カースが現場から飛び去った後、アレクサンドリーネとカムイは周囲を観察していた。
「さすがに何も落ちてないわね。カムイは何か匂う?」
「ガウガウ」
そう言ってカムイは右前脚で指し示す。
「あっち? 犯人はあっちに逃げたのね?」
「ガウガウ」
そして先導するカムイ。後を追うアレクサンドリーネ。
やがて到着したのは行政府、その近くにある騎士団詰所だった。
「この中に逃げたのね?」
「ガウガウ」
首を縦に振るカムイ。
アレクサンドリーネは考える。何の証拠もなしに騎士団詰所に踏み込むわけにはいかない。しかしカースがよくやるようにプレッシャーだけでもかけておくのは有効ではないかと。そして中へと踏み込む。
「失礼しますわ。」
「ガウガウ」
「騎士団に何かご用ですか?」
受付番をしていたのは若手の騎士だろうか。
「ダミアン様とマイコレイジ商会会長リゼットが襲われて重体です。その二人はすでに治療院へ運びましたが、私は犯人を追ってここに来ました。」
「は? 犯人を? 何を言っておられるのですか?」
普段なら問答無用で叩き出すのであろうが、アレクサンドリーネの発する高貴なオーラの前には騎士も丁寧に対応せざるを得ない。
「カムイ、この人は?」
「ガウガウ」
首を横に振り、またもや前脚で指し示すカムイ。
「あちらのお部屋は何ですか?」
「武器などを置く倉庫ですが……それよりも、犯人がここに逃げて来たと……言いたいのですか?」
「そうです。正確にはダミアン様達が襲われた現場に居た人間がこちらに来た、ということになりますでしょうか。」
「一体……何の根拠があってそんな……」
「この子の鼻がそう言ってます。ご存知ありませんか? 魔王の牙ことフェンリル狼のカムイですわ。そうそう、申し遅れました。私、魔法学校五年アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルと申します。それで、ここ一時間でこちらに戻られた方は何人いらっしゃいますか?」
「ア、アレクサンドル家……そ、それは何人もおりますが……」
「いいでしょう。この件ですが魔王カースが動いている以上、犯人に逃げ道はありません。カースがここに乗り込んで来る前に犯人を特定し、拘束しておいた方が賢明ですわ。では、私達はこれにて。行くわよカムイ。」
「ガウガウ」
「ま、待ってください! ダミアン様は確かに治療院に運び込まれたのですか?」
「そのはずですわ?」
「今日は騎士団の演習で結構な怪我人が出ております。治癒魔法使いは全てその対応にあたっているはずですので……」
「そう……分かったわ。ああ、私達は今から辺境伯閣下のお屋敷に行くわ。閣下に直接ご報告しないといけないもので。では。」
アレクサンドリーネはダミアンの心配などしていない。カースが一緒にいる以上、何の問題もないだろうと考えている。必要とは思えないが一応、辺境伯に報告だけしておこうと考えたまでだ。
そして辺境伯が実はすぐ近くの行政府でまだ仕事をしているなどと知らないアレクサンドリーネ。カムイと辺境伯邸まで歩いている。
「ねえカムイ。ダミアン様達大丈夫かしら……治癒魔法使いがいないって……」
「ガウガウ」
「大丈夫よね。カースがいるんだし……」
「ガウガウ」
カムイはアレクサンドリーネの言葉を理解している。しかしアレクサンドリーネはカムイの言葉が分からない。肯くなどの身振りがない限りは。
そして一抹の不安を抱えたまま辺境伯邸へ到着。門番に挨拶をする。
「夜分に恐れ入ります。アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルでございます。火急の用がございます。辺境伯閣下は御在宅でしょうか?」
普通ならば夜分にいきなり辺境伯を訪ねるなど正気ではない。しかし、門番とも顔見知りの上に、小さな頃からも幾度となくソルダーヌと遊んでいたアレクサンドリーネである。門番もすぐに対応をし、執事が呼ばれた。
「火急の用件とお伺いいたしました。あいにく旦那様はまだ行政府からお戻りになられておりません。代わって私がお伺いいたします。」
「セルバンティスさん、ダミアン様が重体です。カースが治療院に運びましたが現在治癒魔法使いが不在とのこと。犯人の目星はついておりますが、閣下のご判断が必要な件かと思いご報告にきたのですわ。」
「な、なんと……ではダミアン様の身柄はどちらに?」
「治療院にいないとすれば分かりません。カースに任せておけば大丈夫かと思いますわ。」
「そ、そうですか……ならばぜひ! 一緒に行政府までご同行いただけますか! 直接旦那様にご説明を!」
「いいですわよ。」
そして執事セルバンティスと馬車に同乗し行政府へと向かうのであった。なお、カムイはその馬車の後ろを歩いている。
果たしてこの馬車の行き先は……
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