地上を出てから一時間と少しぐらいか。そろそろ降りよう。ソルダーヌちゃんはまだ寝ている。湯船にプカプカ浮かべておいて、このまま降りるのがいいだろう。
旧アレクサンダル家の上屋敷、現辺境伯家の庭には誰もいなかった。エイミーちゃんが待っているかと思えば。ソルダーヌちゃんをどうしよう……
とりあえず建物内に運ぶか……
乾燥の魔法を使い、鉄ボードに乗せてと……
おっと、メイドさん発見。
「ソルダーヌちゃんの部屋はどちらでしょうか? それからアレクサンドリーネの行方はご存知ですか?」
「こちらでございます。お客様は三十分前ぐらいにお出かけになられたようです」
「そうですか。ではソルダーヌちゃんの部屋まで案内をお願いできますか?」
「かしこまりました」
アレクがいなくなったのも意外だが、エイミーちゃんまでいないってのは意外すぎる。てっきり庭で一歩も動かず私達の帰りを待っているかと思ったのだが。
部屋まで歩く間にメイドさんにはソルダーヌちゃんが疲れて眠ったことだけを伝えておいた。
やがて、部屋まで到着しメイドさんと共に入室。ベッドに寝かせて、後はメイドさんに任せて私は部屋を出る。さてと、アレク達はどこへ行ったのかな?
時は遡り、カース達が空へと昇っていった頃。辺境伯別邸に来客が訪れた。
「探しましたの。文句があるから来ましたの。相手をしていただきますの!」
メギザンデ・ド・アリョマリーだ。いつぞやの貴族学校での一件を根に持っているのだろう。
「ふぅん。文句はこのアレクサンドリーネに言ってきなさいって話だったものね。よく来たわね?」
「その通りですの。勝負は魔法対戦、賭けるものはお互いの家名、負けた方は二度と現在の家名を名乗れませんの。よろしくて?」
「少しばかりヌルい気もするけどいいわよ。とりあえず今日のところは口約束で勘弁してあげるわ。」
「私に抜かりはありませんの。契約魔法を使える者を連れてきておりますの。文句はありませんこと?」
「用意がいいわね。いいわ、受けてあげる。」
メギザンデが用意していた術者は契約書を使うタイプのようだ。文書を読んでお互い異存が無ければ契約魔法発動となり、条件に縛られる。
その契約書には先ほどメギザンデから説明があった通りのことが書かれていた。
もしもアレクサンドリーネが負ければ、その瞬間からアレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルが、ただのアレクサンドリーネとなってしまう。
ちなみにローランド王国では平民でも奴隷でも姓は持っている。名乗るか名乗らないかはともかくだが。そんな国にあって姓を持たない者、それは本物の宗教家であることが多い。
ローランド神教会で例えると、クタナツ寺院の神官長は『ネイチェル』であり、神教会トップの教皇は『エグリス』といった具合だ。これは自分の家族、一家は神々であり、今後の人生を神々と共に生きていくことへの決意表明と言われている。
さて、場所は移り再びコロシアム。さっきの今でよく借りられたものだ。
「ルールは魔法対戦に準拠しますの。円から出たら負け。開始の合図前に攻撃は不可、それ以外は魔法だろうが武器だろうが構いませんの。」
「いいわよ。」
「アレクサンドリーネ様……大丈夫なのですか?」
なんとエイミーだ。コーネリアスとカムイは当然のようにアレクサンドリーネに付いて来たが、なぜかエイミーまで一緒に来ているのだ。
「舐めているワケじゃないんだけどね。あの時、私が言ったのだから私が相手をしないとね。エイミーこそ、ソルを待ってなくてよかったの?」
「アレクサンドリーネ様が心配になったもので。ソルダーヌ様のご親友ですから。」
「そう、ありがと。」
そこに壮年の男性が現れた。いかにもどこかの貴族家に仕える武人と言った雰囲気だ。
「それではメギザンデ・ド・アリョマリーと、アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルの魔法対戦を始める! 双方構え!」
「始め!」
『氷塊弾』
『水壁』
アレクサンドリーネの強力な魔法が水の壁に阻まれた。しかし、彼女は気にもせず同じ魔法を使い続ける。
『氷塊弾』
無骨な氷の塊がメギザンデを襲うが、その全てを水壁で防ぎきっている。しかし、防戦一方だ。
段々とアレクサンドリーネの魔法のペースが上がり、防ぐのが間に合わなくなってくる。そこに……
『氷壁』
なぜかアレクサンドリーネは自分の背後に氷の魔法を使った。
「やはりね。あなた、自分一人では勝ち目がないって分かってたわよね? それでこんな作戦に出たのね。甘いわよ?」
「くっ、うるさいですの! 勝てばよかろうですの!」
「卑怯な! 魔法対戦を何と心得る! アリョマリー家に誇りはないのか!」
エイミーが吠える。
「エイミー違うわ。これは戦略、弱者はそうでなければ勝てないの。私に文句はないわ。」
「弱者とは大きな口を叩きますの! 貴族とは勝者、いかなる手を使ってでも生き残った者を言うんですの! 勝った者が強者であり貴族ですの!」
これはメギザンデが正しい。クタナツだろうが王都だろうが『敗者は貴族ではない』この認識は王国共通と言えるだろう。
ちなみにコーネリアスもカムイも何も言わず勝負を見守っている。
『落穴』
アレクサンドリーネお得意の魔法だ。メギザンデは呆気なく落下、そこに上から水球が落ちてくる。
しかしそれも水壁で防がれてしまう。一体アレクサンドリーネは何人の敵を相手にしているのだろうか。
『風斬』
アレクサンドリーネを取り囲むように風の魔法が使われた。しかし彼女にとってはそよ風程度だったらしく、防御に魔法を使うことなく対応している。魔力感誘だろう。
勝負は膠着し、すでに開始から一時間が経過しようとしていた。
「はぁ、はぁ……しぶといですの……」
「四人かがりで勝てないなんてアリョマリー家の名が泣くわよ?」
しかし、アレクサンドリーネも勝ちきれない、ように見える。
メギザンデの護衛、アリョマリー家所属の魔法使い、そしてメイド。この三名がアレクサンドリーネを取り囲んでいた。もはや姿を隠す気すらないらしい。
「ガウガウー」
寝そべった姿勢のカムイは声援を送っているらしい。コーネリアスの姿は見えない。
『氷壁』
アレクサンドリーネは上方に氷の壁を張った。
「四人だけとは限らないな。アリョマリー家を舐めたらどうなるか、きっちり教えてやるな。」
「お兄様! 待っておりましたの! 遅かったですの!」
「いやぁ悪い悪い。ちょっと野暮用があってな。さあ、僕達を相手に勝てるかな?」
手下を引き連れたメギザンデの兄が登場したことにより人数は一気に倍増。八人がアレクサンドリーネを取り囲む。いや、審判を含めて九人が……だ。
「ガウガウ」
これにはさすがのカムイも参戦……することはなく、寝そべる位置をアレクサンドリーネの背後に変えたのみだった。
「魔王の犬ですの? 巻き添え食っても知りませんの!」
『業火』
九人が一斉に火の魔法を放つ。ドーム状の氷壁で防ぐアレクサンドリーネ。しかし九人分もの熱には耐えきれず、瞬く間に氷は解ける。しかし現れたのは白いコートを掛けられて無傷で寝そべるカムイだけ。
「ど、どこに行きましたの!?」
「落ち着きな。契約魔法が反応してないってことは円から外には出てないってことだな。ならば、上か下しかないな。」
『火柱』
アレクサンドリーネの居た円に沿って火柱が立ち昇る。それなりに熱そうな炎を尻目にカムイは横になったままだ。
「アレクサンドリーネ様!」
思わずエイミーも声が出てしまう。あれだけの炎だ。丸焼きになってもおかしくないのだ。
そこに、呑気な声をかける者が……
「これは決闘? それともただの魔法対戦?」
ようやくカースがやって来た。
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