う……ん……
寝てたのか……
何か振動を感じる……ほんの少し肌寒い……布団はどこへ……
荒い息遣い……アレクの声だ……
「おはよ……」
「あんっカ、カース、お、おはよっう……」
「アレクは悪い子だね。そんなに我慢できなかったのかい?」
「だ、だって……カースが、カッコ、良すぎるか、ら……」
昔は拙かった腰遣いも今では上達している。研鑽に余念がないのか、単に熟練してきたのか。とってもいい子なのだが……
「ごめん……また寝そう……」
「いい、のよ……私こそ我慢でき、なくてごめん、なさい……」
アレクには悪いがまだ体調が良くない……徹甲連弾の連発はかなりキツかった……
これが魔力のごり押しの弊害だろうか。スマートさが足りないな……あ、もうダメ……
「あっんっ、カース、おや、すみ……」
うう……ん。昼、かな?
「おはよ。」
「あぁっん、カースっ、起きたのね……」
「アレク、汗がすごいよ。お風呂行こうか。」
「ん、も、もう少し……待って……」
まさか、あれからずっと? やるなぁ。
「ああ……おいしかったわ……」
アレクは貪欲だなぁ。かわいい。
「カースはそのまま寝てて。全部私がしてあげるから。」
『浮身』
おっ、アレクが連れて行ってくれるのか。これはこれで楽だな。ふわりふわり。
うーん、自宅とはいえこれだけの豪邸だ。裸のままで空中を運ばれるのは妙な気分だな。いつ私は裸になったんだ? アレクはいつの間にかケイダスコットンのワンピースを着ているし。
それから私は湯船に浮かべられ、アレクによって献身的に洗われてしまった。アレクの方がよほど汗をかいているし疲れているだろうに。
「さあきれいになったわ。カースが疲れているのに、勝手なことしてごめんなさい……」
「いやいや、そんなことないよ。アレクにそこまで好かれているなんて嬉しいよ。ちょっと無茶な魔力の使い方をしたものでさ。」
「ううん、まさかあそこまで自分が抑えられないなんて思わなかったわ。あのドラゴンの頭を真っ向からぶち抜くなんて……カースは最高の男よ!」
照れるぜ……嬉しいな。よし、だいぶ元気になってきたぞ。
「今度は僕が洗うよ。」
それはそれは丁寧に。
「お腹空いたよね。立てる?」
「ま、まだ無理……私が作るから……少し待ってくれる……?」
うーん、アレクのことが愛しすぎて張り切ってしまったな。昨日の弁当から何も食べてないってのに。そりゃあ腹もへるってもんだ。
「ピュイピュイ」
コーちゃんもお腹空いたの? 待っててね。よし、ならば私も手伝おう。それなら早くできるはずだ。
「アレク、僕も手伝うから一緒に作ろうよ。」
「だめ……あそこは私の領域なの。いくらカースでも入って欲しくないわ……だから大人しく待ってて……」
しまった……ダークエルフの村でおばあちゃんにも叱られたな。男が台所に入るなと。うーん聖域か。知識としては分かっているんだがな……
「ごめんごめん。ゆっくりでいいからね。」
それにしても連日アレクの料理を味わえるとは。ありがたいことだ。ちなみにコーちゃんはアレクに付いていった。コーちゃんは入っていいのか?
「ピュイピュイ」
コーちゃんが呼びにきてくれた。いつもかわいいなぁ。さて、風呂から出るとしようか。あーいい湯だった。あははん。
「カース、さっきはごめんなさい。一生懸命作ったの。食べてくれる?」
「いやいや、全然悪くないって。ありがとね。僕も我慢できないからいただくよ。」
昼からフルコースだ。このスープはカボチャかな? さわやかだし、お腹にも心に染みる味だ。おいし……
こっちは前菜かな? 一口サイズだ。角切りにした野菜を軽くスモークした魚で巻いているのか。これはいい。ほどよい酸味と塩味で酒が欲しくなってしまう。飲もうかな……いや、やめておこう。食事に全力で集中するんだ。私の魔力庫には冷えたエールなんて入ってないしね。
それにしても前菜だけで何種類あるんだ? 見た目は同じだが中身の野菜は千差万別じゃないか。
こっちは魚のステーキ、いやポワレか。あ、これってランスマグロじゃん。旨いんだよなぁ。野菜にキノコ類もふんだんに使ってあるし、もはやメインディッシュだよな。あー美味しい!
「カース、これも飲んでみて。」
「おっ、ありがとう。どれどれ……おっ! 美味しーい! カクテル? 一体何と何を……?」
「うふ、当ててみて。正解したらほっぺに……」
アレクめ、自分で言って照れてるし。さっきまでの行動とは大違いだな。そんなところもかわいいが。
「うーん、ペイチの実は分かるよ。でも分からないのがお酒だよ。高そうなお酒が少し入ってるよね。そして微かな苦味は王都で流行ってた何かのビネガーかな?」
「すごいわカース。ほとんど正解よ。お酒はカースが持ってたセンクウ親方のラウート・フェスタイバルよ。上品で繊細、本当に美味しいお酒よね。」
そう言ってアレクは私の両頬に一回ずつ唇を寄せてくれた。あぁもうかわいいんだから。
「さあ、そろそろかしら。少し待っててね。」
そう言ってアレクは台所の方へと向かった。これで全部ではないのか。
およそ三分後、アレクは大きなお皿を浮かせて戻ってきた。いや、皿ではない。鉄板だ。それも熱々の!
「ワイバーンのテンダーロインステーキよ。熱いからゆっくり食べてね。」
これはすごい! いつだったかゼマティス家で食べた肉塊のようなワイバーン肉はワイルドだったが、こっちは黙ってればワイバーン肉に見えないような上品さだ。ワイバーンのテンダーロインか……希少部位、確か腰の辺りだったよな。
どれどれ……旨い! 柔らかい! 見たところ赤身ばかりだが信じられないぐらい柔らかい! これは肉質なのかアレクの腕なのか……両方だな。
肉塊とも呼べるようなステーキを一気に食べてしまった……少しお腹が苦しいかな。
「ふう……最高だったよ。まさかワイバーンがここまで美味しいだなんて知らなかったよ!」
「よかった。だってカースっていつも適当に切って豪快に焼いて食べてるじゃない? あれはあれで美味しいけれど、部位に合った料理法でいただくのも悪くないわよね?」
部位に合った料理法……さすがアレク。考えもしなかった。肉だから焼けばいいとしか。胡椒や塩、各種ソースで味を変えるのも悪くないが、アレクのように焼き方、料理法でも味は変わる。当たり前のようだが大事なことだ。うーん餅は餅屋、魔物は冒険者だな。
「うん! こんなに美味しいのは初めてだよ! 大変だったろうに、ありがとね!」
「どういたしまして。デザートは甘い物かコーヒー、それともお茶、どれがいい?」
「じゃあコーヒーを頼めるかな。」
「ピュイピュイ!」
「コーちゃんは甘い物がいいんだって。」
「分かったわ。待っててね!」
コーちゃんはここまで私と同じメニューを同じ量食べている。最後の最後で違う選択だね。私も甘い物が食べたい気もするが、もう入りそうにない。別腹のはずなのに。
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