私達が交代で風呂に入っていた頃、先生が帰ってきた。
「お帰りなさい! お疲れ様でした!」
「ピュイピュイ」
「ただいま。たぶん上手くいくと思うよ。夏休みが終わってからのお楽しみかな。」
「剣鬼様、わざわざありがとうございました! アルベリックは幸せ者ですわ!」
「大したことはしていないさ。ではお風呂をいただくとしよう。」
ちなみに現在お風呂にはスティード君が入っている。先生と風呂か、少し羨ましいぞ。
さあ寝よう。明日はついに王都に出発だ。
八月一日、ヴァルの日。
揃って辻馬車に乗り我が家を出る。南の城門から外に出るからだ。
今日は私も念のため首輪を外している。安全第一で航行するために。
城門を出て少し南へ進む。この辺りでいいだろう。
「じゃあ先生、こちらにどうぞ。」
「お邪魔するよ。どんなルートで行くんだい?」
「ムリーマ山脈を越えた方が早いとは思いますけど、安全のために西回りで行こうと思います。」
「そうだね。空では私は何の役にも立てないからね。それがいいよ。」
領都から王都へは直線で四、五百キロルぐらい。ムリーマ山脈の西側を迂回しても六、七百キロルぐらいだろう。二時間とかからず着くはずだ。
「うわー! 速い! 」
「カース君凄いよ!」
「ピュイピュイ」
ふふふ、驚いてくれたようで何よりだ。
「さて王都に着いてからだが、君達は宿をどうする予定だい?」
「僕達はそこら辺の宿に泊まるつもりです。適当に二週間ほど部屋を取ってから泊まったり泊まらなかったり。」
私とアレクとコーちゃんはセットだからな。
「僕は姉がいますので、そちらで。」
セルジュ君は一番上のお姉さんが王都にいるらしい。
「僕は兄のところです。」
スティード君はお兄さんが二人とも王都にいるそうだ。
「そうか。それなら心配ないな。王都は物価が高いからね。船賃代わりに君達の宿代ぐらい出そうかと思ったんだが、要らぬ心配だったかな。」
さすが先生、暖かい心遣い。
しかし私だって同じことを考えていたとも。王都行きを言い出したのは私だからな。
「ではまずカース君達の宿を確認して、それぞれの兄弟の家を探そう。それを確認したら解散だ。あぁ無尽流の道場ぐらいなら案内するよ。」
ただ乗り合わせただけの子供達を責任持って送り届けようと!? 先生は心の中まで達人なのか。みんな尊敬の眼差しで先生を見ている。
そんな話をしていたら海が見えた。
「え!? もう海? もしかしてヴェスチュア海!?」
セルジュ君が驚いている。
「見た感じそのようだ。やはり笑えてくるな。ふふっ。」
「カースは凄いんですよ。」
「ピュイピュイ」
ヴェスチュア海はローランド王国の西側の海だ。王都から船で北のノルド海に行くにはこの海を通るしかない。比較的魔物が少ない東のオースター海と違ってかなり危険な海らしい。
領都から南西に飛んで海が見えたってことはもう半分だ。今は何事もないが、油断はしないぞ。
「先生、ムリーマ山脈の西側ってワイバーンが多いんでしたっけ?」
「ああ多いよ。まあ凶暴なだけで頭は良くない。カース君の敵じゃあないさ。」
「ありがとうございます。どんな特徴があるんですか?」
「うーん、中途半端な奴らだよ。装甲もブレスも飛行速度もドラゴンと比べたら子猫のようなものだ。もちろん空の魔物の中では危ない方だけどね。」
比較が分からん! そりゃあドラゴンに比べたら何だって子猫だろうよ!
「となるとトビクラーやコカトリスより危険なんですよね?」
「そうだね。あいつらより速いし、コカトリスより強い毒を持ってるよ。爪には注意かな。」
うーん、速いのか。
「じゃあ先生、今から全力で飛んでみますのでドラゴンと比べてどうか判断してみてもらえませんか?」
「いいとも。もっとも下から見るのと自分が飛ぶのでは訳が違うとは思うが。」
風壁の先端を新幹線のように丸くして、飛行機のようにサイドウイングを伸ばす。後ろには尾翼も忘れない。いくぜ隠形解除、魔力全開!
「キャッ!」
「うわぅ!」
「凄い!」
「これは……」
「ピュイー!」
自分でも初めての最高速トライアルだ。安全第一はどうした。
「あ、カース君止まってくれ。」
「どうしました?」
慌てて止める。
「くくく、下を見たまえ。」
下は海だが、ヴェスチュア海じゃないのか?
「まさか……サウジアス海なのですか?」
アレクは詳しいな。
「そうだよ。王都は過ぎてしまったよ。面白いから黙っていたが、このままだと南の大陸まで行ってしまうからね。」
いかんいかん。引き返そう。
「速さはどうでした?」
「分からんな。ドラゴンの背に乗ってみれば分かるかも知れないがね。ただ私の願望を含めて答えるならドラゴンより速い気がするよ。」
「ありがとうございます!」
「ピュイピュイ!」
え? 風の精霊より速い? マジか!
かなり嬉しいぞ。確かに自分でも恐ろしいスピードだった気がする。まさかついに飛行機の域に達したのか?
とりあえず再び隠形をかけて王都に向かおう。
「東側に降りてくれるかい。そっちの方が目立たなくて済む。」
「はい!」
「それにしてもカース君、凄かったね! いつ王都を過ぎたのか全然分からなかったよ!」
スティード君が驚いてくれてる。
「絶対鳥より速いよね! サンドラちゃんに話してあげないとね!」
セルジュ君もノリノリだ。
さて、到着。王都の東の城門からさらに東に三キロルぐらいだろうか。
「はっはっはっ、こんな笑えることはないよ? まだ昼にもなってない! ノワールフォレストの森から二ヶ月かけてのんびり王都に帰ろうと思っていたのに!」
先生がかなりご機嫌だ。私も嬉しい。
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