懐かしきクタナツに帰ってきた。何日ぶりだろう。
「ただいまー。」
「おかえりなさーい。」
「え、ベレンガリアさん!? 朝からどうしたの?」
「もちろん朝食を作りに来たのよ。まだ残ってるからカース君も食べる?」
「食べるけど……朝から大変だね。」
たまに来てるのは知ってたが、こんな朝からも来るのか。
「おかえり。調子はどう? 少し見ない間に成長したように見えるわ。」
「母上ただいま。最近はダンスの楽しさを覚えてしまったよ。」
「あら意外ね。私はパーティーが苦手だったからあんまり踊れないのよね。そんな話を聞いたら今になってアランと踊りたくなってきたわ。」
「じゃあ今度アレクのバイオリンで父上と踊ってみるのもいいかもね。」
「私もアラン様と踊りたいです!」
まさかベレンガリアさんは父上狙いなのか? いいのか母上?
「それもいいわね。いつか踊りましょうね。楽しみにしておくわ。」
父上は私と入れ違いで出仕したらしい。大丈夫なのか? 修羅場は嫌だぞ?
「そういえばカース。例の首輪の準備が出来てるわ。食べたら出かけましょう。片付けはベレンさんがやってくれるわ。」
「お任せください!」
本当にどうした?
さて、私は母上と馬車に乗っている。御者はベレンガリアさんだ。マジでどうした?
到着したのは騎士団詰所だ。ここで?
「おはようございます。憲兵隊隊長のミリター様はいらっしゃいますか?」
「こ、これは聖女様! お、お待ちください!」
憲兵隊?
「これはこれはマーティン夫人。ようこそお越しくださいました。例の件ですね。どうぞこちらへ」
「お骨折りありがとうございます。さぞ大変だったでしょう。」
「いやいやそうでもありません。数だけはありますのでお代官様の一言で解決です」
「うちのカースのわがままでお代官様まで……ありがとうございます。」
そしてミリターさんは禍々しい首輪を出してきた。
「こちらが『拘束隷属の首輪』です。魔力はどうされますか?」
「この子が。カース、ここの部分に魔力を込めなさい。ゆっくりね。」
「分かった。いくよ!」
今から込める魔力が首輪の効力に影響するんだろうな。
全力で錬魔循環をしながらゆっくりじっくりと魔力を込めていく。私の全魔力を数値にするといくらなんだろう? 標準魔力検査球ではとてもじゃないが計り切れないし。
「ま、待ってくれ! そこまでだ!」
「え? どうされました?」
「もうダメだ! 限界だ! どんな魔力を持ってるんだい! マーティン夫人、ここまでです!」
「分かりました。ただミリター様? もしカースが罪を犯した時、どうやって拘束するおつもりですか? 新製品に期待しておりますね。」
やはり母上は厳しいな。憲兵隊にも容赦ない。期待外れだったということか。私はきっと悪いことはしない、徳を貯めておかないと来世が怖いからな。
「さあカース? 付けてご覧なさい。」
「うん。」
循環阻止の首輪を外し新たに『拘束隷属の首輪』を装着する。
おっ、久々に重さを感じる。魔力だけでなく体にも重さを感じるぞ。
「いい感じ! 結構効いてるよ!」
残念ながら初めて循環阻害の首輪を付けた時ほどの重圧は感じない。それでもしないよりはだいぶマシだろう。
「ミリターさん、わざわざありがとうございました。お代官様にもよろしくお伝えください! えと、代金は金貨百枚ですか?」
「あ、ああ。伝えておこう。百枚でいいよ……」
金貨百枚を渡し家に帰る。
馬車内では……
「もしかしてキアラの送迎もベレンガリアさんがやってるの?」
「そうなのよ。助かってるわ。私は御者なんてできないから。」
ベレンガリアさんは芸達者なのか。冒険者稼業はどうした?
あっ、アレクパパへの手紙があるのを忘れてた。
「アレクサンドル邸に行ってくる。届け物があったのを忘れてたよ。」
「そう、お昼はどうするの?」
「戻って来るよ。母上にも話したいことがたくさんあるし、母上の料理が食べたいよ!」
そう言って私は馬車から飛び降りた。わざわざ止まってもらうほどのことでもないしね。
アレクサンドル家の門番さんは相変わらず私を見ると正門を開けてくれる。久しぶりなのに嬉しいじゃないか。
「おはようございます。奥様か騎士長はいらっしゃいますか?」
「奥様がいらっしゃいます。どうぞお入りください」
玄関前にはメイドさんが待っていた。
「ようこそおいでくださいました。こちらへどうぞ」
いきなり来てこの待遇。恐縮してしまうね。
「どうぞお入りください」
この部屋は? 知らない部屋だな。
「失礼します。どうもお久しぶりです。」
「随分と久しぶりね。たまには顔を出して欲しいものだわ。」
同じアレクサンドル夫人でもこの前のチャーシューババアとは大違いだ。アレクママの上級貴族オーラはやはり凄いな。
「それは申し訳ありません。お義母さんを目の前にすると緊張で震え上がってしまうものですから。今日はお嬢様から手紙を預かって参りました。」
「そう、それはご苦労様。まあ座ってお茶でもお飲みなさい。」
私はお茶を飲む。アレクママは手紙を読む。お茶を飲む音、紙をめくる音がやけに響く。
「相変わらず暴れてるようね。」
「いやいやいや、とんでもないです。ついつい成り行きでそうなっただけかと思います。」
「アレクサンドル本家は王都の東、アレクサンドル領を治める公爵家なの。現当主、一門を支配するのはアルノルフ・ド・アレクサンドル。主人アドリアンの祖父の従兄弟にあたるわ。我が家は随分前に枝分かれして男爵家となっているわ。今回揉めた相手、アナクレイルの家は伯爵家。アルノルフ様の数代前に枝分かれした家系ね。」
「は、はあ。」
「アレクサンドル家は建国以来の名門、それだけに分家を起こすことは簡単じゃないの。王家ですら分家は二つしかないのよ? それがアレクサンドル家には四つもあるの。ちなみにアジャーニ公爵家は三つ。」
「多いんですね。」
「そう。貴族世界で分家とはただのスペア。多くて困ることはない……本当にそうかしら?」
「いや、よく分かりませんけど多いと揉めるんじゃ……」
「その通り。我が男爵家を除く三家はいずれも本家の跡目を狙う野心がある。それ故にアドリアンの祖父の代から我が家は本家に見切りをつけ、独自の道を模索してきたの。その結果がクタナツ騎士長ってわけね。」
「さすがですね!」
「もちろん簡単じゃなかったわよ。主人はよく生き残ってくれたと思うわ。つまり何が言いたいのかというと、自由にやりなさいってことね。貴方は容赦ないって聞いてるから言われるまでもなく好きにするんでしょうけど。」
「ありがとうございます。容赦なく好きにやります!」
「せっかくだから私も手紙を書くわ。領都に行く前にもう一度寄ってもらえるかしら?」
「分かりました。お嬢様も喜ぶと思います。」
それから多少の世間話をしてアレクサンドル邸を辞した。勉強になった気がするが覚えきれる気がしない。本家と分家か……色々あるんだろうな。やはり上級貴族は大変だよな……
キアラの卒業まで四年を切った。四年後には私も平民か。今の生活と変わりはあるのだろうか。税金が変わるのかな?
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