異世界金融

〜 働きたくないカス教師が異世界で金貸しを始めたら無双しそうな件
暮伊豆
暮伊豆

219、辺境伯とダミアンと代官

公開日時: 2021年6月6日(日) 10:22
文字数:4,789

クタナツでは戦争の準備が始まっていた。ただし攻める方ではなく守る方だ。サヌミチアニへの援軍も取り止めた。もっとも、まずは威力偵察程度の役割だったため、中止にしても全く問題はない。


「どうだ騎士長、辺境伯は攻めてくると思うか?」


「来ないでしょうな。あまりにも得るものがありませんからな。」


「ふっ、そうだな。今頃頭を抱えているか、それとも行動を起こしているか……」


「いずれにしましても防衛体制は整えておきませんとな。」


「ああ、任せたぞ。」


「御意。」




翌日、クタナツ中に事の次第が発表された。


『クタナツの少女を手に入れんとした辺境伯家の子息。その魔の手から少女を守り抜きクタナツまで連れ帰った少年あり。これらはクタナツに対する敵対行為であり、宣戦布告に等しい。よって厳戒体制へと移行する。

クタナツ以外の出身者は速やかに取り調べを受けること。この一ヶ月の間にクタナツを一週間以上留守にした者も同様也。』


このような内容で、街中を騎士が歩き回っている。件の少女と少年については公開されていない。しかしどのような身分であれクタナツの民に無法を働いたのだ。それに対する代官の強硬なまでに同胞を守る姿勢はクタナツの民を熱狂させた。官民一体となって防衛に励むことだろう。




一方ギルドでは。


「戦争じゃあ!! テメーら分かってんなぁ!? カチ合った領都の騎士よそもんは皆殺しにしてこいやぁ!!」


組合長が一人で燃えていた。


「ホントに来んのかぁ〜?」

「相手は領都の腰抜けどもだろ〜?」

「まあ来たらやればいいんじゃん?」 

「こっちから行こうぜ!」

「領都までか? やなこった」


「うるせーんじゃあ脳なしども! ワシが行けって言ったら行け! それまでは好きにしとけやぁ!」


城門の出入りが厳しくなったことに冒険者達は不満を覚えていた。その反面どこかで組合長の一声を心待ちにしている者もいた。




そしてカースは、道場にてアッカーマンに事情を話していた。フェルナンドはすでにいない。またどこかに旅立ってしまったのだろう。




「ふむ。女子おなごのために騎士団と敵対したか。まあ見事逃げ出したお前の勝ちじゃな。」


「押忍!」


「しかし……王都の貴族も盆暗じゃったが、領都も負けておらんのう。」


「そうなんですか?」


なんとまあ……


「どいつもこいつも自分が望めば叶って当たり前だと信じておる。度し難い奴らよ。この国も長くないのかも知れぬのぅ。」


王国の歴史は三百年を超えている。徳川幕府が二百六十年だから長い方だよな。黒船でも来るのか?さすがに無理だろうな。

ならば再び戦乱の時代? こっちはありそうだな。クタナツの独立がきっかけで各地で貴族領が独立。群雄割拠の戦国時代が始まるとか……?

すごくありそう。魔王も嫌だが戦乱も嫌だな。


「王族が立派な方々なだけに差が目立って仕方ないわい……」


王族か……前にアレクも言ってたような。それでも貴族の横暴は止まらないのか……







辺境伯の憂鬱はいつから始まったのか。

城門の崩落を聞いた時か、その後騎士よりクタナツ代官の書状を受け取った時か。


ことの起こりは六男ディミトリが色気を出し、事もあろうにクタナツはアレクサンドル家の一人娘を手に入れようと画策したことに端を発する。

連れの男もいたらしいが所詮は十歳と甘く見ていたらコテンパンにやられたらしい。それをいきなり部屋で暴れただの、不意打ちで負けただの。見え透いた嘘を……


一言相談すれば身が立つよう手を貸すこともできたものを……

そこに三男ダミアン、妻クリスティアーヌが絡み余計にややこしくなった。


ソルダーヌからディミトリの蛮行を聞いたクリスティアーヌは詫び状より先にアレクサンドリーネ嬢に直接の謝罪をしようと考えた。それは悪い話ではない。

ところがいつ、どこの城門から出て行くのかが分からない。ソルダーヌから事情を聞いたのは昼すぎらしく辺境伯家の情報網を持ってしても時間が足りない。

仕方なく全ての城門に見張りをつけ、それらしい子供二人が現れたら知らせる手筈を取っていた。クタナツに帰るのであればおそらくは北の城門が最有力。しかも馬車の手配をした形跡がない。

それならば少し待たせるかも知れないが十分間に合うはずだった。


ここで足を引っ張ったのが三男ダミアンだ。

ディミトリの失敗を聞きつけ自分なら上手くやれるとでも考えたのか、それともただの遊びだったのか。子飼いの騎士を利用して連行させようと目論んだ。所詮相手は子供、騎士から手配されていると聞けば震え上がるに違いない。自分なら容易くアレクサンドリーネ嬢を手に入れて見せる。どうせそのようなことでも考えたのではないだろうか。

用意がいいことにクリスティアーヌに届くはずの連絡役も他の者に止めさせる周到ぶり。悪知恵だけは回るようだ。


結局、一時間の足止めには成功したものの、見事に逃げられた。クタナツ側に関所破りの罪を問うこともできるが、こちらの非は明白。いささか、いやかなり分が悪い。


飛んで城壁を超えたとのことだが、その後の足取りも不明。まさかクタナツまで飛んで帰ったわけでもあるまい。あれだけの距離を子供二人でどうやって帰るというのだ。詫びを兼ねて馬車を用意しクタナツまで送ってもよかった。それなのに一向に見つからない。本当に飛んで帰ったのだろうか?


しかし頭が痛いのはそれからだった。

二人がいなくなってから三時間と少し。すっかり暗くなった頃……


執務室に大慌てで騎士が飛び込んできた。

北の城門が破壊され、その周辺の城壁まで崩落したらしい。その後、別の騎士から手渡された書状は……私宛、クタナツ代官の署名入りだった。


『ドナシファン・ド・フランティア辺境伯閣下

冬の気配を感じる今日この頃、お体にお変わりはありませんでしょうか。くれぐれも隙間風で風邪病などお召しになりませんようお気をつけくださいませ。

クタナツ代官 レオポルドン・ド・アジャーニ』


私は震え上がってしまった。

クタナツまでは急いでも片道一週間はかかる。それがどうやって?

本当に飛んで帰ったのか? そして代官の書状を携え引き返して来た……?

ついでとばかりに城門を破壊して手紙を置いて行った……

信じられんが目の前の出来事を無視するわけにもいかん。間違いなくあちらは宣戦布告をされたとでも考えているはずだ。レオポルドンの奴も騎士長もクタナツ育ちではないが、あそこで五年も暮らせば思考は染まる。しかもクタナツ騎士団だけでも厄介なのに、そこに冒険者まで絡んでくるとなると……争うメリットが何もない。


確かにこちらの全勢力を挙げれば勝てるだろう。だがそれまでだ。王都より責任を問われるだろうし、ヤコビニ派もここぞとばかりに踊り出すだろう。あのバカ共は王都でアジャーニ家と敵対していればいいものを……


何よりこの城門と同じことが我が家に起こらないとなぜ言える? 辺境で最も強固な城壁をあっさり破壊して見せたのだ。私や家族が寝ている間に皆殺しにされることすらあり得るのだ。




「やるしかないか……」


辺境伯は悲しそうに呟き、副官にある指示を出した。




ややあって執務室には二人の若者がやって来た。


「来たか。まあ座れ。」


三男ダミアンと六男ディミトリだった。


「今回の件だが、お前達を庇うことはできない。一刻も早くクタナツに赴き許しを請わねばならぬ。分かったな?」


「何故ですか父上!?  父上は常々機会を逃してはならぬとおっしゃってました! 私はそれを実行したまでです! アレックスを手に入れれば目障りなクタナツ利権に食い込むこともできるではないですか!」


「ディミトリよ。お前の言うことも尤もだ。どんな無法も成功すれば許される。しかしお前は失敗したのだ。それも無様にな。だがクタナツに謝罪に行くのが嫌ならそれでよい。ダミアンはどうだ?」


「俺は行ってもいいですよ。前々からクタナツには興味がありましたんで。今回の件もディミトリが手も足も出なかったって聞いたもんで興味を持っただけですよ。他意はありません。」


「そうか。まあいいだろう。ディミトリはどうする?」


「行きません! フランティア辺境伯家の私がクタナツなっ」


ディミトリは言葉を最後まで言い終えることなく事切れた。最後に見たものは憤怒の形相を浮かべる父の顔だった。

父によって一閃、首を断たれたのだ。


「ダミアンよ、お前は命拾いしたようだな。クタナツにこいつの首を届けて誠心誠意詫びてこい。分かったな? 出発は間もなくだ。書状を認める故に暫し待っておれ。」


「分かってますよ。バカな息子を持つと大変ですよね。せいぜい戦争にならないよう頑張ってきます。」


ドナシファンは迷っていた。自分が行くべきではないか? しかしこのようなタイミングで領都を離れてしまうと何が起こるか分からない。信頼できる部下で周りを固めて三男送り出すことが最良だと判断したのだった。






厳戒体制が始まって一週間が経つ。そんな週末の昼下がり。

警らに出ていた騎士の一団が西からの軍勢を確認した。

いや、軍勢と呼ぶには少なすぎる。それは三十にも満たない騎士の集団だった。先頭には辺境伯家の旗が見える。攻めてきたにしては少ないが、伝令にしては多い。

一際立派な馬車には辺境伯家の紋章が印されている。ならば乗っているのは?


クタナツの騎士は一人を伝令で戻し、残りで応対することにした。すでに全員抜剣・抜槍している。


「そこで止まれ! 用件を承る!」


クタナツ騎士は十人程度。戦えば勝てないかも知れない。しかしここは引けない。先触れも出さない一団を通すわけはいかないのだ。


馬車の戸が開き、何者かが一人でこちらに歩いて来た。


「そこで止まれ! 用件を承る!」


再度クタナツ騎士は警告した。


「俺はダミアン・ド・フランティア。辺境伯の三男だ。今回の件で代官殿に謝罪申し上げに来た。こいつらは護衛だ。」


「いいだろう。一人でこちらに来て、証を見せていただこう。」


ダミアンはそのまま歩いて騎士達に近づいていく。どこか余裕を感じさせる歩みだった。


「これを見てくれ。」


ダミアンが差し出したのは辺境伯からの書状、詫び状だ。


「これを代官殿に渡して欲しい。その後で叶うなら面会を希望する。」


「渡すことは了解した。面会が可能だとしてもクタナツに入れるのは貴殿一人となるがよいな?」


「ああ、望むところだ。」


「では城門前までこの距離を保ったまま付いて来ていただこう。」


クタナツ騎士達の後に領都の騎士達は続いた。およそ五十メイル程度の距離を保ちながら。





城門前ではクタナツ第一騎士団が勢揃いで彼らを出迎えた。


「代官がお会いになる! ダミアン殿だけ入られよ!」


それには領都の騎士達も黙っておれなかったようだが、他に方法はないとダミアンが説き伏せた。




そして代官府、代官執務室。


「よく来たな。私が代官アジャーニだ。」


「ダミアン・ド・フランティアです。お目通りをお許しいただきありがとうございます。」


「書状は読んだ。領都としては敵対する気はないそうだが、君としてはどうなんだ? まだアレクサンドリーネ嬢が欲しいか?」


「いえ、弟ディミトリをこっ酷くやりこめた少年に興味が湧いただけです。ああ、そうそう。こちらをお納めください。」


ダミアンは魔力庫から生首を取り出した。


「父、辺境伯自ら落とした弟の首です。誠意の証として欲しいとのことです。」


「ほう、鋭い剣筋だ。衰えておられないようだな。いいだろう。クタナツへの落とし前はついたとしよう。」


「ありがとうございます。」


「で、アレクサンドリーネ嬢とあの少年への落とし前はどうするつもりかね?」


「申し訳ないことに何も考えておりません。お会いすることは可能ですか? それから考えたいと思ってます。」


「いいだろう。彼の意志は後ほど伝える。それまでは部屋を用意するのでゆるりと過ごしてくれたまえ。」


ダミアンはどうにか命拾いをしたようだ。また代官としても戦争にならずに済み、辺境伯の判断に感謝していた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート