私達は現在、カファクライゼラでわいわいとコーヒーやら紅茶やらを飲みながら世間話に興じている。心なしか女性陣のテンションが高いのは気のせいではないだろう。
ちなみに我が家に残したのはアレク。残ったのはコーちゃんとリリス。今度はカムイも付いて来た。マーリンは旦那のオリバーさんが待ってるってことで帰った。
つまり、ここにいるのは……
私、キアラ、シビルちゃん。ベレンガリアさん、カムイだ。そのうちセルジュ君やスティード君も来るだろう。
「カー兄のおごりっすか!? あざーっす!」
「悪いわねぇカース君。」
「カー兄ありがとー!」
ベレンガリアさんだけ払わせてやろうか……
「うめーっす! あめーっす! これがカファクライゼラのシュガーハニーカフェトーストっすか!」
「蜂蜜だけではない甘さね。舌から脳天まで覆い尽くすかのような強烈な甘味。それなのにしつこくなく、ふっと消えてしまう存在感。後から後から食べたくなってしまうわ。」
「おいしーい!」
ベレンガリアさんがえらくまともな事を言っている。明日は雨か?
「コーヒーハニーミルクもうめーっす! あめーっす!」
「天国のように甘くて柔らかいトーストとほろ苦いコーヒーの相性ときたら、まるでアレックスちゃんとカース君みたいね?」
「おいしーい!」
「ベレンガリアさん! もっと食べていいからね! おかわりは!?」
「あらそう? 悪いわね。じゃあ今度はシュガーハニーキニーネグレープクレープをいただくわ。」
「店員さーん! 注文をお願いしまーす!」
ベレンガリアさんめ。いい事を言うじゃないか。私とアレクのように相性がいいだって? よくわかってるな。さすがベレンガリアさん。いい人だ。とてもいい人だ。
よーし、私は何を食べようかなー。
その時、荒々しく店のドアが開かれた。
「カース君!」
「おおセルジュ君。待ってたよ! あれ、一人?」
「大変なんだ! スティード君が!」
「スティード君が?」
「死にそうなんだよ!」
時はさかのぼる。
カース達が自宅に帰ってから、カファクライゼラに到着したぐらいだった。
スティードは襲い来る参加者達を一人ずつ丁寧に相手をして、ほぼ無傷で勝ち続けていた。ただ、無傷とは言っても新たに怪我は二つしかしてないと言うだけで、カースから受けた傷はそのまま残っているし、魔力体力だってほとんど回復していない。
それなのになぜ彼はこの話を受けたのか? 相棒であるバラデュールはとっくに場外へ落ち、気絶している。
理由は簡単。カースだ。
前回の子供武闘会でカースが同じことをしてのけたからだ。スティードにとってみれば、カースの背中はあまりにも遠い。いくらルールに守られた試合で勝ったとは言え、実力の差が埋まったとは言えない。同級生に比べて魔力も低く、座学の成績も良くないスティードである。何か一つでいい、誇れるものが欲しいのだ。二年前、王国一武闘会の決勝でカースを正面から破った時は本当に嬉しかった。限りなく同じ条件、同じ装備。カースは弱く、しかし強かった。自分より小さく非力な体、拙い剣術の腕。しかし、木刀だけでなく道着まで武器にする意外性。自分の左腕を折った妙な技。ギリギリの勝利だった。だが、あんなに嬉しかったことはない。
翌日カースが、無傷で一歩も動かず、魔法あり部門で優勝するまでは……
そんなことを考えながらもスティードの剣は鈍らない。そろそろ参加者もまばらになってきた。終わりが見えてきた。これで少しはカースに近付けるか……なんて思っていたら……
『おおーっとー!? オッさんだー!? 子供武闘会にいい歳したオッさんが現れたぞぉー!?』
『おっ、あいつか……』
『ダミアン様、ご存知ですか!?』
『俺のダチ、クタナツの五等星、バーンズ・ハイランダルだ。』
『なっ! なんとぉーー!? 五等星ですってぇー!? しかも爆炎バーンズじゃないですか!? 正気ですかオッさん! 大人気なーい!』
『まあまあ。あいつにはあいつの考えがあるんだろうぜ? おーいスティード選手よー! さすがに相手が悪いぜ! 五分待つからせめてポーションぐらい飲んだらどうだー?』
それを聞いてバーンズは武舞台に座り込んだ。相手の回復を待つつもりなのだろう。
それを見たスティードは魔力庫からポーションの瓶を取り出し……バーンズ目がけて、投げ付けた。
『ああーっとスティード選手! 座り込んだオッさんを見て隙ありとばかりに! せっかくのポーションを陽動に使ってしまったぁー!』
『多少体力を回復した程度じゃ勝てないと判断したんだろうぜ。それよりせっかくバーンズが座ってくれたんだから、機会を逃したくなかったようだ。さすがの勝負勘だぜ。』
最初で最後のチャンスとばかりに、くたびれたロングソードを振るうスティード。乾坤一擲とはきっとこのことだろう。そんな一撃が座ったままのバーンズに襲いかかる。立ち上がる気配もなければ避けようとする気配もない。スティードは八相気味の構えから袈裟斬り……
振り抜いた。
しかし、手応えなし……
辺りには焦げ臭い匂いが漂っている。
スティードがふと自分の剣を見ると、鍔元から二十センチ辺りが切断、いや、焼き切られていた。切断面が黒く焦げている。
しかし彼は怯まなかった。自分には魔力も体力もほとんど残されてないのだから。
切れた剣をバーンズに投げ付けるも軽く弾かれる。すかさず切り札であるテンペスタドラゴンの短剣を握り、小さく突く。この短剣の威力なら振り抜く必要はない。未だ座ったままであるバーンズの無防備な首元を軽く斬るだけでいいのだ。
しかし、次の瞬間……
「ぐわぁぁーーあぁーーーー!」
スティードの右腕が宙を舞った。
武舞台を転げ回るスティード。立ち上がるバーンズ。
「いくら後がねぇからっていきなり急所狙いはねぇだろ。バレバレだったぞ。」
痛みにのたうち回るスティード。しかし、その左手には抜け目なく切り札の短剣が握られている。
「なるほど……まだやる気か。」
ゆらりと立ち上がるスティードの右腕からは血が出ていない。傷口が炭と化している。
「それが……爆炎バーンズの名の由来ですか……」
「どうだかな?」
『スティード選手立ち上がったー! しかもその手には腕ごと飛ばされたはずの短剣が握られているぅー!』
『あれだけの痛みの中でも冷静に武器を拾ったんだ。しかもあの短剣は国宝級だからな。下手すりゃカースの防御ですら突き通すぜ?』
バーンズの手に握られているのはスティードの短剣よりも短いナイフ。分厚く光沢がない。
「やるんなら来いや。」
しかし、フラつき、まともに立てないスティード。利き腕を失うと、バランスすら取れないのが当たり前なのだ。しかし、持ち前の強靭な足腰でどうにか持ち堪え……一歩、また一歩と前進する。
スティードの間合いまで、残り……二歩。
「ぐおおおおおーーー!」
雄叫びをあげ左手を突き出すスティード。
バーンズの頬に一筋の傷。スティードの左前腕、その半ばまで食い込んだバーンズのナイフ。左に向かって倒れるスティード……の右足がバーンズの側頭部を襲った。
「痛ってぇ! マジかよ! どんだけ根性あんだよ……おい! 治癒魔法使い! 早くしろや! こいつやべぇぞ!」
スティードは倒れたのだ。石畳に……
右前腕がなく、左腕も動かないために庇うことすらできず、頭から。それでも最後の最後まで攻撃に力を注いだのだ。
『勝負あり! 大人気ないオッさんの勝ちです!』
『バーンズ! 聞かせてくれ! なぜ参加した?』
実況のマリアンヌがそそくさとバーンズの元へ駆け寄り、口元に拡声の魔道具をかざす。
『ダミアン! お前死にかけたらしいな! だから守りに来たんだよ! いいか! この会場に居る野郎ども! ダミアンにぁこの『爆炎バーンズ』が付いてるからよぉ! 命狙いたきゃあ死ぬ気で来いやぁ!』
『バーンズ……』
『なんとぉー! 友情です! 熱き血潮の友愛です! あの! 五等星爆炎バーンズがダミアン様なんかを守るためにボランティア! くっ! かなり羨ましい! つまり! この大会に参加したのは単なるデモンストレーションってわけですね!?』
『ああ。ただの示威行為だ。ダミアンを狙ってみろ、手足のねぇ芋虫にしてやるからよぉ……知ってるか? 人間はなぁ、両手両足を失ったぐらいじゃあ死ねねぇんだぜ?』
『は、はは……ダミアン様! 後はお願いしまーす!』
『おう! 重大発表があるんだが……それは明日のお楽しみだぁー! お前ら! 明日もまた来いよ! 分かったなぁ!?』
場内に響き渡る歓声。観客の興奮は最高潮だ。明日の大会は一体どうなることか。
カース達は呑気に甘味に舌鼓を打っていた。
セルジュは慌ててカースを呼びに走っていた。
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