私達はクタナツを発ち北に向かって飛んでいる。草原の街、ソルサリエの西を通過し、ヘルデザ砂漠の西岸辺りから海岸線に沿って北西へと進路をとっている。
「さて、坊ちゃん。今から行く所についてお話しいたします。オディロンもまだ知らない私の秘密です。」
「うん。秘密は守るよ。」
「私はエルフです。人間ではありません。年齢もとっくに二百歳を超えております。」
「へ? マジで?」
いきなりすぎる……意味が分からん……
「真面です。旦那様と奥様にだけは打ち明けてあります。今から向かう所は私の故郷。ローランド王国で言うところの山岳地帯にあります。そしてお嬢様の体を蝕んでいる毒ですが、神殺しの猛毒『死汚危神』に非常によく似ております。ですが幸運なことに本物ではないようです。」
「え、それってあの四天王、炎のハイブリッジを殺した毒? 実在するの!?」
話が凄すぎる。意味が分からん。山岳地帯にエルフの集落がある?
言われてみれば『勇者ムラサキ・イチローの冒険』にそれっぽいのが登場してたよな。エルフ……実在するのか。
これは間違いなくファンタジーあるあるだな。ドワーフとかもいるのか?
「そしてエルフの飲み薬ならばお嬢様を治せる可能性があります。」
マジか! だが……
「それって対価が必要だよね。僕は何をすればいい?」
「はっきりとは分かりません。しかし魔力が大量に必要なことは間違いありません。奥様の髪と血、そして法衣だけではまず足りないでしょう。お嬢様の生命維持にもかなり使ってますので。坊ちゃんの魔力が頼りです。」
「分かったよ。着いてすぐだと魔力が減ってるとは思うけど、魔力ポーションはたくさんあるから。」
「それから……言いにくいことですが、そもそも私を受け入れてもらえるかどうかも分かりません。家出同然に飛び出したもので……」
「そっか……色々あるよね。一生懸命お願いしてみるよ。エルフの皆さんは好物とかあるの?」
「好物とは少し違いますが、不変、普遍、そのようなものを好みます。変化を嫌うとも言っていいですね。私はそんな集落が嫌いで仕方なかったのです。何百年も同じ場所で同じ毎日。 何十年に一度ぐらい他の集落のエルフと交流はありましたが、私には苦痛でした。」
そんな話をしながらも全速力で飛ばしている。すでにノワールフォレストの森が東に見える。マリーに風壁と隠形を使ってもらっており、私は速度と解毒に魔力を使っている。
かなり魔力を費やしているため魔物には見つかりやすい。しかし、全力で飛ぶ私に追いつける魔物などいまい。ことごとく振り切ってやる。前を塞ぐ空飛ぶ魔物も片っ端からぶち殺す。穴だらけになって落ちやがれ。
何とかこのまま山岳地帯まで……
とうとう山岳地帯に着いた。
着いたと言ってもノワールフォレストの森から北西、山岳地帯の南西部にだ。森だけでローランド王国より広いんだもんな。山岳地帯はさらに広いらしいし。もうスケールがおかしい……
「ここからは空の魔物に注意しつつ、私の故郷を探しましょう。昔のことで記憶が曖昧なんです。」
「うん。慎重に行こう。」
ベヒーモスとかがいるんだよな……遭遇しなければいいけど。
「カース……」
「姉上! もうすぐ助かるからね! しっかりね!」
「ありがとう……」
くそ、顔色が悪すぎる……
紫? ドス黒い斑点まで浮かんでいる……
母上が施した何かに加えて解毒までかけ続けてるのに現状維持すらできないのか……
すでに山岳地帯に入って三十分は飛んでいる。しかし速さでは解決できない。マリーだけが頼りだ。
「見えました! あの巨大な木! あそこです!」
はるか遠くかに見える一本の木。遠見を使ってギリギリ見えるほどの距離。どこまでも続く山々から一本だけ飛び出している。
眼下には峻嶮な山と谷。ムリーマ山脈をそのまま大きくしたかのようなスケール感。ここを歩いて通り抜けようとしたら、どれだけ回り道をさせられることか。
近付けば近付くほど木の大きさが分かる。とんでもない巨木だ。直径なんか絶対百メイルを超えている、高さに至っては雲の上だ。
「あの巨木は『イグドラシル』と呼ばれております。この山岳地帯には何本かありますが、どのエルフもイグドラシルの周辺に集落を作っております。」
「すごい木だね。世界を支えてそうだね。」
「全くです。さて降りる場所ですが、村の外にしましょう。あちらはもう気付いているかも知れませんが。」
「分かった。」
気付かれてんのか。友好的なタイプだといいが……
着地。しかしボードには姉上が寝ているので、そのまま浮かせておく。マリーはボードの前、私は後を歩く。少し先に門らしきものが見える。クタナツの城門などとは比べ物にならないショボさ。あんな脆そうな門で村を守れるのか?
門番はいない。
「私はゾルゲンツァファリーアスの娘マルガレータバルバラ。開門願う。」
するとゆっくりと門が開く。観音開きタイプなのね。人気がないが、まさかの自動ドア?
今まで気にしなかったけど、マリーって名前は本名じゃなくて愛称だったのか。
マリーはゆっくりと門をくぐる。
「久しいな。ノコノコと帰ってきたのはどういう風の吹きまわしだ?」
第一村人と遭遇した。知り合いらしい。
「村長はおいでか? 緊急だ。お前と話している暇はない。」
「少し見ぬ間に耳だけでなく愛想もなくしたのか。人間を連れているな? そちらの二人はここまでだ。しばし待つがよい。」
「坊ちゃん。お待ちいただけますか? 私が話を通してきます。」
「分かった。お願いね。」
ポツポツと人が、いやエルフが増えてきたな。全員が全員美形ってわけじゃないのか。ファンタジーあるあるが当てはまらない。とんがった耳以外は私達とほとんど違わない。さすがに色白なんだな。髪はみんな緑がかった金髪。服は薄い緑か。森に隠れられたら見つけにくそうだ。
山に囲まれた盆地。
その中心にイグドラシルか。盆地の中の平らな部分に住んでいるのは分かるが、食料は狩りオンリーなのか? 田畑は見えないが。
家屋はローランド王国のものとは随分違う。ログハウスに近いのかな。
まだか……
もう二十分は経った。マリーは大丈夫だろうか? 酷い目にあったりしてないだろうな?
「人間よ。付いて来るがいい。許可がおりた。」
「ありがとうございます。」
やっとか……頼む……間に合ってくれ……
一つだけ異質な大きい屋敷。これは寝殿造って言うのか?
ここにマリーが……
「村長、連れて参った。」
「失礼します。」
ここは応接室か? ごく普通のテーブルと椅子がある。
マリーは村長らしき人の隣で神妙な顔をして座っている。村長は見た目は六十歳前後だが、当てにならないな。
「よく来たな。話は分かった。こちらに不都合はない。運が良ければ助かるだろう。」
「あ! ありがとうございます! どうしたらいいですか!」
「我らの飲み薬を欲するのであろう? 同胞の頼みであるしな。そなたの魔力を見せてもらおうか。アーダルプレヒト、案内してやるがよい。」
「分かった。人間、来るがいい。」
「はい。」
どこに行くんだ? 魔力を見せろとは?
母上の髪と服の効果はまだ持つのか?
解毒は……マリーがかけ続けてくれるな。
「ご挨拶が遅れて失礼いたしました。カース・ド・マーティンと申します。この子はフォーチュンスネイクのコーネリアスです。アーダルプレヒトさんとおっしゃるのでしょうか?」
「ピュイピュイ」
「アーダルプレヒトシリルールだ。好きに呼ぶといい。お前は人間にしてはマシな魔力を持っているようだが、期待するな。可哀想だが助かるとは思えん。」
「分かりました。全力を尽くします。」
イグドラシルへと向かっているのか?
近くで見ると壁にしか見えない。巨大すぎる。近付くほどに根がボコボコと邪魔をして歩きにくい。
「ここだ。ここに手を当てて魔力を流してみろ。」
イグドラシルに触れて魔力を流すのか。庭の木に魔力を流すのと変わらないかもな。残り魔力は六割ぐらいか。全部ぶち込んでやる!
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