パイロの日、楽園最終日。
正確にはもう一泊するが、丸一日滞在するのは今日までだ。
「カース、お願いしていい?」
「いいよ。何だい?」
アレクのお願いだなんて何でも聞くに決まっている。
「私に稽古をつけて欲しいの。本当は最終日だからたくさんカースに甘えたいんだけど、もうすでにいっぱいして貰ったから……」
「もちろんいいよ。僕だってアレクとイチャイチャしたいけど、それでアイリーンちゃんに負けたら大変だもんね!」
ただ稽古と言っても相変わらず私には効率のいい方法が分からない。だからいつも通り魔法対戦をすることしかできないが。
やってみて分かったが、やはりアレクの魔力はかなり増大している。以前トビクラーを仕留めた氷弾にしても二、三倍の威力になっている。もちろんその時より私の魔力も上がっているので、まだまだアレクに自動防御を破られる心配はない。
ただし、元々精密制御に定評のあるアレクだけに撃ち出した多数の氷弾を同じタイミングで同じ場所に打ち込み私の自動防御を突破しかける場面もあった。その時は慌てて追加で魔力を込めて事なきを得たりもした。
ちなみに昼食は普通のお弁当だった。アレクの料理がいかに美味いか心から実感してしまう。これも上級貴族の嗜みなんだよな。
午後からも同様に、いや更に激しく対戦を行った。アレクは新しく手に入れた魔力を試すかのように時々ゴリ押しで攻めてきた。そうかと思えば緩急をつけて私の意識をズラしたり。さらには上空から勢いをつけて氷の塊を落としてきたりもした。そのような巨大な質量を伴う攻撃に自動防御は弱い。いや、正確には魔力を多大に消費してしまう。とても割りが悪い防御法なのだ。
そしてアレクが防御側に回った時には、氷壁を固定するのではなく自在に動かすことで私の狙撃まで弾いてみせた。だから私も少しムキになって火球で氷壁を溶かすと同時に風弾を当てたりしたのだが。
非常に実りある稽古だった。
夕食を終え、風呂に入る。そして寝室。
「カースありがとう。最高の夏休みだったわ。また春休みには連れて来てね。」
「もちろんだよ。それに……卒業して、世界中を旅して回って。その後どこかに定住するとなると、ここもアリかもね。」
「そうね。最高だと思うわ。本当に幸せよ。ありがとう。」
それからのアレクはやはりすごかった。
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何度繰り返したのか……きっと夕食にはいい食材が使ってあったのだろう。
そして遂に私達は限界に達し、電池が切れたように眠り込んでしまった。抱き合うようにして。
そして朝が来る。とうとう夏休みも終わりだ。
朝か……あれだけ体力を使った割には清々しい目覚めだ。疲れも全然残ってない。少し体がバキバキ言ってるぐらいだろうか。
今日の昼ぐらいに領都に帰って、明日は一日ゆっくり過ごそう。マーリンの淹れてくれたお茶でも飲みながら。
おお、カムイおはよう。一緒にお風呂に入ろうか。
「ガウガウ」
コーちゃんはまだ寝てるのかな?
「ピュイピュイ」
起きてた。
玄関前に湯船を出して露天風呂だ。そのうちアレクも起きてくるだろう。ああ、今日もいい天気だなぁ。夏も終わりか……
それからぼぉーっと風呂に入っていたらアレクが来た。
「おはよう。いい朝ね。」
「おはよ。清々しいよね。」
アレクから飲み物が手渡される。ふう、沁みるな。
それからものんびりと湯船で雲を眺めながら静かに過ごしていた。
「朝食を作るわね。待ってて。」
「うん、ありがとう。」
そろそろ食堂に行こうかと思っていると、アレクが料理を持ってきてくれた。風呂に浸かりながらの食事も悪くないな。
「お待たせ。簡単なものにしてみたわ。」
「ありがと。美味しそうだね! いただきます。」
カリカリベーコンと腸詰がパンに挟まれている。そこにトマトソースで味付けしてさらに軽く焼いてあるのか。美味い!
「美味しいね! やっぱりアレクは料理が上手だよね!」
「ありがとう。有り合わせのものだけどね。」
「ガウガウ」
「ピュイピュイ」
この二人も満足しているようだ。
昼までに掃除だけしておこう。シーツ類は昨夜使ったもの以外は既に洗濯済みだしな。
「さーて、そろそろ昼だし領都に向かおうか。」
「ええ、名残りは尽きないけど。帰りもお願いね。」
「ピュイピュイ」
コーちゃんは今回は楽園に残るんだね。たぶん私はすぐ戻ってくるしね。やり残した作業がまだまだあるからな。では留守は任せた!
領都の邸宅と同じでここの屋敷も魔力で鍵はかかるんだけどね。つまりディア何とかの男は死に損だったりする。
「コーちゃん、カムイ、また来るからね。また一緒に遊びましょうね。」
「じゃあ行ってくる。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
やはり誰も見ていない上空で二人きりになると、我慢ができない。ミスリルボードの速度を落としてイチャイチャ。
その結果、昼過ぎに到着する予定が大幅に遅れ四時過ぎぐらいになってしまった。もう夕方じゃないか! 方向がズレなかったことは自分を褒めたいと思う。
北の城門にはいつもの事務的な騎士がいた。
「お勤めご苦労様です。今日は何日ですか?」
楽園から領都に来た際は必ずこの質問をしている。たまに日付を間違えたりするからだ。
「八月三十日、アグニの日だよ。」
え!? え?
「今日は二十九日、ヴァルの日じゃないんですか?」
「いや、三十日、アグニの日だよ。」
何てこった……どこかで日付のカウントがズレてしまったのか。でも二日ズレなくてよかった。
「ごめんねアレク。時間がなくなってしまったね。」
「いいのよカース。あんな時間を過ごしたんだもの。分からなくなっても仕方ないわ。でも明日から学校だからもう帰らなくてはいけないわ。準備をしないと……寮まで送ってくれる?」
「もちろんいいよ。次に会えるのは来週末かな。」
「そうね。十日もあるのね……」
今までもアレクに会えるまでの二週間は長かったが、余計に長く感じてしまう。
そうやって話していたら到着してしまった。
アレクは人前にも関わらず抱き着いてきた。私も抱き締め返す。
何分ほどそうしていたのだろうか。
「じゃあまたね。来週末、ケルニャの日の放課後を楽しみにしてるわ。」
「またね。迎えに来るよ。」
門から寮に入って行くアレクを見守ってから私も移動した。自宅に帰ろう。そしてゆっくり一泊してから明日の朝、クタナツの実家に戻るとしよう。
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