うちなびく春、私は三年生になった。
オディ兄とその仲間は十等星として華々しくはないデビューを飾ったっぽい。
キアラはもうすぐ二歳。家中を歩き回るやんちゃな女の子だ。
新学期、私は再び一組、たぶんいつものみんなもだろう。
「カース、また私と同じ一組になれて嬉しいでしょう! お弁当を一口食べていいんだから!」
「アレックスちゃんおはよう。お弁当楽しみだよ。もちろん嬉しいに決まってるよ。アレックスちゃんは?」
「いやっ、そのっ、うれ……嬉しくなんてないこともないんだからっ!」
自分に同じ質問が来ることは想定してないのか。かわいいやつめ。
担任はやはりウネフォレト先生だ。
「みなさんが元気に三年生になれて嬉しいですよ。今日からまた張り切ってお勉強しましょうね。
一時間目は国語ですよ。」
三年生最初の国語は文章読解だ。
短い詩を例に情景や作者の考えを読み取る授業である。
二時間目、算数。
「今日からかけ算というものをやりますよ。
これができるようになっておくとかなり便利ですから、頑張りましょうね。」
歌に乗せて覚える授業だった。
軽快なメロディーだ。覚えやすいだろう。
三時間目、魔法。
やはり三年最初の授業なので、ナウム先生は標準魔力検査球を用意している。
「さあみなさん、今回の検査は百まで測れますからね、張り切っていきましょう。」
やはり貴族組は全員百、すっかり数が少なくなった平民組は三十から八十ぐらい。
こうやってじわじわと差が開いていくのか、才能の差もあるのだろうが、環境や努力の差も大きいのだろう。
最近お腹がやたら減るようになってきた。
お昼が待ち遠しい。
二年の終わりぐらいから昼食のメンバーに少し変化が出てきた。
変わりがないのは……
パスカル君・エルネスト君の上級貴族コンビに黒髪下級貴族のイボンヌちゃんを加えた三人組。
そして私達五人組。
変わりがあるのが……
平民組が五人になった。一人減ったのだ、その上……
金髪縦ロールのフランソワーズちゃんを中心とする四人組に下級貴族六人組が加入して十人組となり、さらにその下に平民五人組が下働きのように付き従っている。
これは俗に言う『姫』状態なのか。
総勢十五人の大派閥となったわけだが、このグループ内の他の女の子、平民ニ人に下級貴族一人の居心地はどうなんだろう。
これも貴族との付き合いを勉強する良い機会と考えるべきなのか。
普通に考えれば平民が下級貴族はおろか、上級貴族と接点があることなどそうそうないのだから。
一年の頃は全員で狼ごっこやゴブ抜きをするほど仲の良い組だったのに。
二年の後半ぐらいからそんなこともなくなった。これもある種の成長なのかもな。淋しいことだ。
そんな状態ではあるが私達五人組には関係なく、弁当がうまい!
スティード君の弁当は肉が多く、サンドラちゃんの弁当は野菜が多い。
セルジュ君の弁当には果物が多く、私の弁当には穀物が多くなっている。
いつの間にかみんなでバランスを取るような弁当になったのだ。
アレックスちゃんの弁当は高級食材が多く、量も多いので私達はみんな贅沢かつバランスのよい食事をとることができている。
ちなみにみんなの弁当は朝すぐに魔管庫に入れて昼に取り出すことになっている。
魔力による冷蔵庫みたいなものらしい。
今のところ、弁当がなくなったとか中身が食われていたとか事件はない。
もちろん腐っていたこともない。平和でいいことだ。
この平和が、ずっと続けばいいのだが。
昼からの四時間目は社会。
やはりウネフォレト先生が担当する。
「今日からの社会は私達のローランド王国について勉強しましょうね。」
先生はそう言って白板に大きく地図を描き始めた。
「このようにローランド王国は三方を海に囲まれています。そしてクタナツはここ、領都はここです。
ではアレクサンドルさん、王都はどこですか?」
「はい、ここです。」
「正解!よく勉強してますね。みんな拍手ー。」
クタナツが北端だとしたら、王都は南西の端に位置する。
評判が悪い騎士はここからさらに西や南なのだろうか。
「ではマーティン君、王国の中央部にある大きな山を何と言いますか?」
「はい、ムリーマ山脈です。」
「正解です。バッチリですね。」
地理にはあまり詳しくないが、たまたま知っててよかった。
この国では大きな地図は誰でも閲覧できるが、あくまで大まかな形が分かるのみだ。街道や橋、高低差は記入されていない。
よって旅をしようと思ったら詳しい人間にガイドを頼まないと辿り着けない。
例えば領都から王都に行くなら山越えルートもあればムリーマ山脈の外周を辿るルート、大回りして海岸沿いを通るルートなど、いくつもあるらしい。中には盗賊が跋扈しているルートもあれば魔物が出没するルートもある。
ムリーマ山脈以南は北側よりだいぶ安全だそうだが、それでも油断できない。そんな大陸だ。
さて本日最後、五時間目は体育。
やはり担当は変わらずデルボネル先生だ。
「よーし、みんな元気だったかー? 三年生になったことだし、実践的な授業に入るからなー。
素振りもそろそろ飽きてきただろ? そこでこれに向かって杖を振ってもらおう。」
そう言ってデル先生は『水壁』を唱えた。
「三人ずつこれに向かって杖を振り下ろしてもらうぞ。杖が地面に着いたら合格な。途中で勢いが止まったら失格だからな。」
目の前には幅三メイル、高さ一メイル、奥行き半メイルほどの水壁ができていた。
「まずは見本だな。メイヨール君、やってみてくれ。」
「押忍!」
さすがスティード君、男の挨拶を心得ている。デル先生も納得顔だ。
上段に構えた刃引き剣を迷わず振り下ろす。途中で腰を折り曲げ刃が地面に着くよう調整を加えている。
見事に水壁を一刀両断し、刃は地面を捉えていた。
「よーしお見事。分かったと思うが、ただ杖や剣を振るだけだと地面に着かないからな。
腰か膝を上手く使ってやってみような。ではそこの三人から行くぞー。」
意外とみんな苦戦している。
パスカル君達上級貴族コンビですら杖が腰の高さより下に行かない。普通の剣の振り方と違うことを求められているからだ。
スティード君はすごい!
私の番が回ってきた。私とセルジュ君とグランツ君だ。
「始め!」
先生の声に合わせて木刀を振る。予想以上に水の抵抗が大きい。
結局、膝より下で踝より上ぐらいだった。惜しい。
ちなみにセルジュ君は肩より少し下、グランツ君は臍ぐらいだった。これは悔しいから帰って特訓だな。
そんなことを考えていた終了間際。
フランソワーズちゃんがスティード君に何やら話しかけている。
「ねぇメイヨール君、みんな杖を使っているのに自分だけ剣を使うなんて卑怯じゃないかしら?」
「卑怯? ごめんよく分からないよ。何か気に触ることをしたかな? ごめんね。」
スティード君は困っているようだ。
しかし私がしゃしゃり出るわけにもいかない、せめて聞き耳を立てていよう。
「いえいえ、私のことなど問題ではないのです。みんなは杖を使って先程の課題をこなしておりました。でもメイヨール君は金属製の剣を使っておりましたわね? 自分だけ楽をして課題をクリアするなんて騎士を目指す身として卑怯ではないかとご心配申し上げている次第ですわ。」
「なるほど! 分かったよ! 心配してくれてありがとうバルテレモンさん!
僕がこの剣を使っている理由はね、杖だと軽過ぎて訓練にならないからなんだ。バルテレモンさんの言う通り僕は騎士を目指しているからみんなより大変なことをしないといけないんだ。みんなより重い物を持っている僕を心配してくれるなんて嬉しいよ。ありがとう。」
「うぐっ、分かればいいのよ。ふん!」
そう言い捨ててフランソワーズちゃんは取り巻きの中に戻っていった。スティード君はぽかんとしている。
何がしたかったのだろうか? 木刀を使っている私にはお咎めなし?
それにしても口下手だと思っていたスティード君がああも見事に言い返すとは、いや本音を言っただけだな。
それにしてもフランソワーズちゃん、面倒くさいタイプだな。あれも上級貴族なりの処世術なのか?
このまま何事もなければいいが。
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