王国一武闘会が開催された年の冬から。
ウリエン兄上がハーレムを作った冬から。
……私が魔力を失ってから、一年と半年が経った。
現在の私はクタナツの実家で道場通いと冒険者稼業に精を出している。私が魔力を失ったことは既に知られており、魔王などと呼ばれることもほぼなくなった。
その代わり、剣の腕や解体技術は上達した。まあ、せいぜいクタナツの七等星に一対一で勝てる程度だが。
体も少し大きくなっただろうか。後三ヶ月もすれば十五歳になることだし。
あの冬、アレクと王都から領都へ旅をしたのだが、それなりに波瀾万丈だった。
まずは王都を出てから一時間もしないうちに襲われたことだ。相手はドナハマナ伯爵家のあのおばさんだった。先回りをしたのか偶然行き先にいたのかは知らない。あれこれ聞く前にアレクとカムイがあらかた殺したからだ。私が仕留めたのはたった二人。
三十人ぐらいの集団だったが、そのうち戦ったのは二十五人程度。アレクが五人殺してカムイが残りを殺した。残ったのはメイドと男の子。男の子は改めてアレクが殺した。命乞いをするでもなく「僕のパパは〜」「お前ら絶対殺す〜」なんて言うから仕方ない。謝って命乞いすれば助かっただろうに。
強そうなメイドもいたが、男の子を守る気も抵抗する気もなかったようなので見逃した。戦利品は金貨が百枚程度。魔力庫が消滅する設定にしている奴がほとんどだったのだ。
あのおばさんの死体のみアレクが収納して王都の北に位置する街、アベカシス公爵領はトルネリアにて騎士団に引き渡した。
そこでの事件と言えば、昔アレクに決闘を買われてコテンパンに負けて白金貨二枚払わされた貴族、マニュエル・ド・アベカシスと出会ったことである。その場では私達に嫌味を言う程度で終わったのだが、翌日街を出ようとする時に城門で騎士達が難癖を付けてきた。
私達に盗賊容疑がかかっているとか何とか。
まずは穏便に話をしようと私は国王直属の身分証明書を見せた。アレクも名乗りをあげた。顔色を変える騎士達。その時はまだ、魔王の名も効果があったため事なきを得た。
しかし街を出てから三十分もしないうちに新たな騎士達に道を塞がれた。そしていきなり襲いかかってきたのでアレクは奮闘、カムイは大活躍。私は自分の身を守るので精一杯だった。やはり現役の騎士は強くカムイがいなければ私達は死んでいただろう。十名程度の騎士がカムイに首を掻っ切られて死んだ。アレクは死体や戦利品を収納できるだけ収納し、さらに北へと急いだ。
そんな時に限って盗賊なんかも出てくるし、魔物だって邪魔をする。結局領都まで四日もかかってしまった。そこまで来ればもう安心。領都の騎士団に死体を渡し、事情を話す。後は丸投げだ。フランティアの民を無法に襲ったのだ。辺境伯の報復は苛烈だったそうな。
そして現在、アレクは魔法学校五年生になり、ますます綺麗になった。もう半年もすれば卒業だ。私はどうするべきか、まだ結論が出せないでいる……
両親は春頃にクタナツへ帰ってきた。およそ一年ががりでソルサリエの植物を根絶させた。それどころかソルサリエ周辺の土地は開拓され、それなりに広い農地と化しているそうだ。
キアラは四年生になった。私には分からないが当時の私を超える魔力を持っているらしい。そしていつの間にやら天空の精霊にも会ったそうで祝福をもらったとか。どんな祝福かは内緒だそうだが、ボードもなしに縦横無尽に空を飛んでいる。
オディ兄夫妻は相変わらず仲睦まじく暮らしている。お金がある程度貯まったらしく、少し大きい家に引っ越した。
ベレンガリアさんは変化なし。綺麗になったと言えなくもないが、毎日見てると分からない。
私はと言うと……
少し嫌な状況になっていた。
「おい無能がいるぜ」
「無能のくせにいい服着やがってよお」
「ちょっと上の人らに可愛がられてるからって調子に乗りやがって」
この調子だ。
陰口がかなり鬱陶しい。
文句があるなら相手になるぞ? と言えば「オメーのことじゃねーよ」「俺らの話に口を出すんじゃねーよ」などと言って逃げられる。ヘタレどもが。口先だけとはクタナツ者の風上にも置けない奴らだ。
正直かなりのストレスだったりする。十五歳〜二十歳ぐらいの若手冒険者はなぜか私のことが嫌いなようだ。
逆に三十歳以上、六等星や五等星の人達には以前のように可愛がってもらっている。そこが余計に嫌われるポイントなのだろうが、知ったことではない。
そして今日も。
「おーおーチャラチャラしやがってよぉ」
「お貴族様はいいねぇ!」
「ホントホント。いい服着て優雅に狩りってか」
「いつも一人で寂しいねぇ〜」
やれやれだぜ。
「お前らさー。口だけで恥ずかしくないの? 俺に文句があるなら掛かってこいよな。それでもクタナツ者か?」
一応言い返しはするのだが……
「誰だオメー?」
「俺らの話に入ってくるんじゃねぇよ」
「仲間に入りたいってか?」
「ざんねーん。定員オーバーだわ」
こんな調子だ。
いくらムカついても私から殴りかかる気はない。ストレスばかりが溜まっていくってわけだ。
そして奴らが私を嫌う原因はまだある。
とある週末、クタナツギルドにて。
「どれにしようか?」
「カースが決めてよ。」
「じゃああれにしようか?」
「いいわよ。楽しみね。」
私はアレクと依頼を受けている。アレクは月に一度だけクタナツまで私に会いに来てくれるのだ。そしてこうやって二人で依頼を受けては魔物を狩ったりしている。奴らはそれが妬ましくて仕方ないらしい。アレクはますます綺麗になったし、上の人達にも可愛がられてるしね。
ちなみにもうすぐ夏休み。そうなると今度は私が領都まで行って、一ヶ月間一緒に過ごす予定だ。
さて、本日受けた依頼は……
グリードグラス草原で薬草採取だ。
当然ながらポーションの原料は薬草だ。それに錬金術師が魔力を込めながらポーションを作るわけなのだが。
フランティアには、あちこちに薬草の採取ポイントがある。グリードグラス草原の東部にも何ヶ所かある。今回行くのはその一つだ。アレクが浮身を使い、カムイが引っ張るいつものスタイルでゴーゴー。
魔力を失ってからの私は地道にコツコツと依頼をこなしてきている。かつてアレクもやったネズミ捕りや虫退治。公衆トイレの汲み取りもだ。この薬草採取も低級冒険者の定番である。だが低級向けの割には報酬がいい。
理由としては取れば取っただけ歩合で貰えることと、クタナツ者はこんな地味な依頼はあまり受けないことがある。
私が採取をしてアレクが周囲の警戒と近寄る魔物退治。コーちゃんとカムイはそこら辺で遊んでいる。以前とは逆、絶妙な役割分担である。
そして日が沈む前にはクタナツへ帰る。カムイとアレクのおかげでグリードグラス草原ですら日帰りができる。これも奴らが私を嫌う理由だったりする。寄生しやがって……と言いたいらしい。
何度もアレクに言い寄ってはこっ酷くあしらわれたのも一因だろう。知るかよってんだ。
そしてついに事件が起こった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!