ベレンガリアさんからだいたいの場所は聞いているので、迷わず到着できた。
クタナツから北北西に二百キロルと少し。グリードグラス草原の西端を超えた先にある入江、グラスクリーク入江だ。
うわぁすごい……ここらは数十キロルに渡る断崖絶壁だったはずなのに、ごっそりと崩されている。まだまだ港の姿形は見えないが、ここからなんだろうな。途中の石畳もまだまだ開通してないし。
それにしても人間多いな。一体何百人いるんだろうね。さて、現場監督はどこかなー。そこらの騎士に訊ねてみるかな。
「おはようございます。労役に来ましたカース・マーティンです。うちの妹キアラがやってた仕事は引き継げます。こっちはクタナツの民ではありませんが働きたいと言うので連れてきましたジーンと言います。」
ジーンはギルドカードを提示し一礼する。
「なんと! 君は魔王か! それはありがたい。あそこにお代官様がおられるから指示を仰いでもらえるか?」
「分かりました。ちなみにうちの両親ってどこら辺にいます?」
「マーティンさんはグリードグラス草原方面の警備を担当してるな。聖女様は海岸沿いで岩を切っておられる。お二人とも頼もしいことさ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
代官はあそこか。自ら来て陣頭指揮とはさすがだな。アレクパパは見当たらないが。
「お代官様、お久しぶりです。労役に来ました。キアラの抜けた穴を埋めますよ。」
「おお! カースではないか! よくぞ来てくれた! マーティン家の者は皆忠義の心を持ち合わせているな。私は嬉しいぞ。ん? そちらの女性は……シフナート・ド・バックミロウ。本名ジーンだな?」
マジかよ。一目見ただけで……なんでそこまで分かるんだよ。
「いかにも。アジャーニ家にはお世話になっております。」
「君には私の従兄弟の子であるカルツ、カリツォーニが世話になった。ようこそ再びクタナツへ。」
「勿体なきお言葉です。」
思い出した。アジャーニ家のカリツォーニ。アレクの幼馴染みっぽかったけどアレクから呼び捨てにするなとか言われてたな。それで私に嫉妬して殺し屋まで差し向けてきた奴だ。それだけでなくヤコビニ派でもあったために一家丸ごと奴隷落ちになったんだよな。生きてるんならどっかの鉱山で今も働いてるはずだが。何にしても代官の記憶力はとんでもないってことだ。やはり出世する人間は違うな。
「フック、カースにキアラ嬢が担当していた仕事を説明してやってくれ。」
「はっ!」
副官のフック・ド・レムカーンさんか。会うのは前の実家で金貸しの許可証を貰った時以来だな。
「ジーンはこっちだ。職人達の警護を頼もうか。」
当然ジーンとは別だよな。がんばってくるといい。
「ではカース殿、こちらです。」
副官さんについて歩く。岸壁方面だ。崩れた岸壁を通り抜け海へと向かう。あ、母上だ。うーん岸壁の母上。
「あらカース、来たのね。ちょうどいいわ。」
「こちらで聖女様と共同で作業をお願いします。」
なるほど。もう作業が見えたぞ。
「オッケーです。任せてください。」
「では聖女様。よろしくお願いします。ご安全に。」
「ええ。副官様もお気をつけて。」
当たり前のような気もするが冒険者は母上を魔女と呼び、騎士や役人は聖女と呼ぶ。裏表が激しいなぁ。
「母上が岩を切ってるんだよね? てとこは僕がその岩をどこかに運べばいいのかな?」
「その通りよ。ここから沖合二百メイル辺りに沈めてちょうだい。海の中に波を防ぐ壁を作るそうよ。」
「オッケー分かった。どんどん切っていいよ!」
切った岩を建築に使わなくてもいいのかと思わないでもないが、たぶんここの岩は建築に向いてないんだろうな。堅いくせに脆いようだし。
『風斬』
崖の下から岩を切ってるもんだから、切れた岩は当然こちらにガラガラと落ちてくる。無茶するなあ。
『浮身』そして収納。
魔力庫が満タンになったら沖に捨てに行こう。それにしても母上の風斬の切れ味……私の比ではない。恐ろしく研ぎ澄まされているじゃないか……こんな高さ何十メイルとある崖ごと切り落とすだなんて。しかも魔力があまり込められていない。なんという効率の良さ……いかに私がごり押しばかりで魔法を使っているのか、まざまざと見せつけられてしまったな。
「カース。ちょっとこの岩を切ってみなさい。」
おっと、母上のお呼びだ。
「押忍!」
『水鋸』
特大の回転丸鋸だ。高速回転で何でも切ってやるぜ。この大岩、結構堅いな。たまにそんなのも混じってるのか。よし切れた。
「まあまあね。魔力の無駄遣いが酷いけどカースらしくていいわ。」
一応褒められたと解釈しておこう。
それにしてもすごいな。現代日本では港湾工事をどんな風に行うのか知らないが、ここではコンクリがない。だから岩を直接切ったり積んだりして波止場を作っている。干拓すらしないようで元からある地形を活かして港に加工するんだろうな。船着場とかしっかり海底を掘らないといけないよな。誰がやるんだ? 私か? ここらは元から深いからそんなに掘らなくても大丈夫とは思うが。
作業を続けること二時間。すでに四回は魔力庫に収納された岩を捨てている。最初に捨てる際に海底の状態もチェックしてみた。すでに大量の岩石が積まれていたが、まだまだ足りない。水深百メイルほどのうち半分ぐらいってところだ。こんな風に適当に岩を落とすだけで防波堤になるのか? 何もしないよりマシだろうが。
「カース。来なさい。」
「押忍!」
「手を出して。錬魔循環ね。」
「押忍!」
ああ、魔力が切れたのかな。昨日までならキアラがすかさず補充してたんだろうな。おっ、一割、いや八分ぐらい抜かれた。
「いい魔力だわ。キアラの魔力もいいけれど、まだまだカースには敵わないわね。」
「そう? それは嬉しいよ。そろそろキアラに抜かれないかヒヤヒヤだからね。」
「ふふ、まだ大丈夫よ。まだね?」
まだ……かよ。遠くないってか。あーやだやだ。頑張ろ。
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