パイロの日。私とアレクは朝からムリーマ山脈をうろうろしている。
それと言うのも、アレクが目覚めるなり……
「カース! ムリーマ山脈に行きたいわ! とにかくもう魔法を使いまくりたいの!」
と言ったからなのだ。コーちゃんはまだ寝るそうなので来なかったが、カムイは一緒に来た。だが、とっくに一人で狩りに出かけてしまった。アレクはブルーブラッドオーガを相手に肉弾戦を挑んでいる。何て無茶なことを……
結果、アレクは身の丈三メイルはあるオーガに殴り勝った。別段驚くほどの事ではない。後先考えなければ誰にでもできることだからだ。
「アレク、立てる?」
「え……ええ……どうにか……」
アレクは肉体的にはほぼ無傷だ。しかし……
「魔力はほとんど残ってないよね?」
「ええ……おまけに全身が痛くて仕方ないわ……」
アレクは『身体強化』を使ったのだ。それも限界を超えて……
身体強化の魔法を使えば理論上どこまでも肉体を強化、酷使できる……普通ならせいぜい三割ぐらいしか強化しないところを……
当然、反動はきつくなる。酷い筋肉痛と考えればいいだろう。
「アレク……」
「何よカース……」
「強くなりたい?」
「なりたいに決まってるでしょ! 私が強かったら! あの子達だって……バラデュール君だって……」
「そうだね。アレクの所為だね。弱いアレクが悪いんだよね。それなら、もし盗賊の頭がフェルナンド先生だったらどうする?」
「なっ……そんなの勝ち目が……」
「ないよね。僕でも無理だよ。つまり、強い弱いを論じても意味がないと思わない?」
「意味がない……そうなのかも知れないわね……」
「つまりアレクは悪くないんだよ。僕だって先生が相手なら絶対一目散に逃げてるよ?」
我ながら意味不明な理論だがね。
「そうね……私はどうするべきだったのかしら……」
「僕に行き先を知らせて、同行を頼むべきだったかな? もしくは依頼を受けないとか?」
「そう……ね……カースが一緒だったら、何の苦労もなかったわね。でも、だからこそ……あの時カースには言えなかったの……」
「そうなの?」
「ええ。あの時、本来ならカースは領都にいるはずではなかったわ。それなのに来てくれて、私……かなり嬉しかったの。でも、あの時すでにアイリーン達と約束をしていたものだから……」
「うん。約束は大事だもんね。」
「カースの所に行けないなら、カースに来てってお願いするべきだったの……それを私ったら……」
アレク……
「アレクは優しいね。どこまでも優しいんだね。」
「カース……」
「あのメンバーの中でアレクが一番高位の貴族だよね。だからかな、面倒を見ようとしてたんだよね。偉いことだと思うよ。でも、そうやって面倒を見ようとした同級生が裏切るなんて予想できるわけないよ。極端に言えばスティード君が後ろから僕を襲うようなものなんだから。そんなことよりさ、僕が思うのは……アレクが生きててよかったってことだけだよ? アイリーンちゃん達には悪いけど、あの子達が全員死んだとしても、アレク一人が生きてる方が僕は嬉しい。逆の立場だったらどう?」
「カース……確かにそうね……同級生が全員死んだとしても……カース一人が生きているだけで私は嬉しいわ……」
私達が言っていることは最低だが、そんなの知ったことか。アレクが元気になりさえすればそれでいいんだ。必要ならアイリーンちゃんだって殺してやるよ! いや、うーん……ちょっと話が違うし極端だな。まあいいか。
「それよりさ、少しはモヤモヤが晴れたかな?」
「ええ……全身が痛くて仕方ないけど、妙にスッキリしてるわ。来てよかったみたい……ありがとうカース。」
「それはよかったよ。じゃあ僕も体を動かしてみようかな。」
私も普段は身体強化って全然使わないんだよな。筋トレに最適ではあるのだが、そもそも身長の伸びが気になるので筋トレすらしていない。だが今日は私も使う。存分に使ってみる。私の魔力で身体強化を使ったら後が怖いが今日は無茶したい気分だ。
そこに現れたのは三匹のオーク。全部殴り殺してやろう。
『身体強化』
身の丈は二メイル程度。顔を殴るにはまだ早い。潰すにはまずは脚からだ。棍棒を振り回し襲いくるオークども。遅すぎだ……身体強化の威力がすごいのか。間合いに容易く入れてしまう。すかさず膝横にローキック。バランスを崩すオークA。いい位置に顔が来たぜ……おらぁ、タコ殴りだ!
そこに横から棍棒が振るわれる。こいつをオークBとしよう。籠手で受けたため、棍棒はへし折れた。私は構わずオークAを殴り続ける。どれだけ殴ればいいのだろう……気を失ってはいるようだが。とりあえず離脱。オークCに噛みつかれるところだった。危ない危ない。
『身体強化』魔力増加。
イメージは何とか拳三倍ってとこかな。もう体が痛い。オークBにローキック。あっさり脛が折れるじゃないか。靴、ドラゴンブーツのせいでもあるな。ちょうど殴りやすいところに顔が降りてきてくれるものだ。鼻面に数発。倒れた。
ラストはオークC。棍棒を振り上げたもんだから脇腹が隙だらけ、フックをくらえ。さすがに一発では折れないか。でも効いてる。次々いくぜ。ぶん殴る。
すると、オークCは棍棒を捨てて殴りかかってきたが無駄だ。私の籠手は鉄壁以上だからな。きっちりガード、すると腕を掴まれてしまった。くっ、そのまま上に投げ飛ばされた。さすがに力は強いな。五メイルぐらい上に飛ばされてしまった……が身体強化を使っている間は三半規管も強化されているようで平衡感覚を失うこともなく、足からスタッと着地。そのまま勢いをつけてオークの体のど真ん中、たぶん鳩尾を打ち抜く。やっぱ効いてるな。倒れ込みやがった。
さて、これで三匹のオークを全て倒したわけだが、まだ死んではいない。トドメはどうしよう……
素直に首を踏み折った。
しかし、もうダメだ……
体が痛すぎる。おまけに拳も……
「お見事だったわ。さすがカースね。私みたいに無理矢理な攻撃とは違うわね。流れるような攻撃だったわ。」
「ありがと。もう体が痛くてだめだよ。早く帰ろうね。」
カムイはまだか。どんどん体が痛くなってきたぞ……でも結構すっきりするもんだな。
心地いいや……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!