全長三十メイルほどの船を水面より一メイルほど浮かせて上流に向かう。普段はミスリルボードを浮かせるが、代わりに船を浮かせるようなものだ。浮身の感覚からすると数百トンはないな。せいぜい十トン弱ってとこか。
それならば問題ない。一日中だって浮かせていられるさ。
よし、特にすることもないからカムイを洗ってやろう。甲板にマギトレントの湯船を出して……カムイ、入っていいぞ。洗ってやるからな。
「ガウガウ」
まったく、カムイの奴。いつからこんなに風呂好きになったのやら。
のんびり船を飛ばすこと二時間。小さな港らしき場所に辿り着いた。
「ここからは荷物を積みかえて川沿いの陸路を進む。つまり俺たちの仕事はここまでだ。」
「そいつは残念だ。スペチアーレ男爵の所まで案内して欲しかったんだがな。とりあえず一樽貰っておくぜ。」
確かに川幅も狭くなってきたし、ここいらが限界なんだろうな。さすがに船ごと行くのは無理だったか。さてコーちゃん、どれがいい?
「ピュイピュイ」
コーちゃんが頭で指したのは比較的小さい樽だった。
「あれを貰うぜ。船長達はもう帰るのか?」
「くっ、いい樽を選ぶもんだな……俺たちはここで二泊してから帰る。積み込みがあるからな。」
「それにしてもスペチアーレ男爵の所に酒を運ぶっていつものことなのか? 男爵の所から酒を運び出すってんなら納得だが。」
「ああ、定期的に発注されているようだ。逆に、男爵の所から出荷される酒は年に一度だけだ。それなりの大仕事ではあるな。」
「なるほど。そういうものか。男爵には男爵なりの理由があるってことか。酒、ありがとな。」
「いや、こちらこそ助けてもらった上に運んでもらって……日程が三日も早くなって大助かりだ。」
船長は今から荷主に説明をしないといけないからだろうか、少し困り顔だったりする。私の所為ではない。コーちゃんが欲しがったんだから仕方ない。ちなみにコーちゃんはもう飲み始めている。そんなに大きい樽ではないが、四十リットル近くありそうだ。
そもそも私がいなければ荷物は全て奪われていたのだから、たった一樽で済ませた私に荷主は感謝するべきだな。挨拶に来い、とまでは思わないが。
船員達は積荷をおろしている最中だ。さて、私はどうしよう。スペチアーレ男爵の所まで一直線かと思ったらそうもいかなかった。ならば私も一泊して酒に合わせて動いてみようかな。そうなると適当な宿でも探すかな。もうすぐ夕方だしな。
それにしてもここは何という街だろう? 城壁がないため、いきなり街に入ってしまったのが変な気分だ。
よし、ここにしよう。特に理由はないが酒場が賑やかだからだ。ここで何か食べて上で寝るとするかな。
「らっしゃ〜い。一人? じゃないねー。大きい狼ねぇ〜噛まないわよね?」
「ああ、噛まない。とても大人しくてかわいい子さ。食事と宿、それから酒を頼む。」
「はーい。ごあんなーい」
案内され席に着く。丸いテーブルに私達だけ。空いてるテーブルは三割ってとこか。満員になってきたら切り上げるか相席オッケーとしておこう。
「お待ちー。今夜のおすすめとエール。上りの新酒もあるけど飲んでみるー? お客さんツイてるよ〜?」
えらく酒飲み心をくすぐる名前だな。で、ツイてる理由は何だ? 聞かないけど。
「もらおうか。二杯頼む。」
「はいよ〜」
まずは食事だな。エールで軽く喉を湿らせて……オークの角煮からいこう。おっ、柔らかい。これはいい、この店は当たりだ。
「ピュイピュイ」
コーちゃんも美味しい?
「ガウガウ」
カムイは柔らかすぎるって?
一緒に煮込まれた野菜もうまい。よく味が染みてるな。おでんが食べたくなってしまった……ぶり大根もいいな……
「お待ち〜上りの新酒『ナダール』だよー。」
灘の下りかよ。どれどれ……
「ピュイピュイ」
まあまあだって? これってあれだよな? さっき私が運んできた酒だよな? 一番いい酒はコーちゃんがキープしてしまったんだもんな。そりゃまあまあだわ。トゲトゲしい味とでも言えばいいのだろうか。新酒ってのはこんな感じなのだろうか。不味くはないが、よく分からないな。
「一曲いかがですか?」
お、吟遊詩人だ。
「激しいやつを頼むよ。お任せで。」
そう言って私は金貨一枚を弾く。
「おおっ! これは剛毅なお方もいたもので! リクエストいただきやした! では皆々様、ご静聴くださいやせ!」
『剣鬼の歌』
『ウォウウォウウォウウォウ
イェイイェイイェイイェイ
ウォウウォウウォウウォウ
イェイイェイイェイイェイ
俺は剣鬼ぃフェルナンドぉぉぉ
無尽流のぉ剣術使いぃぃぃ
斬り捨て御免と言うけれどぉぉぉ
斬れないものだってあるのさぁぁぁ
それは何か
それは何か
ウォウウォウウォウウォウ
イェイイェイイェイイェイ
俺の敵はどこにもいなぁいぃぃぃ
それはぁ俺が斬り捨てたからぁぁぁ
俺の敵はすぐに増えるぅぅぅ
それはぁ俺が斬りまくるからぁぁぁ
一人の敵をぉぉぉ
二回斬ったらぁぁぁ
四個になってたよぉぉぉ
それならぁぁぁ
四回斬ったらぁぁぁ
何個になるのかなぁぁぁ
ウォウウォウウォウウォウ
イェイイェイイェイイェイ………………』
最低の歌詞だ……
私が以前聴いた剣鬼の歌はもっとストーリー性に富み、曲だってきれいだった。これじゃあまるで先生は殺人狂じゃないか……
せっかく激しくていい曲だったのに台無しだ。でも酒場は盛り上がってる……
「旦那、あっしの歌はいかがでやした?」
旦那なんて歳じゃねぇや。
「最低だ……ちっともフェルナンド先生らしくない。二度と歌うな。でも曲は良かったから歌詞を変えれば歌ってもいい。辺境伯家の放蕩三男の歌なんかピッタリだろうな。」
「あらま? 関係者で? あっしは剣鬼に会ったことなんてねーですからねぇ。忠告にゃあ素直に従いやすぜ? 放蕩三男ですかい……」
「それがいい。先生の強さか格好良さを讃える歌にしろ。」
「へいへい。分かりやした! じゃあ旦那、この後もお楽しみなすって!」
だから旦那って言われる歳じゃねぇっての。金貨一枚くれてやったからお世辞もマシマシか。
「ピュイピュイ」
コーちゃんは酒のお代わりだね。いいとも。
あ、どうでもいいけど二回斬って四個になったってそれラグナの話じゃん。まさかあの吟遊詩人、先生とラグナをごっちゃしてるのか?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!