体育の授業が終わり、みんなが帰り始める。
アレクは少しだけ心配そうな顔をしている。
サンドラちゃんは見世物を見る目でこちらを見ている。
スティード君とセルジュ君は興味なさそうだ。
私は用具室裏に行く。誰もいない。
はっ、まさか! 待ちぼうけさせて後日笑い者にするパターンか!?
待つこと五分。
足音が聞こえる。
「ごめんなさい! 待たせちゃいました!来てくれてありがとうございますぅ!」
青い髪でショートカット。服装からすると貴族か? 平凡な顔をしている。身長、体重とも平均ぐらいか。
「うん、五分ぐらい待ったよ。」
「ごめんなさーい! 私っていつもこうで……今日は朝から頑張ろうって思ってて絶対言おうって思っててカース様に会えると思ったら胸がドキドキしておかしくなりそうで気絶しそうなのにカース様って超かっこいいから気絶したらもったいないから頑張って意識を保ってよーって思ってるのにやっぱり本物を目の前にしたら胸のトキメキが止まらないからもうどうにでもしてって気持ちになりそうだからこの気持ちを届けたいんですがどうしたら分かってもらえるか分からないから取り敢えず手紙を書いてみたんですが来てくれたってことはあの女より私を選んだってことですよね!」
「チェンジ……」
まさかこんなパターンは想定してなかった。これはどんなパターンなんだ? 思わずチェンジと言ってしまったが。
「ありがとうございますぅチェンジとは古い言葉で変化を意味しますよねってことはあの女から私に鞍替えするって意味ですよね嬉しいですぅこれからずっと一緒にいましょうねカース様子供は何人欲しいですか私は六人欲しいですから夫にはそれなりの地位にいて欲しいんですけどカース様ならきっと大丈夫ですよね私しっかり支えますから安心して仕事してください式はいつにしますか?」
だめだこいつ。早く何とかしないと。
「じゃあ式の日程だけど、お互い隠し事をしないって約束できる? やっぱり夫婦になるからには隠し事はだめだよね。」
「私カース様に隠し事なんかしてませんわだから何でも聞いてください何でもお教えしますわ私もカース様のことを色々聞いてもいいですよね式はどこで挙げますか?」
「じゃあ聞くね。はいかいいえで答えてね。隠し事をしないって約束、できる?」
「はい約束しますっわぉ、今の魔力は何ですかさすがカース様痺れますわ……」
はぁ、やっと魔法が効いた。
「君の本当の名前は?」
「分かりませんわ」
「じゃあみんなからは何と呼ばれてる?」
「ジェーン」
「所属と職業は?」
「何のことか分からないですわ」
「ここに何しに来た?」
「ターゲットを殺しにですわ」
「お前の仕事は何をすることだ?」
「指定されたターゲットを殺すことですわ」
まさかの殺し屋?
しかも自分が殺し屋だと分かってない?
自分の組織も知らない?
だめだこりゃ、私の手に負えない。父上に頼もう。『浮身』『風壁』
とりあえず浮かせて空気の壁に閉じ込めておいた。
このまま帰ろう。少し怪しいけどいいだろう。『隠形』
自宅まで飛んで帰った。
母上もいる。
さあどうしてくれようか。
まずは母上に事情を説明しておこう。
「と言う訳でこいつは殺し屋みたいなんだよね。」
「カースもついに殺し屋に狙われるようになったのね。偉いわ。」
「あら、そう? こいつどうしようか? 一応隠し事ができない状態にしてあるけど、自殺とかされたら困るから母上が頼りなんだよね。」
そして私は奴を地上に下ろし風壁を解く。
生きてるよな?
「誰に頼まれた?」
「上司ぃ」
「そいつの名前は?」
「上司よぉ」
やっぱりだめだな。面倒になってきた。
後は騎士団に引き渡しだな。
「騎士団に引き渡すから何でも正直に話せよ。そして逃げるなよ。約束できるか?」
「できないわぁカース様にしか言いたくないのぉ。」
こいつは一体何なんだ?
そして奴を騎士団に引き渡す。
いくら拒絶しても騎士団の尋問魔法はスルーできまい。
それにしてもイジメの一環かと思ったらいきなり殺し屋とは……さすがに予想してなかったな。
近付かないでよかった。しかしあんな奴に殺しなんてできるのか?
あれだけ喋ってる暇があるなら動けって感じだが……
母上と共にジェーンを連れて騎士団詰所に来た。そして事情を話し引き渡した。
「現在は僕に隠し事をしない契約魔法をかけてあります。解いた方がいいですか?」
「いや、このままでいいよ。やはり大した情報は持ってないよね。組織的な殺し屋ってみんなこうなんだよね。ご協力感謝します」
引き渡しはあっさりと済み、再び自宅。
「さっきの騎士さんが言ってたのはどういうこと?」
「それはね、殺し屋にもいくつか種類があるの。一番多いのがさっきみたいな組織に飼われてるタイプ。普通殺し屋は使い捨てだから仕事前にターゲット以外の記憶を消されるの。それって成功率も下がるんだけど捨て値で買われた奴隷や誘拐された人間だから気にせずバンバン成功するまで送り込まれるのね。
次に多いのが副業で殺し屋をやるタイプね。闇ギルドの人間と付き合いのある冒険者がやりがちね。冒険者であることを活かしてターゲットが魔境にいる時なんかを狙ったりするわ。
最後はプロ。
自分の腕だけで生きている厄介な連中よ。殺し屋組織、例えば暗殺ギルドとしての強さの目安は何人のプロと連絡をとれるか、プロを動かせるかによるらしいわ。
プロだけあってかなりお金がかかるらしいわね。カース相手にプロが動くことはまだないとは思うけど、油断しないようにね。」
「だからさっきの奴は手掛かりになりそうにないんだね。」
蟻に暗殺ギルド、根絶すべき奴らがまた増えてしまった。
「そういうこと。騎士団も大変よね。今から身元を調べたりするのよ。身元が判明しても再び奴隷落ちするのは確定だけど。たぶん草原の開拓に従事させるんじゃないかしら。」
「誘拐されたかも知れないのにそうなるの?」
「そうなの。一度でも闇ギルドや暗殺ギルドと関わった者は二度と戻れないの。どんな契約魔法をかけられてるか分かったものじゃないからよ。だからほぼ例外なくさらに契約魔法でガチガチに縛って奴隷落ちってわけ。」
それにしても今日の母上はよく喋るな。少し機嫌も悪そうだ。
「もしかして母上、機嫌悪い?」
「悪いわよ。かわいい子供が殺し屋に狙われたんだから。しかもその殺し屋が使い捨ての最低ランク。カースをどれだけ舐めてるのかしら。腹立たしいわよ?」
なるほど、我が子が狙われたんだ。そりゃそうだ。しかし私にできることなど何もない。
これからも殺し屋が送り込まれるのはムカつくし、母上の機嫌を損ねたのも許せんな。
どうしてくれよう。
あ、そうだ……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!