……ス、起き……ース……起きて……
うるさいなぁ……まだ眠いんだよぉ……ん? 今の声は……
「アレク!」
「カース、起こしてごめんなさい。そろそろ夕方になるものだからカースの判断が必要かと思って……」
「いや、僕こそごめん。まさかこんな時間まで寝ていると……ん? あれは、魔物?」
「時々襲ってきたの。カースを起こさないよう静かに倒しておいたから。」
「全然気付かなかったよ。さすがアレクだね。」
倒れている魔物はコボルト系か。全て凍らされている。私を膝枕したまま起こすこともなく、なおかつ臭いも出ないよう魔物の対処をするなんて……惚れ直すじゃないか。
「やっぱり魔物は魔物ね。こんな奥まった所でも嗅ぎつけてくるんだから。でもコーちゃんもいたことだし、問題なかったわ。」
「ピュイピュイ」
「そっか。コーちゃんもありがとね。じゃあ帰ろうか。帰ってお風呂に入ろうよ。こんなに手が冷たくなってるもんね。」
アレクの白い手が本当に冷たい。保温に使うべき魔力を魔物への警戒のために温存したせいだ。いち早く楽園に帰るんだ。残った魔力を全開で!
来た時は二時間ぐらいだったが、帰りは一時間半だ。残った魔力は一割半ぐらいか。明日は一日中のんびりだな。
「やっと帰ってきたね。さあアレク! 風呂だよ風呂!」
「ええ! 早く入りましょう! もう我慢できないわ!」
暖かい湯船に柔らかいアレク。あんなドラゴンを相手によく勝てたものだ。生きててよかったなぁ……
もう!
カースのバカ!
お風呂の中で眠ってしまうなんて! もう私カースの横で一人で……
はぁ、私の肩に頭を乗せて眠り込んでいるカース。どこにでもいそうな凡庸な顔、でも誰よりもカッコいいカース。私だけの……私以外の女に興味を示さないカース。嬉しくないはずがない……
ソルやリゼットには悪いと思ってる。でもカースの契約魔法は誰にも解けない……二人とも、ごめんなさい……
なのに……私の心は喜びで満ち溢れている。
カースほどの男を独占できることを。
カースほどの男が私のためなら何でもしてくれることを。
カースほどの男と二人っきりで誰に憚かることもなく自由に過ごせることを。
この冬の真っ只中にいきなり滝で泳ごうだなんて言うカース。どう考えても頭がおかしい。
でも、そんなカースが愛しくて仕方がない。初等学校時代にみんなでカースのことを変人だと言ったものだけど、すっかり慣れてしまった。足裏から魔法を使うなんて、水中で呼吸をするなんて、きっと魔法学院ですら習わないことだと思う。
正直言うと卒業後の進路として魔法学院は望ましい。私のような辺境の名ばかり名門貴族風情の女にとっては最高とも言える進路だ。でも、それはカースあっての話。カースがいない、望まない進路に、私は何の魅力も感じない。いくら王族直々のお誘いがあったとしても……
ふふ、本当によく寝てるわ。仕方ないから私が全身きれいに洗ってあげようかしら。
こ、これは!? カースの左脇腹に! 明らかに何かが貫通した傷痕がある……きっとポーションを一口飲むだけで済ませたのね……傷口に塗ったり、ゆっくり手当てする暇がなかったのね……
ドラゴンダイブの滝の主……巨大なエメラルドドラゴンだったわね。何代も前の国王陛下が召喚してしまったものの、激戦の末とうとう従えることができなかったとか。
冬休みの終わりにはクタナツに寄って、この傷をお義母様にしっかり診てもらわないと……本当は今すぐクタナツに戻るべきだけど……カースのバカ……
私は今に至っても回復魔法や治癒魔法が使えない……もうすぐ卒業だというのに、何が首席よ……
カースを支えるためには必須の魔法だったのに……
お義母様が羨ましい……
治癒魔法に召喚魔法、幻覚魔法に転移魔法……果ては禁術まで、ローランド王国に存在する全ての魔法を極めておられると噂されるほどの偉大なお方。お義母様はカースのことをセンスがないと評しておられる反面、魔力はご自分の数十倍はあると喜んでいらっしゃった。見本を見せただけで全ての魔法を使えてしまうキアラちゃんとは違うけれど、魔力量という基本にして奥義に至る能力で魔王とまで呼ばれるようになったカースのことを本当に喜んでおられた。お義母様……
さあ、カースを洗い終えたことだし寝室に連れて行こうかしら。こんな夜にずっと寝てるなんて、カースのバカ!
この前あんなことがあったから、一人でトイレに行くのが少し怖いのに……
明日起きたらいっぱい甘えてやろう。カース、ゆっくりお休み。
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