二十一日、トールの日。
この日、私とアレクは別行動だ。
アレクは貴族学校のソルダーヌちゃんへ手紙を届けるだけなのだが。その後、私達は昼には合流してランチを一緒に食べる予定だ。
この日は馬車が一台しか空いてなかったのでアレクに乗ってもらった。一人で歩かせるなんてとんでもない。私はその間王都をブラブラする予定だ。ローランド王国の王都をブラブラ、ローブラだな。コーヒーでも飲むとしよう。
スティード君やアイリーンちゃんは何をしているんだろう?
一方、一人貴族学校に向かったアレクサンドリーネ。御者にお礼を言い女子寮へと向かう。受付に挨拶をして前回も訪れたソルダーヌの部屋へ。当然留守なのは分かっているため手紙をドア下へ入れておく。もう用は済んだのだが、一人で来たのには少し理由があった。それは学校内に立ち入るためだ。ここの図書室に興味があったのだが、カースを待たせるのも申し訳なく一人でやって来たのだ。こんな貴族だらけの場所にカースを連れてくると、きっと事件が起こってしまうとの判断もあったかも知れない。
校舎の方の受付にて図書室への入室を希望する。簡単に許可されるものでもないが、そこはアレクサンドルの名がものを言う。十分とかからずに許可されて図書室へ向かう。
カースと出会わなかったらソルダーヌと共に通っていたはずの校舎である。少しだけ感じるものがあるのだろうか。
図書室には数人の生徒がいた。授業はどうしたのだろうか? アレクサンドリーネは少し気になったが、自分には関係ないことなので本を探すことにした。お目当ては勇者関連の本だ。カースは勇者が好きなので領都にはないような話があれば喜んでもらえるかと考えているのだ。
選んだのは『召喚獣に見る勇者ムラサキの魔力傾向』内容は……
『仲間達との旅の途中で召喚魔法を覚えた勇者ムラサキ。さっそく使ってみると現れたのは金色に輝く九尾の狐。身の丈は五メイルを超え禍々しい魔力を撒き散らしながら勇者一行を鋭く睨む。人語を操る狐は勇者に服従を迫り、勇者は狐に仲間になるよう告げた。お互いの意地を賭けた戦いは一昼夜にも及び、ついに決着がついた。勇者が勝利したのだ。
その時よりタマモと名付けられた九尾の狐は勇者に付き従うようになった。それどころか勇者の膨大な魔力は召喚獣を具現化してしまい、魔王を倒すその日まで勇者の側を離れることはなかった。
やがて、魔王を倒した勇者。役目を終えたことを悟ったタマモは勇者に別れを告げて、光に帰るように消えてしまった。タマモだけでなく勇者の他の召喚獣、白銀の隼ファルコに白金ペンギンのギンコも同様に消えてしまったのだ。まるでこれから勇者が作り上げる平和な世界に自分達は不要とでも言うかのように。
勇者の無尽蔵とも言われる膨大な魔力は召喚獣だけでなく通常の魔法でも遺憾無く発揮され、他の仲間達の手を煩わせることなく魔王を討伐した。なお、慈悲の心を忘れない勇者は魔王のペットであるノヅチを許したのだ。飼い主の責任がペットにまで及ぶことを懸念して、広大な砂漠にて解放した。もしも今日、ヘルデザ砂漠にてノヅチを目撃できたのならそれは、勇者の祝福と言っても過言ではない。しかしながらそのような幸運が万人に舞い降りるはずもなく、伝説だけを残したままノヅチは目撃されることはなかった。
さて、肝心の勇者の魔力傾向だが、敢えて名前を付けるのならば『光』
基本的にどの魔法も努力次第で使えることは常識である。しかし勇者の使う魔法はどれも光り輝いていた。『小技など必要ない。火球一発で俺と分かる魔法があればいい』とは勇者の言葉である。その言葉通り勇者の輝く魔法は下級魔法ですら一発であらゆる魔物を消し飛ばした。磨き上げられたミスリルの盾ですら火球で溶かしたのは有名な話である。
召喚獣すら光り輝く魔物を呼んでしまったのは勇者ならでは。さらに一人一体しか呼べないはずの召喚魔法で数体もの魔物を使役した魔力には恐るべきものがある。』
学術書かと思ったら物語だったとは……
そのためかいまいち納得しにくい内容だった気もするが、カースは喜んで聞いてくれるだろうか?
アレクサンドリーネが気になるのはその一点だけだ。そんな彼女に近寄る影が。
「やあ君、随分熱心に読んでたようだけど勇者に興味があるの? よかったら解説しようか? うちは王家とも多少は縁があるから勇者のことなら任せてよ。」
「いえ、それには及びません。もう帰りますので。」
「待った待った。帰るなんて授業放棄はよくないよ。それなら僕も行く。申し遅れたけどマニュエル・ド・アベカシス、四年生だよ。君は? 見覚えがないけど何年生? 君みたいな麗しい子を忘れるはずがないんだけど。」
内心はうんざりしているアレクサンドリーネだが、名乗られたからには自分も名乗るしかない。それも相手は同じ四大貴族クワトロAの一角、アベカシス家なのだから。
「アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドル。本家ではなく分家、男爵家の方。フランティア領都の魔法学校三年。今週末の王国一武闘会に参加するために来ました。」
「それは驚いた。男爵家ってことはクタナツ騎士長の? しかもフランティアからはるばる参加しに来たの? 君ほどの家柄なのに?」
「それについて話す気はありません。私には私の目的があります。では失礼。」
立ち去ろうとするアレクサンドリーネに対して回り込むマニュエル。
「待って、待ってよ! もう少しだけ! 君みたいな綺麗な子を見たことがないんだ! だからお昼でもご馳走させてくれないか? 一時間もすればお昼だし、ね? どこでもいいんだ、ハスコーリ・ダ・レイサなんてどう?」
「最愛の男が待ってますので無理です。」
切って捨てるアレクサンドリーネ。しかしマニュエルは怯んだ様子を見せない。まるで、自分以上の男なんて存在しないんだから比べてみろ。とでも言いたげだ。
「ふーん、興味あるな。君ほどの女性にそう言わせる男がいるなんて。付いて行ったらダメかい?」
「いいですけど、ハスコーリ・ダ・レイサで昼食を二人分払ってくださいね。無論、私と彼の分です。」
「おいおい、付いて行くだけでそれはやり過ぎだよ。せめて三人で食べようよ。それなら喜んでご馳走するとも。」
さすがに四大貴族の一角、自信だけは満々のようだ。勇者の話をしたらカースが喜ぶ可能性が少しはあるので、まあいいかと考えが傾くアレクサンドリーネ。
「仕方ないですね。くれぐれも彼を挑発したり試そうとしないでくださいね。別に信じなくてもいいですけど。」
「ますます興味が出てきたよ。さあ行こうか。待ち合わせはどこだい?」
そう言って自然な流れでアレクサンドリーネの肩を抱こうとするマニュエル。しかし、突如その指が氷に覆われていた。
「私の身体は全て彼のもの。指一本でも触れることは許しません。勘違いなさらぬように。」
「おいおい身体とか、一体どんな間柄なんだい。妬けるじゃないか。」
余裕ある態度がここに来てようやく崩れてきた。自分が声をかけて喜んで付いて来ない女なんて片手もいなかった。しかもこれほど強烈にガードが固い女なんて一人も。手に入らないものほど欲しくなる。最上級貴族としてはある意味当たり前の感情に身を委ねるマニュエルだった。彼の行末はどう転がるのだろうか。
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