ナーサリーさんは裏の方に回り、勝手知ったるとばかりに入っていく。
「親方ぁ、いるかい?」
「あ、どうも。呼んできます」
従業員かな? ささっと動いている。さてはナーサリーさんは常連か? どう見てもここは店舗じゃないのに。入り慣れてるな。
「ナーサリーか。よく来たな。今日はどうした?」
「客だよ。親方の酒が欲しいんだとさ」
「どうも、 初めまして。カース・ド・マーティンと申します。たくさん買いたいと思ってます。」
「その服装……魔王スタイルってやつか? ワシぁハッタリだけで生きてるような奴は好かん。そんな奴にわしの酒なんぞ十年早いわ!」
「アッハハハ! 耄碌してんのかい親方ぁ? 魔王が魔王スタイルで何が悪いのさ?」
「なん……だと?」
「アタシが連れて来てんだよ? それにきっちり名乗ってるじゃないかぁ。こいつはイザベル姐さんの息子、正真正銘の魔王様さ!」
妙な話だが、服装だけ有名になってしまったのか? こんな年寄りまで知っているとは。
「これが勲一等紫金剛褒章ね。で、酒は売ってくれるの? くれないの?」
まったく。敬語で喋る気なくなっちゃったよ。
「いや、これは失礼した。ぜひ買ってってくれ。ほとんどが売約済みだから残りは少ないが……」
「では残ってるのを半分いい?」
「いいだろう。『ラウート・フェスタイバル』を四樽譲ろう。王都を救ってくれたんだ、白金貨一枚でいい」
かなり割り引いてくれたんだろうが、それでもいい値段がするんだな。喜んで買うけど。
「どーも、ではこれで。また買いに来るのでよろしく。」
これで当分酒にも困らないな。酒池肉林生活だってできるぞ。
「ああ待ってくれ。せっかく王都の英雄が来てくれたんだ。仕込み中の酒に魔力を込めてもらえないか?」
「そりゃあ構わんが、酒造りで込める魔力ってかなり繊細なんじゃないの?」
微妙なコントロールにも自信はあるがね。
「いや、そんなことは気にしなくていい。ガツンと込めてみてくれ」
なるほど。それはそれで面白そうだ。一体どんな味になることやら。
「オッケーいいよ。やろうか。」
親方に案内されて蔵の中へと入っていく。
『浄化』
ナーサリーさんの魔法か。やはり酒造りは清潔第一だよな。
中にはいくつもの樽が並んでいる。大規模にやってるねえ。その中でも奥の方に小さめのやつ、ドラム缶程度の樽がある。
「こいつだ。ワシだって弟子に負けたまんまじゃいられない。強い酒も作ろうとしている最中なんだ」
「オッケー、やってみる。」
イグドラシルに込めるほどではないが、それなりに多く込めてみよう。まずは一割。
「ね、ねえ、なんか臭くないかい?」
私もそう思う……
「まっ、まさか!?」
親方が慌てて樽から酒を汲む。
「ぐあっ、臭ぇ!」
マジで臭い。私の魔力で酒が腐ったということか? いや、でもこの匂いは……
「親方ぁ、貸してみな」
ナーサリーさんが親方からひしゃくを受け取る。そして嫌そうな顔をしながらも一口飲んでいる。マジかよ……
「ぐええぇ、まっずい……舌が腐りそうだよ……でも分かった。これ……魔力ポーションだわ。それも特級だねぇ……」
マジで!?
「なんだと! 寄越せ!」
親方も飲んでいる。
「ぐぉおお……まずい! 喉が爛れそうだぁ!」
私は飲まないぞ……バリア!
「けど、こいつぁすごいよ。今世間に出回ってる最高級ポーションの上を行くね。マズさも上を行くけどねえ……」
そう。高いポーションほど不味い。それは常識。でもポーションも魔力ポーションも原料に薬草を使うんじゃなかったのか?
ちなみに私が常備しているのは高級ポーション。最高級ではない。魔力ポーションもクタナツで買える中では最高の品質だが、やはり最高級ポーションとまではいかない。
「これぁすごいな。魔王ポーションとして売り出してしまうか」
「売り上げの二割よこせよ。」
「ん? 二割でいいのか? さすが魔王、欲がないな」
あら、五割でもいけたかな。まあいいや。
「ギルドに入金しておいてくれたらいいわ。せっかくだから他にも魔力込めてみようか?」
「さすがカースね。あれだけ魔力を込めてまだ余裕があるってのかい?」
一割しか込めてないからな。
「ならこの樽に頼む。無理のない程度でいいからよ」
「オッケー。」
今度は二割ほど込めてみようか。
「くっ、臭すぎる……もしかして、このまま魔力を込め続けたら……神の霊薬エリクサーだってできてしまうんじゃ……」
面白そうだ。やってみよう。もう二割ほど込めてみた。
「うげぇオボロオボロロロ……」
あ、ナーサリーさんが吐いた。私は自分の周囲に浄化の魔法を使い続けているから平気だが。
「無理ら……ここまれにしてくれ……」
あ、親方は鼻栓してやがる。しかしいくら効き目があってもこんなに臭いポーション飲む奴なんかいるのか?
「じゃあ親方。また来るわ。あ、親方さあ、スペチアーレ男爵の家とか知らない?」
「ダンの奴な。あいつも今じゃ男爵様か。詳しくは知らんがアブハイン川をどこまでも遡れば見つかるんじゃないか?」
みんなこう言うんだよな。まあいいか。
「あいつは腕でも名声でもワシを超えているくせに今でも毎年新酒を送ってきやがる。何年と顔は見てないが、酒造りの腕はますます上がっている。ワシもまだまだ引退できんわ」
おお、スペチアーレ男爵ってそんな人物なのか。義理堅いんだな。好感が持てる。
では、ナーサリーさんを連れて帰ろう。家を知らないから一旦ゼマティス家に寄ろうかな。あーあ、夏が終わるか……
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