カースがウリエンを連れてバランタウンに飛び立った頃、代官府から帰ったイザベルはエリザベスを連れて北の城門に向かっていた。
「もうグリーディアントは全滅させたんでしょ? 今から何をするの?」
「大したことじゃないわ。ただお手本を見せるだけ。今後の参考にしなさい。」
そして城門に到着し、ツカツカと城壁にのぼる。
「お仕事お疲れ様です。責任者の方はいらっしゃいますか?」
「こ、これはマーティン夫人。いつもご助力ありがとうございます。」
「まあ! メイヨール卿! いつもカースがお世話になっております。」
「いやいやお世話になっているのはこちらですよ。スティードの奴はカース君をライバルだと思っているようで。」
「うふふ、スティードちゃんも頑張っているようですね。さて、私がここに来たのは大したことではありません。皆様に回復魔法をおかけできればと考えた次第です。」
「なんと! マーティン夫人自ら! 先ほど大活躍されたばかりなのに魔力は大丈夫なのですか!?」
「ええ、問題ありません。大変なのはここの皆様の方ですわ。なので少しでもお力になりたく押し掛けてしまいましたの。」
「願ってもありません! 是非お願いいたします。 お前たち! 聖女様が回復魔法をかけて下さるそうだ! 一列に並べ!」
ところが、若い騎士達は一列にと言われたにもかかわらず我先にと殺到し大変なことになっていた。
イザベルは大人気らしい。
そしてイザベルは一人一人に声をかけつつ回復魔法を施す。騎士達はデレデレだ。
隣にはうら若き乙女、エリザベスがいるのに目に入っていないようだ。
イザベルはもう三十代後半だが、とてもそうは見えない。上に見積もっても二十代後半だろう。その辺りも魔女と呼ばれる所以かも知れない。
全員に回復魔法をかけ終わったイザベル。
「分かった? こうした普段の何気ない行動が自分を救ってくれることもあるのよ。でもこんなこと毎日できるわけないわよね? だから今なの。」
「分かったわ。それにこれも『貴族の義務』でもあるのね。私も二つ名を貰えるように頑張るわ。でも母上ずるいわ、聖女に魔女って。両取りじゃない。」
「誰が言い出したんでしょうね。二つ名なんてそんなものよ。でもアランの『好色騎士』は私が言い出したの。当時は騎士じゃなかったのにね。」
「やっぱ母上って魔女だわ。」
グリードグラス草原にて。
父上と食事をし、人心地ついた私は思案する。
蟻のことではない。
風呂のことをだ。
こんな魔境で呑気に風呂に入れるのも今日ぐらいだろう。そこで父上に相談。
「父上、風呂に入りたいんだけど、後で父上も入らない?」
「いいけど、どの風呂だ?」
キアラ用プールから自分用の浴槽まで色々あることを父上は知っている。
「どうせなら大きいやつを出しておこうか? それならみんなも入れるんじゃない?」
「なるほど。それはいい考えだな。ならここから少し離れたとこ、あの辺りにするといい。」
「うん、じゃあ先に入ってるね。」
そうして私は石垣から離れた所にプールを出す。魔境で露天風呂なんて贅沢だ。
小さい火球で少しずつ温度を上げる。
もうすぐ春とは言え、夜は冷える。少し熱めにしておくか。
多少恥ずかしいが暗いから気にせず入るとしよう。私は時々ナイーブなのだ。
ほどなくして父上と何人かの騎士達がやってきた。
「やっぱり大きいな。でかしたカース! ここじゃあ風呂なんて入れないからな。
お前達、風呂に入る前には体を流しておけよ。」
「外で裸ってレベル高いっすね!」
「こんな大きい風呂は初めて見ました!」
「お子さん半端ないっすね!」
ポツポツと人が増えてきた。
「お前が冬の寒い中、わざわざ外で風呂に入る気持ちが少し分かったぞ。星を見ながら入る風呂は格別だな。」
「へへー、オディ兄もそう言ってたよ。そのうち空中風呂にも挑戦するからね。上手くできるようになったら父上も入るといいよ。」
「おお、楽しみだ。王族でさえやったことのない贅沢だな。空中で冷えたエールでも飲んでみるか。」
「それいいね。ところでエール以外にはどんなお酒があるの?」
「なんだ飲みたいのか? エールの仲間にラガーってのがあるな。後はワインだな。もっと高い酒もあるが手が出んな。」
ファンタジーあるあるでは蒸留器を作って蒸留酒を作るってのが定番だが、私は酒にそこまで執着はないので作る気はない。知識が足りなくて作れないとも言う。
それよりは米と味噌汁が優先だな。もちろん自ら作ろうとは思わないが。
「高いお酒ってどんなの?」
「一部の酔狂な魔法使いが作る味の強い酒があるのさ。あれこそ本当の酒って感じるな。」
「魔法でお酒が作れるんだね。すごいね!」
なるほど、まさに酔狂だな。確かに魔法は何でもできるって話だから蒸留もできるのか? それなら興味が湧いてきた。
さて、もう出るとしよう。
今日はオディ兄がいないから自分で自分に乾燥魔法をかける。タオル要らずで便利だが慎重にやらないと玉のお肌が傷んでしまうのが難点だ。
「じゃあ父上、仕事頑張ってね! バランタウンに戻るから。一人ぐらいならついでに連れて行けるよ。」
「もう戻るのか。夜の魔境は危ないぞ、と言いたいところだがカースなら問題ないよな。もう迷わないよな?」
「うん! バッチリ習ったからね。」
「じゃあこいつを連れて行ってくれ。伝令だ。よかったなヨルゴ。夜通し歩かないで済むぞ。」
「は、はあ。まあ楽できるんなら構いませんが……」
「明日の夜ぐらいに戻ってくればいい。少しぐらいゆっくりできるだろうよ。じゃあカース、私は二週間後には帰ると思う。みんなによろしくな。」
「うん。僕は春休みだし、たまには来ると思うよ。じゃあ帰るね。」
こうして伝令のヨルゴさんを乗せてバランタウンまで飛ぶ。最近は風壁を周囲に張ってるのでスピード感がない。特に夜は真っ暗なので一体時速何キロル出ていることやら。
クタナツからバランタウンがおよそ五十キロル。十五分で着くとするなら時速二百キロル。空を飛ぶにしては遅いか……もっと頑張ろう。
そしてグリードグラス草原の基地からバランタウンまでは百キロルもないだろう。意識してスピードを上げれば二十分とかからないかな。
ヨルゴさんは何も喋らない。高所恐怖症だったりするのだろうか。
何か喋ってくれよ。こっちは九歳児なんだから。
さて、見えてきた。少し離れた所に着陸。
「じゃあ僕は兄達に用がありますのでここで。お仕事頑張ってください。」
「あ、ああ、もう着いたの……かい……? あ、ありがとうね……」
やはり高所恐怖症だったか。悪いことしたかな、余計なことを言わなければよかったか。
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