カースが倒れた翌朝。
クタナツの南の城門にアレクサンドリーネが到着した。領都から夜通し飛んできたのだろう。かなり疲れているようだ。
いつもなら城門にカースが迎えに来ているはずなのだが……嫌な予感を覚えながらアレクサンドリーネはマーティン家に向かって歩き出した。
マーティン家の門を強めにノックする。ややあって中から出てきたのはベレンガリアだった。
「あら、アレックスちゃん? 今日はカース君と会う日だったのね。カース君なら治療院よ。昨日大変だったんだから。」
「カースが!? 大丈夫なんですか!?」
「ええ、もう大丈夫よ。昨夜から奥様が付きっ切りだったんだから。」
「ありがとうございます! 行ってみます!」
身体強化の魔法をかけて、街の中を走るアレクサンドリーネ。かなりの速度だ。
「カースはどこですか!」
「あっちですよ。静かにお願いしますね」
「カース! あっ、イザベル様……」
「おはよう。領都から来てくれたの? ごめんなさいね。カースはまだ寝てるの。毒を盛られてしまったようなの。」
「毒……ですか……もう大丈夫なんですか?」
「ええ、あの薬を三本も使ってしまったけど、大丈夫よ。けど、カースは本当に弱くなってしまったわ……」
「イザベル様……私が守るなんて言っておきながら……申し訳ありません……」
「何言ってるのよ。アレックスちゃんのせいじゃないわ。弱いカースが悪いの……」
「イザベル様……」
沈黙が辺りを包む。
「う、うう、アレク……?」
「カース! カース! 私よ! 分かる!?」
「分かるよ……迎えに行けなくてごめんよ……」
「そんなこといいの! 何があったの!?」
「受付の人に何かを刺されちゃったよ……すっかり油断してた……恥ずかしいよ……」
「よく分かったわ。カース、カムイに殺人容疑がかかってるわ。カムイがその受付の女を噛み殺したの。そのうち騎士団が来るだろうから話してあげなさい。」
「うん、母上ありがと……また助けてくれたんだね……」
「マリーもよ。今度お礼を言っておきなさい。じゃあ私は帰るわ。まだ寝ておくのよ?」
「うん、分かった。ありがとね。」
「ありがとうございました!」
「ごめん、少し寝るね……」
「おやすみ。ゆっくり休んで。」
しかしアレクサンドリーネも徹夜で飛んで来ただけあって、すぐにカースに突っ伏して眠り込んでしまった。
カースが再び眠ってからおよそ二時間。治療院に数名の騎士がやってきた。
「寝ているのか……逃亡の恐れはない、か。仕方ない。待つとしよう。お前達は帰っていい。」
「はい!」
「はっ!」
「さてと、今さら他の刺客が来るとも思えんが……」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
「君たちがいるもんな。守りは万全か。」
コーネリアスとカムイがいるからこそ、イザベルは安心して自宅に帰ることができるのだ。イザベルは帰って一眠りするのか、それとも……
そこにドタドタと足音が聞こえてきた。
誰だ?
キアラだ。
「騎士さんおはようございます! カー兄を守っててくれてありがとう!」
「おはよう。いや、まあ守るって言うか、な……」
「カー兄起きて! 早くー!」
カースを揺さぶるキアラ。まるで駄々っ子のようだ。先に目を覚ましたのはアレクサンドリーネだった。
「キアラちゃん? お兄さんは今元気がないの。待ってあげて。」
「えー? 何で元気がないの?」
「うーん、危ない毒を受けてしまったの。だからそっとしておきましょ?」
「毒? 私知ってるよー。毒って魔力が高ければ効かないんだよー?」
「うん、そうね。でもカースには魔力が……」
「魔力がないんでしょー? 知ってるよー。変なのー。」
「変? 何が?」
「だってカー兄から魔力がなくなるわけないじゃーん。私知ってるもーん。」
そう言ってキアラはカースの額に触れて何かをしている。
「キアラちゃん? 何やってるの?」
「魔力を入れてるのー。何回やってもダメだったけどー、今日は上手くいきそうだもん!」
治癒魔法使いナーサリーは他人の魔力を吸い取ったが、キアラはその逆をやっているのだろうか。
「母上は絶対やっちゃだめって言うけどー、カー兄ならいいよねー。」
「キアラちゃん……」
「うわあっ!」
「あー、カー兄おはよー。」
「キアラ? おはよ。アレクも待たせかな。」
「ねーねー、カー兄? 何か感じなーい? 私の魔力がほとんどカー兄に入ったんだよー?」
キアラの魔力が?
どうやってそんなことを?
あっ!
うっ!
まさかっ!
魔力を感じる……
感覚で二割ぐらい……
アレクの魔力も、キアラも魔力も。
衝立の向こうにいる誰かの魔力も感じ取れる。
『洗浄』
使えた……
体をきれいにする魔法だ。口の中が気持ち悪かったから使ってみた。
『洗浄』
髪もきれいにした。
『洗濯』『乾燥』
アレクを全身きれいにしてみた。
「カース?」
「ふふふ、ふっふっふ、へっへっへへへへへ……」
「カー兄?」
「うふうふふ、ひひひっひひ、はーっはっはっはっはー! うははははー!」
雨降って地固まり、災い転じて福となす。
瓢箪から駒田。人間万事塞翁がペガサス!
長かった……
このまま死ぬまで魔力が戻らないんじゃないかなーなんて思ったこともあった。
しかし、天は私を見放さなかった!
どういった原理かは知らないが魔力が戻ったのだ!
もう二度と離さないぞ!
おかえり魔力。
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