ここ最近オディロン達『リトルウィング』はバランタウン周辺で雑魚魔物を討伐する仕事をしていた。
盗賊のことは勿論聞いている。
まだ新人を卒業したばかりの九等星である彼等は護衛などを依頼されることもないし、引き受けることもない。ましてや狡猾な盗賊の相手などできるはずもない。
今日も堅実に街に近寄る魔物を狩っていた。
一週間の任期を終えクタナツに帰る時がきた。バランタウンにも宿泊施設はあるが、彼等にしてみればまだまだ高い。
ずっとこの地で依頼を受けた方が割はいいのだが、まだまだそこまでの体力はない。よってクタナツに帰り、しっかりと休んでから次の依頼を受けるわけである。
そんな彼等に声をかけてくる者がいた。
「おやおやリトルウィングさんはもうお帰りですか〜? いい身分ですね〜。俺らも早く帰りたいもんですわ〜」
「雑魚のお相手ご苦労様で〜す」
「ギャハハ本当のこと言ってやるなよ〜」
同期の冒険者だ。
自分達は十代後半でまだ十等星なのにだいぶ年下で九等星に昇格したリトルウィングが妬ましくて仕方ないのだ。
自分達は雑魚の相手ですらそれなりに苦戦しているのに。依頼を選べる立場でないため定期的にクタナツにも帰れずああやってよく絡むのだった。
「お先。」
ベレンガリアに話をさせるとケンカになってしまうのでオディロンが短く返事をした。
「お高く止まってんじゃねーぞ。何大物ぶってんだよ!」
「お先に失礼いたしますだろーが! あ?」
実はオディロン、当初は年下らしく敬語を使っていたのだが。それはそれで『何いい子ぶってんだ』と文句を言われたので同期にはタメ口なのだが、それでも文句を言われる始末である。
「お先に失礼させていただいてよろしいでしょうか。十等星の皆さん?」
「てめっ! 少しばかり先に昇格したからって調子に乗ってんなっ!」
「十等星で悪かったな!」
「はいはいお先に九等星になれてよかったでちゅねー」
結局何を言っても絡まれることに変わりはない。オディロンは他のメンバーに決して喋らないよう伝えている。
指一本でも触れてきたら即叩きのめすつもりはあるが、奴等もそれは承知なのだろう。
一定の距離を保ったまま近づいて来ることはない。一言二言喋ったら後は無視で丁度よい。
「やれやれだわ。あいつらいつまで絡んでくるのかしら。暇な奴等よね。」
「いつもすまないねオディロン。君にばかり大変な目に合わせて。」
「いやいやヒャクータ、どうせ聞き流してるだけだから関係ないよ。ベレンちゃんにはリーダーの余裕を発揮して欲しいけどね。」
「くっ、どうせ私はリーダーに向いてないわよ!」
一行は和やかにクタナツに向けて歩いていた。
「クソっ! あいつら調子に乗りやがって! たかが九等星になったぐらいでよ!」
「おお、余裕かましやがって! ムカつくぜ!」
「よお、いいこと思いついたぜ。今って盗賊でゴタゴタしてんよな。盗賊のフリしてあいつらやっちまおうぜ」
「バカやめとけよ。今はヤベーって」
「構やしねーよ。今なら全部盗賊のせいにできるんだぜ?」
「悪くねーな。オディロンさえソッコーでやっちまえば後は怖くねーしな」
「ベレンガリアの魔法はヤベーって話だが、使わせなきゃどーってことねーぜ」
「じゃあどうせならあいつらに金が入るタイミングがいいな。次にバランタウンに来る道中だな」
「今からじゃねーの? 依頼終了後だぜ?」
「クタナツに着く前に襲っても仕方ねーだろ。バランタウンじゃあカードで金を下ろせないからな。現金で持って来るだろうよ」
「おお、他の奴等にも声かけとこうぜ。人数で潰しちまおうぜ。クタナツから出発するタイミングを合わせてよ、道中でいきなりやっちまうって訳よ」
「おお、あいつらにムカついてる同期は他にもいるからよ、声かけとくわ」
当初、オディロン達の同期はおよそ六十人ほどだった。
それが現在は死亡や拠点移動でおよそ四十人ほど。
その中でオディロン達と仲がいいのはわずか五人、残り三十数人のうち一体何人が敵に回るのか……
一方、盗賊は……
「テメーら! よく聞けや! 次の仕事で終わりだ! クタナツを売る!」
「そんな! お頭!? まだ早いんじゃないですか!?」
「そうですよ! まだまだ稼げるでしょう?」
「まさかビビったんじゃ……ぎゃっ!」
その手下の不用意な発言は、頬に突き刺さったナイフによって阻まれた。
「うるせーぞ。テメーらみたいな空頭が俺に逆らってんじゃねー。そろそろ頃合だ。騎士団や冒険者どもが本気になる前に離れるぜ。
それともテメー、あそこの六等星や騎士と一対一で勝てるかよ?」
「いや、それは、お頭……」
「でもお頭ほどの先読みがあったらまだまだ稼げるだろ? 開拓はまだ半分も終わってないんだし……」
「古い言葉でよぉ、もうはまだなり、まだはもうなり。って言ってな。まだいいって思ってる間はすでに手遅れなんだよ。本当はもうクタナツを売ってもいいぐらいだがよ。それじゃテメーらが納得しねーだろうが。盆暗なテメーらのためにもう一回だけやらせてやるぜ。」
「お頭ぁ。俺達のことを……」
「さすがお頭だぜ!」
「お頭万歳!」
大抵の盗賊は、昨日のことは覚えておらず、明日のことは考えられない。そんな低脳の集まりである。
そのためかクタナツ周辺では随分昔に一掃されており、それ以来湧いて出ることもなかった。
いくら低脳でもクタナツの危なさだけは理解しているらしい。
辺境では領都とサヌミチアニの間ぐらいに比較的よく出没する。
その辺りには盗賊が十〜二十グループ存在していたが、彼らはその内の五グループを吸収してできた大集団である。
頭目は『蓑火のガストン』
元々は王都で冒険者をやっていたが周辺の盗賊の頭の悪さを知り、これなら容易くまとめられると考え自らが盗賊となった。
冒険者仲間と四人で結成した盗賊団『炎の戦車』はたちまち他の盗賊を駆逐、吸収し王都周辺を荒らしまわった。
ある程度の稼ぎを得たら役に立たない下っ端に金を持たせて派手に遊ばせる。その間に本隊は次の場所に逃げるのだ。
遊びを覚えた下っ端はすぐに金を使い果たし街中で悪事を働き御用となる。
全てを自白させられるが下っ端が知っていることなどほぼ何もない。何の手がかりにもならないことを騎士団が必死に調べている頃には逃亡済みというわけだ。
下っ端だけあって頭目の顔どころか声や名前すら知りえない。金に目が眩んだ愚者の末路など推して知るべしだ。
そんな盗賊だから容易く裏切る。
仲間を殺す。
金を持って自分だけ逃げる。
そんなことは日常茶飯事だ。
そんな時ガストンは必ず同じ罰を与えていた。
雨の日に使う『蓑』を着せて火を付けるのだ。麦藁で作られた蓑は簡単に火が回り高温で燃える。火を消そうと必死に地面を転げ回る様を見てガストンは大笑いする。
運良くと言えるかはともかく、火が消えて死なずに済んだとしても全身大火傷だ。半端に な治療では助かる見込みはない。
幹部によって傷口に塩を塗って放置されるのみだ。叫び声が消える頃、命の灯も消えるというわけだ。
そんな光景を目の当たりにしても裏切る人間は裏切る。頭目の恐ろしさを知ってはいても金を目の前にした愚者は止まらないのだ。
それは今日も……
「さてテメーら。お楽しみの時間だ。今日はこいつだ。こいつは俺達の大事な仲間を二人も殺して金を持ち逃げしようとした。
俺達の金をだ。よって『蓑火の刑』だ。」
「お! お頭! 違うんだ! 何かの間違いなんだ! 俺じゃない! 俺は違う!」
この手の人間はいつも同じことを言う。ガストンは少しうんざりしていた。
しかし違う刑を考えるのも面倒なのでやはり蓑火の刑は継続だ。
「やれ。」
部下の手によって蓑に火がつけられた。
名もなき下っ端は意味不明な声で叫びながら地べたを転げ回っている。
普段は大笑いするガストンだが、今日はそんな気分でもなかったらしく黙ったままだ。
「おう、お頭。ご機嫌斜めかい? せっかくの見世物なのによう?」
「少し飽きてきちまってな。考えるのも面倒だが次からは違う刑にするかな。まあ次があればだがな。ホントこいつらってバカだよな。こうなるって分かってる癖によぉ。」
「へっへっへ、だよな。で次回はどうすんだ?」
「いや、今回で終わりだ。俺達は足を洗う。貯めた金で四人とも一生豪遊できるぜ。」
「そうか。惜しい気もするがそれこそ頃合だもんよ?」
「おう、最後のお勤めは俺達以外全員で行かせる。あらかじめ密告しとけば一網打尽ってわけよ。その間に悠々と逃げようぜ。」
「さすがガストンだぜ!」
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