あれからシャルロットお姉ちゃんとゼマティス家に戻った。お姉ちゃんは終始気分が悪そうにしていたが……
「ただいま。ねぇ母上、父上はいつ帰ってくるかしら?」
「おかえり。今週末は多分帰ってくるわ。どうかしたの?」
「うん、実はカースがね……」
お姉ちゃんが説明をしている。でも今思えばあれしきの魔法で壊れるぐらいならわざわざ買う価値はないな。自分で自分にホーミングすればいいだけだし。でもそれだとタイミングなんかはバレバレなんだよな。あの微妙に分かりにくいタイミングで跳ね返ってくるから稽古になるんだよなぁ……
「なるほどね。それは有益な買い物ね。さすがカース君だわ。なら早速移してもらおうかしら。セグノ!」
「はい奥様。」
「カース君と一緒に地下の魔蔵庫に行ってちょうだい。一番奥の魔力収納庫にしまうのよ?」
「かしこまりました。ではボス、行きましょう。」
「私も行くんだから!」
地下か……初耳だ。一体何がしまってあるのやら。
狭く急な石段を降り、頑丈な扉が開く。そしてまた下へと降りる。
『光源』
セグノが周囲を照らした。通路の両側には扉がたくさんある。きっとヤバい物がしまってあるに違いない。
「いつ来てもここは不気味ね……」
お姉ちゃんが呟く。
「セグノはよく来るのか?」
「そこまででもありませんね。旦那様か奥様から指示がない限り降りることもありませんので。」
そして突き当たった先に一際大きな扉が。セグノは何やらスイッチを押してから扉を開けて中へと立ち入る。さっきから扉は魔力錠がかけてあるが、セグノの奴えらく信用されてるな。
あれって本人の魔力を登録する必要がある、ってことはセグノはもうここに入り放題ってことになる。まあセグノには契約魔法がかかってるから問題なしか。
「ではボス、この中に手を入れて物をお出しください。」
「いいのか? 十メイルはあるぞ?」
「ええ大丈夫です。特注の魔力収納庫だそうで、かなりの容量がございます。もちろん鮮度維持機能も抜群だとか。」
「分かった。」
まずは先に手袋を……装着。ほんの少し溶けてるが穴は空いてないな。では手を入れて……
「終わったぞ。素手で触らないように注意しなよ。」
「お疲れ様でした。旦那様にもしっかりとお伝えしておきますね。」
「ところでセグノはどんな仕事を手伝ってんだ? 言えないなら構わんが。」
「ボスのご推察の通りです。契約魔法によって話せることなどほとんどありません。でも、良くしていただいてます。」
やっぱゼマティス家は甘くないのね。私にすら話せないとは。まあ話題として聞いただけで興味もないんだけどね。どうせ酷いことしてるんだろう。あぁ怖い。
「それよりボ、いや元ボスのラグナお嬢様はお元気にされているのですか?」
「ああ元気にしてるさ。ネズミを見てキャーキャー言うようなかわいい女になるんだとさ。あいつも変な男に囲われちまったよ。」
ゼマティス家当主のお手付きになったセグノ。辺境伯家三男の愛人になったラグナ。どっちがハッピーなんだ? 家の格では辺境伯家だが、ダミアンはまだ当主ではないからな。うーん、分からん。
風呂、夕食と終えたら後は寝るだけ。夜遊びする気分でもないしね。
「ピュイピュイ」
え? 以前行った美味しいお薬を出す店に行きたいって? もー、コーちゃんは悪い子なんだから。でもコーちゃんが言うなら仕方ないね。行ってみようか。営業してるのかどうかは怪しいが……
廊下に出たらお姉ちゃんとばったり。
「その格好、出かけるの? 帰るのは明日よね?」
「コーちゃんがあの店、デビルズホールだっけ? あそこに行きたいって言い出したもんでさ。今やってるかな?」
「さあ? 潰れたって話は聞かないからやってるんじゃない? それなら私も行くんだから! ちょっと待ってなさい!」
まあいいか。アレクがいないと踊る気がしないからな。一、二杯飲んだら帰ろう。ねーコーちゃん?
「ピュイピュイ」
お薬次第だって? もー。
「待たせたわね! 行くわよ!」
「おっ、中々似合ってるね。黒いドレスをラフにキメてるね。」
「ふふん、マルセルが贈ってくれたの。もちろんこれだけじゃないわよ?」
ほほう。マルセルにしてはポップだな。もっと正統派なドレスを好みそうなイメージなのに。
私達は馬車に乗りデビルズホールへと向かった。今の時間だとゼマティス家の馬車でないと第三城壁の城門を通れないもんな。
問題なく到着。もちろん入場料などは私が払う。一人金貨二枚だ。高い。
「はーいレィディ。ホットなグルーブでアゲアゲになろうぜぇ?」
相変わらず何語を喋ってんだこいつは?
「はーいこいつを腕に巻いておいてね? 帰りに返してくれよぉ? ワンドリンクサービス付きだからね? そいじゃあ楽しんでねぇ?」
内装に変化はないな。王都の動乱でもここは無傷だったってことかな。
「ピュイピュイ」
分かってるって。お薬だよね。
私はカウンターに行き店員に声をかえる。
「音速天国あるかい?」
「あるが……金貨二枚だぞ?」
ぬっ、前回の二倍かよ。まあいい。かわいいコーちゃんのためだ。
「構わない、一人分くれ。それと酒もな。スペチアーレはあるか? 二杯くれ。」
「ちょっとカース! 私も飲むんだから!」
「じゃあ三杯で。」
少し待つと、カウンターに直接盛られる白いお薬。一摘みで金貨二枚とは……
「ピュイピュイ!」
美味しい? それはよかった。
「お待ち、ディノ・スペチアーレの五年物だ。もちろん別料金だからな」
五年物か……たぶん飲んだことない気がする。味は……普通に美味しいな。さすがに二十年物とは比べられないが悪くない。さすがスペチアーレ男爵だ。まあ私の舌だと実は偽物でしたって言われても分からないがね。分からないけど、もし男爵の名誉を汚す奴がいたら処分してやらねば。
「初めて飲んだけど、悪くないわね。」
「ん? お酒を?」
「違うわよ! スペチアーレシリーズをよ。高いんだからそうそう飲めるもんじゃないわ。」
「ピュイピュイ!」
コーちゃんも満足そうだ。楽園に行ったら薬が手に入らなくなるな……王都で少し買っておこうかな。私は舐める気すらないが。
「カース、私もその薬が欲しいわ。いいかしら?」
「えぇ? そりゃいいけどさ……お姉ちゃんそんな趣味があったの……?」
「違うわよ! コーちゃんが喜んでるようだからアトレクスだとどうなのか気になったのよ!」
「んー、どうなんだろうね。まあいいや、音速天国をもう一摘み頼む。」
「はいお待ち」
今度はささっと出てくるな。
お姉ちゃんはこんな店の中で召喚魔法かよ。
「ビービー」
「あっ、すごい! 喜んでるわ! マスタードドラゴンが猛毒だとしたらこれは甘露だって!」
分かりにくい例えだな。マスタードドラゴンが猛毒なのは例えですらない。
椅子にとぐろを巻いて上からお薬をチロチロ舐めるコーちゃんと違って、この毒蜘蛛は直接カウンターに乗って貪るように食べている。この小さな体からするとかなりの大量摂取ってことにならないか? まあマスタードドラゴンの毒を吸って生きてるぐらいだから問題ないのか。こいつはこいつで成長が楽しみだよな。
三人と一匹で和やかに飲んでいると酒場あるあるに出くわした。いや、クラブあるあるかな?
「ヒュー、彼女かわいいじゃん!」
「俺らと一緒に飲もうぜ!」
「黒のカシュクールドレスがクールにキマってんじゃん! ナッウーい!」
ナウいって……
それより三人が揃いも揃って私と似たような服装をしている……
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