春休み三日目。
今日はアレクを訪ねる。さすがに歩きでは行きにくいのでマリーに馬車で送ってもらった。
あー、気分が悪い。マリーには悪いがやはり馬車は嫌いだ。
門番の人に挨拶するのはマリーの仕事だ。
あっさり正門が開かれる。朝から申し訳ない。
そして馬車ごと中に入ると、アレクが飛び出して来た。あれはパジャマか? まったく可愛い奴だ。
「カース! よく来たわね! 昨日会えなくてガッカリなんてことないんだから!」
「おはよう。昨日は悪かったね。スティード君ちに居たんだよ。慌てて飛び出したものだから行き先を言ってなかったみたいでね。」
「昨日行ったのはギルドの仕事を一緒にしようと思ったからよ! 今日は一緒に行けるのよね?」
「いいよ。一緒に行こう。せっかくだからギルドまで馬車で行こうか。用意しておいでよ。待ってるから。」
そしてアレクは急いで家に入っていった。
入れ替わるようにアルベルティーヌ様が出てきた。
「おはようございます。朝から押しかけてしまいまして申し訳ありません。」
「おはよう。よく来てくれたわ。聞いているのでしょう? 私のことはお義母さんと呼んで欲しいわ。」
「え、ええ、そのことはおいおいと前向きに善処を重ねて検討する案件かと考える次第でありますので……」
「あらあら官僚にでもなるのかしら? そんな難しいことを言われると困ってしまうわ?」
「あははは、僕も難しいことはよく分かりません。それよりなぜ彼女に冒険者になる許可を出したのですか? いいんですか?」
「貴族にとって娘は大事な政略結婚の駒、最高の相手に嫁がせる必要があるわ。今回はその相手があなたってだけの話よ。それともアレックスが要らないとでも言うつもり?」
くっ、ぐいぐい攻め込まれてしまう。
全て正論なのか? 許可を出した理由を聞いているのに反論できない。
「悔しいですが私はアレクサンドリーネさんに惚れてしまいました。必要です。以前騎士長様には欲しくなったらクタナツを更地にしてでも拐うとお伝えしましたが、欲しくなってしまいました。」
「それならいいじゃない。わざわざ更地にしなくても、欲しいならあげるわ。持って行きなさいな。あぁ、それから騎士長じゃなくてお義父さんと呼ぶといいわよ。」
おかしい。何か乗せられている気がする。
しかし反論の余地がない。
「待たせたわね。行くわよ!」
助かった。ここは逃げるに限る。
「じゃあ母上、行ってくるわね。カースが一緒なんだから心配はいらないわよ。」
「行ってらっしゃい。帰ってこなくてもいいわよ。」
お泊りをしろとでも言いたいのか?
それとも……
「じゃあマリー、ギルドまで頼むよ。」
「かしこまりました。」
しかし馬車でギルドに行くなんて……
まあいいか。そんなことで文句を言う器の小さい先輩なんていないだろうし。
ギルドに着いた。近いけど少し気分が悪くなったな……
「マリーありがとう。もういいよ。帰りは歩くから。」
「承知いたしました。お気をつけて。」
さあ中に入ろう。
今日はなんと護衛さんがいない。私達二人きりだ。
「さてアレク、今日はどんな依頼を受けるの?」
「ふふふ、新人らしい仕事よ! 南の田園で害虫退治よ!」
うん、堅実でよろしい。さすがアレクだ。
「ギャーッハッハッハ! 害虫退治だってよ!馬車でやって来るお貴族様はすごいですねー!」
「笑っちゃ悪いだろ!ド新人なんだぜ! 虫の相手がお似合いだからよぉ!」
バカが何か言ってる。
「じゃあアレク、受付に行って手続きしておいで。」
「え、ええ。待ってなさい。」
アレクが受付に向かうと私に何人か絡んできた。
「よぉ〜お坊っちゃんよぉ〜俺ら金に困ってんだわ。なんぼか貸してくれやぁ。」
マジか。お客様か。
「ご利用ありがとうございまーす。いかほどお要り用ですか?」
「ほぉ、さすが貴族のお坊っちゃん。分かってるじゃねぇか。そうさな金貨五枚だな。」
「え〜? たったそれだけでいいんですか? お兄さんは凄腕の冒険者なんでしょ? 豪快に借りてくださいよー。」
「ほほう、分かるか。俺は七等星の剣鬼ダッサル! 無限流免許皆伝の剣術使いよ!」
「ええ!? かの有名な剣鬼様ですか!? お目それいたしました! それでいくらご要り用ですか?」
「そうだな。金貨十枚にしとくか。」
「ご利用ありがとうございまーす。ではこちら金貨十枚です。利息はトイチの複利です。十日ごとに利子だけでも入れていただく約束ですがいいですか?」
「おおいいぜ。お前みたいな素直な貴ぞっ、ぐやっ! 何だ今のは!?」
「はあ? 契約魔法に決まってんだろ? 俺は『金貸しカース』お客様は俺から金貨を十枚借りたんだよ。ほれ、金貨十枚だ、受け取りな。」
「あ、ああ。」
「じゃあ大事に使えよ。十日後を楽しみにしてるぜ。知ってるだろうが契約魔法からは逃げられない。しっかり利子を稼いでくれよ。」
いやーいいお客様だった。
さてアレクの手続きが終わる頃かな。
「待たせたわね。行くわよ。」
「いやー有意義な時間だったよ。さあ行こうか。アレクのお手並み拝見だね。」
こうして私達は南の城門から外に出て田園に向かった。田園とは言っても水田などない。畑と放牧地があるだけだ。なぜか田園と呼ばれているエリアなのだ。
一時間ほど歩いて到着した。
さて、アレクはどうやって害虫を退治するのだろうか。
「見てなさい!」
『水球』
おお、拳より小さい水球で攻撃するのではなく虫を包み込んでいる。そのまま網にボッシュート、そこで魔法を解除すれば虫だけ残るって寸法か。鮮やか!
「やるね! 精密制御に磨きがかかってる。それならドンドン捕まえられそうだね。」
「それにこの大きさなら魔力もあまり消費しないもの。じゃあカース、この網を持っててね。」
デートで荷物を持つのは男の甲斐性、望むところだ。ちなみにこの網目より小さい虫は捕獲しても退治しても金にはならない。
だから私が精密制御の練習がてら金操で小さい鉄塊を動かして虫を潰している。
中には益虫もいるかも知れないが判断などつかない。近付く虫は皆殺しだ。
それにしても虫を見るとあの夜を思い出す。
恐ろしい数の虫だったなぁ。何万匹いたのやら。
「さあ次に行くわよ。」
いつの間にか網はいっぱいになっていた。
次の網を用意しなくては。
こうして私達は日暮れ前まで虫取りに興じていた。
そしてギルドに戻る。
「じゃあ行ってくるわ。待ってなさい。」
アレクは納品に向かう。
おっ、ゴレライアスさんだ。
「お務めご苦労様です!」
「おぉオメーか。もう帰るのか?」
「はい! 虫取りが終わりましたので帰ります! ゴレライアスさんは今からですか?」
「おう、ちょっとした小遣い稼ぎだな。グリードグラス草原に行く前のな。それにしても虫取りたぁ感心だな。頑張ってるじゃねーか。」
「ありがとうございます! まあ僕はついて行っただけなんですけどね。網持ちです。」
「待たせたわね。行くわよ!」
「アレク、こちらは大先輩のゴレライアスさん。挨拶して。」
「お初にお目にかかります。アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルと申す若輩者にございます。今後ともご指導ご鞭撻いただきたく存じます。」
アレクはたおやかに腰を折り、優雅に挨拶をした。まるで宮殿にいるかのようだ。
「ゴレライアス・ゴドフリードだ。害虫退治からコツコツ始めるとは感心している。その調子で頑張るんだぞ。」
おお、ゴレライアスさんの口調が優しい。
「ありがとうございます。カース共々精進して参ります。今後ともよろしくお願いいたします。」
やはりアレクはすごい。私なら気取ってんじゃねぇ、とか言われそうなのに。
「はい。カースの分、銀貨二枚よ。」
ん?
「多くない?」
「お、多くなんかないわよ! それはカースの分なんだから!」
「ふふ、今日は貰っておくけど次からはぴったり半々にしようね。初報酬なんだから弟君にお土産でも買って帰ればいいのに。」
「それもそうね。何にしようかしら。」
その時、ギルドに誰かが勢いよく入ってきた!
「大変だ! 蟻だ! グリーディアントだ!」
ギルドに緊張が走る。
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