異世界金融

〜 働きたくないカス教師が異世界で金貸しを始めたら無双しそうな件
暮伊豆
暮伊豆

74、十月十日、正午 〜 発端

公開日時: 2021年1月22日(金) 12:37
文字数:1,851

カースが目を覚ましたのは十二日の朝だった。三十時間近く寝ていたことになる。

オディロンや他のメンバーは十一日の夕方には目を覚ましていたため、だいたいの事情を聞き取ることができた。

それによると『なすりつけ』が行われたらしい。


数日がかりの依頼を終え帰路に着くベレンガリア達の方に同期のパーティーの一つ、『サイクロプスの咆哮』が大型の魔物に追われて逃げてきた。緊急時に助けを求めるのは当然のことであるしマナー違反でもない。


しかし奴等の行動は悪質だった。

「助けてくれ」の一言もないまま、あっけに取られるベレンガリア達を尻目に自分達だけで逃げていく。しかも故意か事故か逃げる奴等がぶつかってきたために転ばされたメンバーもいる。


ここでベレンガリアは判断を誤った。大型の魔物とは言え相手は知能の低いトロル、冷静に戦えば勝てるはずだった。


しかし突然の擦りつけ、同期の悪意、そして普段相手にすることのない大型の魔物。

そのような状況で、新人を卒業したばかりの彼女達に冷静に判断しろと言うのは無理な話だろう。パーティーの平民二人、ジェームスとヒャクータは転んだまま足が竦み動けない。オディロンはベレンガリアの判断待ち、そしてベレンガリアはジェームスとヒャクータを見て交戦を選んでしまったのだ。


「やるわよ! ジェームスとヒャクータは下がって! オディロンは時間を稼いで!」


このパーティーにはたくさんの弱点がある。今回致命的だったのはベレンガリアの魔法は強力だが、発動までの時間が長いということだ。

彼女達は普段役割分担をきっちり行っており、ベレンガリアは大物、オディロンは雑魚、ジェームスは魔力庫で保管、ヒャクータは解体や食事関係を担当している。つまり接近戦に弱いのだ。

また回復役もいないため各種ポーションはしっかり常備している。

しかし……


オディロンが圧縮魔法の応用でトロルの動きを止め、乾燥魔法で目玉を狙い視覚を奪う。

そこまではよかった。

しかしトロルは止まらない。前後左右辺り構わず暴れ出す始末だ。あっさりと圧縮魔法を破りオディロンを打ち飛ばす。

ベレンガリアは呪文を詠唱しているため動けない。止むを得ずジェームスが体を張って止めようとするが暴れるトロルの前には何の意味もない。辛うじてトロルの動きをベレンガリアがいない方向に誘導することと引き換えにジェームスも腹を強打されて飛んでいった。

無事なヒャクータは石を投げることで注意をひき、時間を稼ぐ。やがてベレンガリアの準備が整い魔法を放つ……


業炎ごうえん


狭い範囲を焼き尽くす火の上級魔法である。再生能力の高いトロルが相手である。これほどの魔法でなければ効き目はないだろう。

それはトロルの命を奪ってもなお消えず燃え盛る。


「さあジェームスとオディロンを探すわよ!」


トロルの最後を見届けたベレンガリア達は飛ばされた二人を探す。ジェームスはすぐに見つかった。腹を打たれたため内臓破裂の危険がある。


オディロンも見つかった。

運の悪いことに飛ばされた先に生えていたのはブレードグラス。この草原にはよくいるが近寄らなければさほど問題のない草の魔物だ。

タチの悪いことにこの魔物は見た目は茅のような長い葉を持つのだが、その葉が刃のように鋭いのだ。

飛ばされた勢いとブレードグラスの葉のためにオディロンの右腕は切断されていた。

他にも切り傷が多数ある。


二人は急いでオディロンを助け出すが、右腕が見つからない。かなりの勢いで飛ばされたことを考えても近くにあるはずなのに。

重傷者は二人、その二人とも命が危ない。

そしてここからクタナツまでは遅い馬車で六時間はかかる。しかも魔力庫担当のジェームスの意識がないため高価なポーションが使えない。

各自持っているのは応急処置程度の安物だ。


それでも応急処置だけは済ませて帰ろうとする。

時間がないのだ。二人の命を優先し、断腸の思いで右腕を諦めた。

ベレンガリアがオディロンを、ヒャクータがジェームスを背負って走り出す。


『身体強化』


ベレンガリアは自分達に魔法をかけて少しでもペースを上げる。

その間にも魔物は襲ってくる。前を走るベレンガリアは魔物の攻撃を避けない、避けられない。

それでもペースを落とさず二人は遮二無二走った。体力はとっくに限界を超えている。それを魔法で無理矢理動かしているのだ。

その甲斐あってか、日没までにクタナツの城門をくぐることができた。そこからは門番の協力もあり、治療院まで送り届けてもらい、もう一度応急処置を受けたベレンガリアは急いでマーティン家に駆けつけたのだった。

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