辺境伯邸の広大な庭園。そこには訓練用の広場もあれば、よく手入れされた庭木もあった。風雅な池もあれば、無骨な魔法標的もあった。
今回ダミアンがパーティーに利用しているのは、東の庭園。ほどよく広さがあり、ほどよく眺めもよい。庭の中心には不自然なほどの巨大な『博打石』と呼ばれる平らな岩があった。マリアンヌはこれをステージと呼んだのだ。
現在ステージ上ではダミアンが宴会芸、氷の彫刻を披露していた。モデルはナルキッソスである。
上半身は裸、下半身は布一枚。筋骨隆々の男がそこにいた。ちなみにポーズはアブドミナル・アンド・サイだ。
「よし! 完成だぁ! どうよ?」
「ありがとうございます! 嗚呼僕は何と美しいのでしょう。そしてこの筋肉一つ一つに至るまでを精密に表現なさるダミアン様の腕の冴え。氷で作られたとはとても思えません! 噂の伝説の幻の不滅の神話物質クリスタルもかくやという出来栄え! 僕の美しさを分かっていただけるなんて本日目の当たりにしたダミアン様の鑑定眼に狂いはなかったんですね!」
「お、おお……じっくり見ておくといい。」
「ダミアン様、ステージを使いますわよ? 男の誇りを賭けた勝負の時間ですわ。」
「おお、ちょうど余興も終わったし、どんどんやっちまえ。でもあの隅っこには近づくなよ?」
博打石の隅の方には自らがモデルとなった作品を恍惚の表情で眺めるナルキッソスがいた。
「あ、あのー、ダミアン様ですよね。ぼ、僕らドニデニス様にかわいがってもらってる者でして……」
「ダミアン様とも仲良くさせていただければなー、なんて、えへへへ」
「ちなみにダミアン様はアレクサンドリーネ様みたいな女性がタイプなんですか?」
「あードニデニスかー、あいつ最近仕事しかしてねーだろ? つまんねー奴だよな。で、お前らは今日参加したのか?」
「い、いえ、その、昼間はみんな都合が悪かったもので……」
「なるほど! 分かったぜ! それで暴れ足りねーからステージでひと勝負って訳だな? いいぜ! 勝った方には賞金出すぜー!」
「え、あ、はい、そんな感じで……」
貴族学校生達はひとまずダミアンに取り入ることに成功したのだろう。女の子達は見えないぐらい遠くから応援している。
「さあ誰からやりますか? さすがに四人まとめては無理でしょう。ちなみに賞金は早い者勝ちです。」
「ああ、じゃあ俺がいくぜ!」
「おう! がんばれラリーガ!」
「ワンパンで決めてやれ!」
「貴族の誇りを示してくれよ?」
「君からだね。相手になるよ。」
セルジュはすでに構えている。
「おおセルジュ君がやるのか。こいつは面白くなってきたが、二人ともまあ待て。ルールを決めようじゃないか。」
「ダミアン様! 俺は何でもアリでいいですよ!」
「いいのか? セルジュ君はどうだ?」
「気が進みませんけど……いいですよ。」
「さあ、盛り上がって参りました! 貴族学校生の同級生対け『水球』つ……」
「おっ、セルジュ君よぉ不意打ちか。やるじゃねーの。」
「セルジュてめー!」
「何考えてんだコラ!」
「ルールも守れないとは貴族の誇りはないのかい?」
「何言ってんの? 何でもアリって言ったのはラリーガ君じゃないか。あんなのカース君なら軽く避けるよ? 次は誰?」
「おーっとこれは汚いセルジュ君汚い! ツヤツヤ卵肌のくせに不意打ち上等なタイプだったーぁ! これがクタナツ者の標準仕様かぁー!」
「はーっはっは! こいつは一本取られたな。何でもアリって言っちまったからな。そりゃあ不意打ちもアリだよな! じゃあ次からは不意打ちはナシな。開始の合図をしてからにしようぜ。」
「俺がやってやります!」
「やれ! あんな不意打ちヤローに負けんな!」
「油断しちゃだめだよ!」
「さあ二試合目です! 双方準備はいいですね。構え!
始め!」
『水球』
『水球』
たった一発の水球を撃ち合っただけでも分かる実力差。セルジュの敵ではないようだ。
しかしそこに……
『風弾』
場外から横槍が入る。
『飛斬』
そして見えない弾丸を切り裂く者も。
「何でもアリだから横槍もアリなんだよね。ならばその横槍を防ぐのもアリだよね。」
「ありがとうスティード君! 助かったよ!」
「セルジュ君だって気付いてたくせに。」
二戦目もいつの間か終わっていた。
「次はどっち?」
「お、俺だー! テメっセルジュ! 調子に乗ってっと俺の兄上が黙ってねーからな! 兄上はダミネイト一家に出入りしてんだからな!」
「よく分からないけど、ダミネイト一家って上級貴族だったりするの?」
「知らねーのかよ!? はっ、これだから田舎モンは! 領都の裏の世界を取り仕切ってる闇ギルドだよ! 兄上が一声かけりゃーお前なん「始め!」
『水球』
「ちょ、まっ!」
「勝負あり! 話が長いんで始めちゃいました。ちなみにダミネイト一家は闇ギルドではありません。領都指定犯罪抑制集団です。公的には闇ギルドなんて存在しませんので。ね? ダミアン様?」
「おう! 俺はダミネイト一家も闇ギルドも知らないぜ!」
いつの時代、どんな場所でも建前は大事なようだ。
「最後は君だね。別に逃げてもいいよ。」
「余裕じゃないかセルジュ。魔力は残っているのかい?」
「さあ? やれば分かると思うよ。」
「君にはお姉さんがいるよね? ポワポワした可愛らしいお姉さんがさ。近々結婚するらしいね。中々の上級貴族とさ?」
ニタニタと嫌らしい笑みを浮かながら話している。
「それがどうかした?」
「僕がほんの一言、何か言ったらその結婚がなくなるとしたらどうする? お姉さんさぞかし悲しむんじゃないかな?」
「さあ?」
「強がらなくていいよ。一言、調子に乗ってごめんなさいって言えば終わりなんだよ?」
「あのさあ、クタナツの人間に人質は効かないって知らないの? 領都の騎士団でもそうだと思うけど、人質を取られたら人質ごと殺せって小さい頃から教わってるんだよ? だいたいそんな嘘か本当かも分からない戯言に騙されてイモ引いたなんて姉上達にバレたらクタナツに帰れなくなるよ。ねっ、スティード君?」
「そうだよね。つまり君の言うことが本当ならセルジュ君はお姉さんの幸せのために君の口を封じなくてはいけないってことだね。簡単だね。」
「な、何言ってるんだい? ただの仮の話さ。人質を取るなんて卑劣な真似をする筈ないよ。き、急用を思い出したから帰る。」
「おーっと待ったー! 帰るんならこの三人も連れて帰れ。頑張れよ!」
女の子達は心底遠くから見ていてよかったと思ったことだろう。
「おし! 終わったか。じゃあ賞金だ! 四人だから金貨四枚だ! とっときな。」
「ありがとうございます。同級生ながら恥ずかしい奴らで申し訳ありません。」
「まあセルジュ君はもっと上を見て頑張ってくれや! 」
この後セルジュは金貨をスティードと山分けした。欲のない男である。
ナルキッソスは溶け始めた自分の像を見て、これは天の涙か。天も悲しんでくれているのかと思いを馳せていた。
酔って上機嫌になったダミアンは氷以外にも庭石や庭の木にまで彫刻を施した。
セルジュもスティードも明日は学校行きたくないなーと考えていた。そのため学校に行かないカースが少々羨ましくなっていた。
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