リアカーに適当に重い物を乗せて引っ張ってみる。やはり何とかなりそうだ。
通常、魔力庫以外で水を持ち運ぶ方法は革袋か樽だ。
暑い魔境を進むのだから水が腐らないか心配だが、一日程度ならおそらく大丈夫だろう。
また食料だが、バランタウンで食べるであろう弁当はいつも通りの物でいいとは思う。しかし帰り道用をどうするか……
ギルドで干し肉でも買っておくか。缶詰があればいいのに。
何とか勝算が見えてきた。評定はどうでもいいけど途中で脱落するのは嫌だからな。
みんなはどうするのか聞いてみたら、マジックバッグを使うそうだ。正式名称はマジックバッグなのか。
そしてマジックバッグを買えない者は荷物多めで頑張るらしい。
そしてついに当日の早朝。
校長先生が挨拶する。
「みなさんおはようございます。今日もいい天気になりそうです。さて、今年度から鍛錬遠足はより遠くに行くことになりました。なぜ今年から? と思われていることかと思います。理由はみなさんが軟弱だからです。軟弱と言われるのが嫌ならクタナツの民としての気概を見せてください。期待しております。」
なるほど。そんな事情があったのか。
確かに一組は一年の頃はまともだったのに段々と酷くなって人数も減っている。軟弱と言われても仕方ないか。二組はどうなんだろう?
全員に魔封じの腕輪が配られる。装着する前にリアカーを出しておこう。一部で失笑が聞こえたぞ?まあ無理もない。いつもの服装にリアカー、農民か貴族かどっちに見えるんだ?
そこにアレクが。
「話には聞いてたけど、改めて見ると変ね。違和感がすごいわよ。重くないの?」
「意外と重くないよ。もし背負ったらかなり重いけど。」
まあリアカーを背負えるわけないんだけどさ。
ちなみに、かなり余分に水を用意してある。果たしてこの選択は正しいのだろうか。普段なら水なんて出し放題だから気にもしてなかったから心配なのだ。最後に念入りに消音をかけておく。
さあ腕輪を装着。これより魔法は使用禁止だ。まあ使おうと思えば使えるけどね。
先頭は校長先生。
いつものローブ姿ではなく軽装か。軽そうな革鎧、籠手に脛当てと冒険者スタイルだ。軽装なのに歴戦感がすごい。背中には短い槍が見える。
最後尾は体育のデル先生だ。校長先生と似たようなスタイルだが騎士、いやむしろ軍人に見える。
ペースは自由。バランタウンまでは石畳が敷かれているので迷うことはない。校長先生より先に行ってもいいし、最後尾になった者はデル先生がペースを合わせてくれる。間には冒険者が十人ぐらい規則的に配置されているし他の先生方もいる。
私達はいつも通り五人並んで歩いている。
道が広いので余裕だ。石畳はガタガタして歩きにくいものかと思ったら、全然そんなことはなかった。滑らないように細かい溝はいくつかあるが、それ以外に段差はない。見事な技術力だと思う。おかげでリアカーを引くのが予想よりかなり楽だ。用意しておいてよかった。
出発から一時間、日も登り温度も上がってきている。しかし私にはあまり関係ない。
服が間に合ってよかった。サウザンドミヅチのウエストコートとトラウザーズのおかげで涼しいのだ。シャツには汗排出機能も付いているので快適。もっとも顔周辺やブーツの中が暑いのは我慢するしかない。
ブーツやベルト、そして帽子もサウザンドミヅチにすればよかったのだが、まだ注文も出してない。注文先が違うため忘れていたのだ。帰ってからの楽しみにしておこう。皮はまだまだあるのだ。
出発から二時間、午前八時半ぐらいだろうか。全員の間隔が広がっているようだ。私達五人は校長先生に合わせて歩いているが、他は徐々に縦長の列になっているようだ。
ふと気になって聞いてみる。
「校長先生、この速度を維持してたらバランタウンには何時ごろ着きそうですか?」
「だいたいお昼、十二時前後でしょうね。ちなみに私はずっとこの速度で休憩も取りません。みなさんはその辺りを注意するといいですよ。」
そりゃそうだ。二時間歩きっぱなしだ。休憩して水も飲まなきゃな。
こうして私達は少し休憩することにした。
私達以外にも校長先生の後に続く者はいる。彼らは休憩せずそのまま歩き続けるようだ。グランツ君もその一人か。
さて私達だが、みんな結構汗をかいている。暑いもんな。
各自が水を飲み、体感で十分ぐらい休憩しただろうか。その間に私達を抜いて行く者も何人かいた。
「さあ、少し急いで校長先生に追いつくよ。」
思うにあれが理想的なペースと見た。ならばペースを合わせて進む方が合理的なはずだ。
少し急いだところ、二十分足らずで追いつくことができた。ここからまた校長先生のペースで進もう。
現在このペースで歩いているのは私達を含めて十三人。一組から九人、二組から四人だ。
それ以外は見えないぐらい後方だ。
現在の五年生が四十人ぐらいなので、三十人近くが着いて来れてないことになる。
「暑くなってきたわね。」
アレクが呟く。
現在午前九時は過ぎただろう。まだまだ暑くなる。きついな……
「足が痛くなってきたよ。」
セルジュ君もきつそうだ。
普段こんな長距離は歩かないもんな。クタナツ城壁一周でも二時間かからないのだから。
「冒険者ってすごいのね。」
サンドラちゃんも呟く。
いつだったかベレンガリアさんがオディ兄をおぶってクタナツまで帰って来たことがあったな。とんでもないことだ。身体強化を使ったとしてもすごい。私には到底不可能だ。
「騎士もすごいよね。あの鎧って重いんじゃないかな。」
スティード君もそう思うか。一体何キロムあるんだろうね。魔法効果で軽量化とかしてるのかな?
「そろそろ次の休憩にしようか。水を飲まないのも危ないけど、飲み過ぎにも注意してね。まあたっぷり持って来てるなら問題ないとは思うけど。」
見た目からは分からないがみんなマジックバッグなんだから残量は気にしても意味ないのか? 魔力を常に消費するってことだったが大丈夫なのだろうか。
魔法は使えなくても魔力は消費する、よく分からない。車でブレーキかけ続けてガソリンも減り続けるようなものか? やはり分からない。
私は水を飲み、干し肉もかじる。暑さで食欲はないけど塩分も補給しなければな。
みんなからは『この暑いのにお腹空いてるの?』と不思議そうな視線を受けた。
さて、今は十時半ぐらいだろうか。少しみんなに気合いを入れよう。
「今から校長先生に追いついてそのまま進めば昼には到着できるはずだから、もう少し頑張ろうか。」
そう言えば魔物が出ないな。楽でいいけど。
ここからは五人とも無言になった。話す余裕がないのだ。校長先生はペースを変えず悠々と歩いているようだが、私達は校長先生の背中だけを睨みひたすら歩いている。
現在八人。いつの間にか五人ほど遅れている。
さらに暑くなった。
私の場合、顔から流れ落ちてシャツに吸われた汗は快適に蒸発してくれるし、胴体や下半身は温度調節機能が付いているので涼しい。
しかしブーツの中はだめだ。汗がすごいことになっている。きっとみんなもそうなのだろう。
また、みんなはいつの間に帽子をかぶっている。用意がいいな。私は帽子を持っていないので濡らした麻の布切れを頭に巻いておいた。無いよりマシだ、涼しい。
こうして五人とも根性を振り絞り、見事校長先生に続いてバランタウンに到着することができた。現在六人。私達とグランツ君だけだ。
「午後一時に私はここを出発します。それに合わせるのも休憩するのも自由です。思い思いに過ごしてくださいね。」
何てことだ。これでまだ半分なんだよな……
それなのにもう全ての力を使い果たしたかのようだ。
まずは弁当だ。食べて少しでも休んで……
大丈夫だ。まだ頑張れる。いつかのように魔境で魔力が空になった絶望感に比べたら何てことない。仲間と一緒だしね。
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