うちのかわいいアレックスが男を連れてくるらしい。だからその日は夕食までに帰ってきて欲しいと……
グリードグラス草原の開拓が始まったばかりでロクに帰れない日々が続いているが、それならば無理をしてでも帰らなければ。
あの、好色騎士マーティンの三男か……
どんな男か、少し楽しみだ。
そしてようやく仕事を終わらせ家路につく同じ代官府の敷地内だから近いものだ。
少し遅かったか……夕食はすでに終わっており、奴は風呂に入っているとか。ちょうどいい、見極めてくれる。
私は風呂のドアを開け中に入る。
奴はちょうど出るところだったか、しかし構うことはない。ここは軽くプレッシャーでもかけてやろうかと思案していると。
「お先に失礼します。いいお湯でした」だと?
なんだその落ち着きようは。私を知らないわけでもあるまいに。
まるで近所のおじさんではないか。
たわい無い話をしつつアレックスのことを聞いてみる。
困るだと!? 欲がないのか? ただのバカなのか?
しかも金貸しをするだと?
やすやすと契約魔法をかけてきたことには驚いたが、そこまでして口止めするほどの秘密ではなかろうに。
分からん小僧だ。
その上『おじ様』と来たか。
しかし『クタナツを更地にしてでも』とはな。あの魔女の息子だけあるか。
生き馬の目を抜く商人や荒くれ冒険者を相手にどのように金貸しをするのか興味深いが、長生きはできまい。可哀想だがアレックスはやれんな。
この契約魔法も魔法部隊の者に解呪させようとも思ったが、するまでもないだろう。
あの子が死ねば自然と解けるからな。
予想外の遭遇もあったが後は寝るだけだ。
疲れる一日だったな。明日は昼までには帰りたいものだが。
「カース上がったのね。私の部屋に行っておいて。バイオリンを弾いててもいいわよ。」
「お先。いいお湯だったよ。じゃあ行ってるね。」
ふふふ、女の子の部屋に私一人。
下着を漁ってもいいが、アレックスちゃんではな。うちのマリーぐらいの女性でないと。
ここは素直にバイオリンを弾いておこう。
前世で私が好きだったのは、破滅に向かうバンドだ。時に火を吹く激しいバンドなのにバラードも美しいのだ。
その中でも私が好きなのは『未完成』だ。
ハ長調で弾きやすかったりもする。
夢中になって弾いていると、もうアレックスちゃんが風呂から上がってきた。
早すぎないか?
「いい曲ね。使ってる音は明るいのにどこか物悲しいわ。声を殺して叫ぶような胸に迫るものがあるわね。」
「早かったね。音楽に魂を捧げた魔王のような男が作った曲なんだけど、きれいな曲だよね。本当はピアノで弾くといいんだけど。」
「へぇすごいのね。誰の何て曲なの?」
「言えないんだよ。口に出してはいけない名前なんだ。ちなみにテーマは『未完成』らしいよ。」
「もう一回、最初から聴きたいわ。昼間より弓の使い方が上手くなってるし音も外してないわよね。」
こうして寝るまでのしばらくの間、私はバイオリンを弾いていた。
本日が今生での初演奏だったためにもう指の皮がボロボロになってしまった。痛くて仕方ない。
それでも、この爪まで響くような鈍い痛みが前世のギターを彷彿させ心地よい。ギターも弾きたくなってしまった。
誰か作ってくれないものか。アンプにエフェクターも欲しいぞ。
「僕はどこで寝たらいい?」
「カ、カースが言うんだったら同じベッドでもいいんだからね!」
「いやいやそれは困るよ。客室とかあるよね?」
「ご案内いたします。こちらです」
どこから出てきたんだよメイドさん。どうせ近くにいるだろうとは思っていたが。
下着を漁らないでよかった。
「じゃあアレックスちゃんおやすみ。また明日ね。」
「う、うんおやすみ。早く起きなさいよ!」
「起きれたらね。」
メイドさんについて歩くこと二分。
「こちらでございます」
地下牢にでも案内されるのかと思ったら普通の部屋のようだ。
「ありがとうございます。」
私の部屋とはレベルが違う。泊まる客層が違うのだろう。
いい夢が見れそうだ。
一方マーティン家では。
「カースったら遊びに行くとしか言ってなかったのよ。まさかアレクサンドル家に行くなんて。その上泊まるだなんて、びっくりしたわ。」
「ははは、それならキアラも連れて行かせればよかったな。そうすればこっちはこっちで色々と楽しめたかも知れん。」
「もう貴方ったら。カースが心配じゃないの?」
「何も心配することなんかないさ。騎士長は堅物だからカースと相性が悪いかも知れんがな。まあ問題ないさ。」
キアラが居たとしてもアランとイザベルが楽しむことに何ら変わりはない。そんな夜だった。
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