カースがいなくなった後。辺境伯は護衛の騎士や文官を全て退出させた。執務室にいるのはダミアンとリゼットの三人だけとなった。
「それでダミアンよ。ここ数日の動きを話してみろ。だいたい分かっておるがお前の口から聞きたい。」
「ああ、カースの家でラグナと飲んでいるところにな……」
知る限りの状況、出来事を話すダミアン。
「そんな所だ。つうかよくカースが俺達をクタナツに連れて行ったことまで把握していたな。あいつの『隠形』はかなりのレベルだと思うが。」
「たまたまだ。モーガン爺が気付いたまでよ。デルヌモンやドストエフまで気付いたのかは知らんがな。それよりダミアン、なぜ今さら辺境伯の地位など欲する? お前らしくもない。」
父親である辺境伯の手元にある飲み物に手を伸ばし口に運ぶダミアン。
「つまらん理由さ……親父殿だって知ってるように母上が死んじまったよな。今際の際に言ったんだよ……『アンタが辺境伯になるところが見たかった』ってな……本音なのか狂っちまってたのかは知らねぇ。放蕩三男と呼ばれロクに親孝行なんざしてなかった俺だ……もう遅すぎるってのによ……」
「その話をカース君は知ってるのか?」
「言ってねぇから知らねぇだろうぜ。聞かれてもないしな。俺が妾腹ってことすら最近知ったぐらいだ。バカな奴だぜ……」
「それでも無条件でお前に協力するというのか。」
「そうだろうぜ……変な奴なんだよ、あいつは……」
そこに我慢できなくなったのだろうか、リゼットが口を挟む。
「あ、あの、先程閣下がおっしゃったダミアン様を辺境伯にする方法とは一体どのようなことなのでしょうか……」
「リゼット会長、君なら分かるはずだ。この辺境で最も必要なものは何だ?」
「そ、それは……やはり、力でしょうか?」
「その通り。力なくてしてここでは生きていけない。権謀をめぐらせることにどれほどの意味があろうか。カース君がダミアンの参謀、いや役職など何でもいい、フランティア次期辺境伯のために働いてくれると約束してくれたなら、今すぐ譲ってもいい。」
「閣下……やはりカース様のことをそこまで評価しておいでなのですね……」
「当然だ。勲一等紫金剛褒章などでは彼の実力を評価するには不足も甚だしいわ。魔王、魔女……そして氷獄の魔導士。つくづくソルダーヌとの縁談が成らなかったことが悔やまれるな……」
「あいつはどこまでも自由な奴だからな。それでいいさ。それより親父殿、俺達を襲った四人はどうなってる? 親父殿が直々に取り調べをするって聞いたが?」
辺境伯はダミアンの手元から飲み物を取り返して少しだけ飲む……そして話し始めた。
「可哀想だが全員処分した。どうせ何もなかったことにするのだから都合はよかったが、やむを得なかったのだ。」
「処分すること自体は普通な気もするがなぁ。やむを得ないってのは?」
「狂っておったのよ。四人ともな。何やら幻覚でも見えているのか叫び暴れるばかりで全く意志の疎通ができぬ。おそらくはドストエフの差し金でお前を襲ったのだろうがな。あそこまで狂ってしまってはどうにならぬ。処分するより他なかったわ。」
「ドストエフ兄貴は奴らに契約魔法でも掛けてたってことか?」
「いや、違うな。モーガン爺が見たところ明らかに異質な魔力を感じたそうだ。とても人間とは思えぬ異質な魔力をな。」
「あっ、もしかして!」
リゼットは何か思い当たることがあるようだ。
「聞かせてもらおうか。心当たりがあるのなら。」
「はい。あの時瀕死だった私達が死なずに済んだのはカース様の友、フォーチュンスネイクのコーネリアスちゃんが助けてくれたからだと聞いております。そして古来よりフォーチュンスネイクに仇なす者は不幸に見舞われます。そのためではないでしょうか?」
「なるほどなぁ……コーちゃんの仕業、いやお陰か。トドメを刺さずに去ったのが奇妙だったがコーちゃんに何かされたせいかよ。そうなると、魔力庫から盗みやがったのは別口か……」
「さすがにそのような業を持った騎士はおるまい。別口だろうな。ふ、まったく頼もしい息子達よ。せいぜい己の器を示してもらうぞ?」
「ああ。まさか敵はあのクタナツ代官とはよぉ……相手に不足はないってもんだぜ。」
なお、辺境伯の仕事は一向に進んでない。そのため深夜を過ぎても三人は働くはめになった。辺境一の権力者は辺境一の働き者なのだろうか。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!