貴族学校は主に下級貴族や上級貴族の下位クラスが役人や官僚を目指して通う学校である。
二年生の終わり頃、セルジュ・ド・ミシャロンは首席の座に着いた。彼は上位を目指してハードに努力するタイプではない。ただ自分の将来に必要なことを淡々とこなしているだけだ。
サンドラ、スティードと三人でクタナツの大きな家に住む。そのために必要だと思えることを日々コツコツと積み上げている。
多少は友人もでき、それなりに楽しく過ごしている。平日はやはり忙しく過ごしているが、週末は友人達と街をぶらついたり買い物したりすることも多い。
そして今日、とあるデメテの日。たまには少し贅沢なランチでもと友人達と街を歩いていた。そこで彼はある友人に関する噂を耳にする。
「アレクサンドリーネ様と言えばクタナツご出身だよね。セルジュ君も知ってるんだよね?」
「うん。友達だよ。それがどうかした?」
「聞いてない? 明日の話。領都一子供武闘会だっけ? アレクサンドリーネ様が賞品になってるよ」
「えっ!? 何それ!?」
セルジュは事情を聞いて激昂した。どう考えても悪名高い辺境伯の三男がアレクサンドリーネを無理矢理賞品にしたとしか思えないからだ。
「ごめん! 僕用事ができた!」
そう言い残すと領都の中心部、貴族街の方に走っていってしまった。友人達は行き先を見て不安に思ったが、まさか辺境伯家に殴り込むわけでもあるまいと考え後は追わなかった。もしかしてセルジュの想い人とは彼女なのかと考えはしたようだ。
セルジュが向かったのは貴族街の一角、辺境伯邸にはだいぶ劣るがそれでも豪邸、カース宅であった。
勝手知ったるカース宅。門を入り、玄関を入り「カース君! いる!?」
「あらあらいらっしゃいませセルジュ様。坊ちゃんはお嬢様とお出かけになりましたよ。夕方までにはお帰りになるそうです。」
「マーリンさん! カース君は武闘会のことを知ってるんですか!? アレックスちゃんが賞品になってるんですって!?」
「えぇえぇ。ご存知ですよ。ダミアン様がおっしゃるには坊ちゃんの発案らしいですよ。お嬢様に寄り付く虫を減らすためだそうです。」
「あ、あぁー。」
セルジュは不思議と納得できてしまった。なぜカースのためにダミアンが動くのか、アレクサンドリーネが自分の身を賭けるのか。カースのやることならば納得できてしまう。
「あはは、じゃあセルジュが来たとだけ伝えてください。明日は応援に行きますね。もちろんカース君は参加するんですよね?」
「はい、そうみたいですよ。伝えておきますね。」
この後、マーリンは同じ話をスティードにもすることになる。彼女の雇用主はよい友人に恵まれているようだ。
友人達が心配しているとも知らずカースとアレクサンドリーネは領都の南側、巨大なムリーマ山脈に来ていた。
とは言っても山脈の中心部には少しも近付いてはいない。山脈の北端、標高が五百メイルぐらいの地点である。
「ムリーマ山脈にはいくつも盆地とかあるらしいね。オーガの集落とか。」
「かなり広いわよね。何でもいそうだわ。」
「今日は用心しつつ出会うに任せようか。どんな魔物が出るんだろうね。」
「この辺りならそこまで危険な魔物も出なさそうね。」
この山は巨大だ。東西におよそ六百キロル、南北におよそ三百キロルもあるらしい。北の山岳地帯もすごいらしいが、私からすればここもすごい山だ。
峻険な峰もあれば、平坦な台地もある。山に挟まれて隠れるように点在する盆地もある。湖もあれは大河も滝もあるだろう。ハイキングをするにも面白いかも知れない。
おっ、定番の魔物ゴブリンだな。さすがに多い、十五匹ぐらいか?
「一人で大丈夫?」
「ええ、やってみせるわ! 見てて!」
『氷散弾』
おお、私の散弾の魔法を氷で再現したのか。やるな。弾数は多いが威力はそこまででもないのか。四、五匹は生き残っている。
『氷弾』
生き残ったゴブリンは個別に額を撃ち抜かれて倒れた。
「まだまだ威力が足りないわね。じゃあ魔石を取るから死骸の処理をお願いしていい?」
「いいよ。弾数はいい感じだったね。まさに弾幕だね。」
アレクは解体の腕も上達しており、次々と魔石を取り出している。私も負けていられない。『水操』
いつかのように逆円錐状の水を回転させて大穴を掘る。まさかここの地下にサウザンドミヅチがいるなんてことはないだろう。半径五メイルの泥沼の完成だ。ゴブリンの死骸を次々と投げ込む。やはりこれは楽でいい。大して魔力も使ってないので魔物もあまり来ないだろう。
コーちゃんは泥沼をプールのように楽しそうに泳ぎまわっている。ゴブリンの死骸だらけなのに……「ピュイピュイ」
「今度はコボルトかしら? 十匹ぐらいね。」
「頑張ってね!」
やはり血の匂いに引き寄せられるのか。雑魚がたくさん寄ってくる。
そんな雑魚どもを始末していると、
「ぎゃあー!!」
どうした!
アレクが怯えた子供のように私の後ろに回り込む。オークか。こんな雑魚になぜ……
あ……
ゴブリンやコボルトはなぜか腰布を巻いていることが多い。ない奴もいるけど。
だが、ここのオーク達は巻いていない……
汚いモノでアレクの目を汚しやがった……
死刑!
『火球』
『火球』
『火球』
『火球』
『火球』
ふう、どいつもこいつも跡形も無く燃やしてやった。魔石も残ってない、少し勿体無かったか。「ピュイー!」
ごめん、食べたかったのね。
『水操』
山の中で火を使ってしまったからな。消しておかないと。
まったく、アレクに何てモン見せやがるんだ。
「オークは下品だよね。せめてゴブリンを見習えって話だよね。」
「え、ええ。怖かったわ。あれに襲われる冒険者もいるのよね……」
「ゴブリンやオークはそうするらしいね。魔物は怖いよね。でもアレク? 次は自分でやるんだよ。」
「ええ、みっともないところを見せたわ。もう大丈夫よ。」
それからしばらくは魔物ラッシュだった。強めの魔法を使ってしまったもんなー。
「アレク上!」
『氷壁』
魔物の一撃でアレクの氷壁は砕けた。しかし砕けた氷をそのまま攻撃に使っている。が、効いてない……
近くで見るとやはりデカイな。トビクラーか、ムササビとコウモリに似た巨大な魔物だ。翼、皮膜を広げたサイズはざっと十三メイルぐらいか。火と血が好物らしいので、早速来やがったわけか。
「アレク! やれる?」
「ええ! 任せて!」
「牙と爪には気をつけてね。」
意外とトビクラーは地上も走れる。あの巨体に体当たりなんかされたら終わりだ。アレクは大きい氷壁をいくつも用意して身を隠しながら攻撃している。しかし効いてない。火の魔法は効きにくい、氷の弾丸は威力が足りない。さあどうする?
トビクラーは地上の障害物が邪魔になったのか、空中に飛び上がり勢いをつけてアレクに突っ込んできた。口から火を吐いたりもしている。
『氷壁』
うまい! 直方体ではなく、ピラミッドのような形でトビクラーをうまく逸らした。
奴は三度空中に飛び上がり、同じコースでアレクに突っ込んできた。チャンス!
『氷弾』
長めに時間をかけて作った氷のライフル弾がトビクラーの脳天を貫いた!
奴の巨体が大地を揺らし地を滑り、アレクの氷壁の前で止まる。
「やったね! すごい威力だったよ! 頑張ったね!」
「ピュイピュイ!」
「ありがとう。やったわ、私、トビクラーを……」
「しっかり見てたよ。すごかったね。」
こいつは私が収納しておこう。
こんな大きな魔物をアレクは一人で……少し泣きそうになってきた、嬉しい。
少し早いけど、大物を仕留めたことだし帰ろう。
ギルドにて解体を頼み、私は可食部を貰い、アレクは素材と魔石を手にすることになった。
用を済ませ、意気揚々と帰ろうとしていたら数人の冒険者に囲まれてしまった。お約束か!
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