二曲ほど踊って終了。それなりにいい運動だった。
「お帰り。いいダンスだったわ。」
「ありがと。いい運動だったよ。」
「ピュピュイイ」
「少しはドキドキして欲しいものだわ……自信なくすじゃないのよ……」
「いやいや、ソルダーヌちゃんは王族と結婚するレベルの美人だと思うよ? 自信持っていいんじゃないの?」
そういや以前辺境伯からソルダーヌちゃんの婚約がうまくいかないって聞いたな。これはスランプって言うのか? 言わないだろうな。
「はーぁあ……アレックスが羨ましいわ。ねぇアレックス、カース君を半分ちょうだいよ。」
「だめに決まってるでしょ。でも辺境伯閣下には側室か妾ならいいって答えておいたわよ? もっともカースが望めばの話だけどね。」
「アレクサンドリーネ様、ソルダーヌ様に妾とは些か礼を失しているのではありませんか?」
エイミーちゃんがずいっとアレクの前に出て鋭く発言する。しかしアレクは涼しい顔をしている。
「そうかしら? ソルでなければカースを半分って言った時点で半殺しにしてるわよ? そんなソルだからこそ譲歩して側室の座を提案してあげたの。勘違いしないようにね?」
「エイミーもそれぐらいにしておきましょう。ごめんなさいねアレックス。それに私は側室の座なら喜んで飛び付くわよ? カース君どう?」
困った。このままだと恥をかかせてしまうことになる。ならば覚えたての『伝言』でアレクに相談だ。
『ソルダーヌちゃんには全然興味ないんだけど、こんな場所ではっきり断ってもいいの?』
アレクは私を見て首を軽く横に振った。そうか、よくないのか……仕方ない。
「じゃあ保留ってことでどう? 卒業しても婚約者が見つからなかったら検討しようか。」
「上手く逃げたわね。王都ってホントろくな相手がいないのよ? 期待してるからね。」
「あくまで検討だからね。貴族用語の検討じゃないからね。困ったら助けるって約束はまだ有効なんだから、それで勘弁してよ。」
やれやれ。モテるのは嬉しいが、アレクさえいればいいってのに。ようやくソルダーヌちゃん達は他のメンツと談笑、ダンスに行ってくれた。やれやれ。
「ところでアレク、さっきのはどうしたこと? きっぱり断りたかったんだけど、やっぱり恥をかかせるとマズいの?」
「ううん、そうでもないわ。ソルほどの大貴族なら相手の男が尻込みして断るってこともよくあるから。私がふと思ってしまったの……カースを私だけで独占していいのかって……もちろんそこらのゴミのような女なら指一本触れて欲しくないけど、ソルのような大事な友達が困ってるんなら……カースが助けてあげられるなら、助けてあげて欲しいなって……」
なんて健気な子なんだ……
側室なんてどう考えても邪魔だろうに。それを友情に免じて大目に見てあげるなんて。少しだけ前向きに考えるとしよう。本当に少しだけ。
「なるほど。分かったよ。アレク以外に興味はないけど、卒業する頃に婚約者がいないとなったら少しだけ考えてみるね。あまり期待しないでね。」
「ピュイ」
コーちゃんは難しいことを考えずにその時思った通りに行動しろと言っている。深い……
さあ、明日からいよいよ王国一武闘会だ。どこまで私の剣術が通用するのだろうか。
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