正門を通り抜け、玄関から中に入る。そして居間に行ってみると……
「だからカースの奴ってよー、ギャハハ……」
「それだけに坊ちゃんは、オホホ……」
「ぼ、坊ちゃんってそうなのですか……?」
やっぱりいつも通りだった。
「まあ坊ちゃん! お帰りなさいませ!」
「お、お帰りなさいませ!」
「ただいまマーリン。リリス、元気そうだな。」
「ガウガウ」
「ぼ、坊ちゃんのおかげをもちまして。」
「マーリン、来月には例の湯船ができるよ。楽しみにしといてね。」
「いつもありがとうございます。主人も坊ちゃんには感謝しております。」
「おー、カース。例の大会だがよ、九月の末にやるぜ。まともにやっちまったらオメーの圧勝だからよ。あれこれ趣向を凝らしてみるわ。」
あ、それがあったか。すっかり忘れてたな。
「オッケー。楽しみにしとくわ。」
「ところで坊ちゃん、お嬢様は?」
「おっ? ついに捨てられたか?」
「ダミアンうるさい。寮に寄ってから来るって。そういやサンドラちゃん達は?」
「三人とも朝からお出かけされてますよ。夕方にはお戻りになるとか。」
あの三人も妙なカップルだが、仲良しなのはいいことだな。ん? あれはカップルって言うのか?
久々に寮の自室に帰ったわね。夏休みなのに色々起こりすぎだったわ。でも王都での戦いはいい経験になったかしら。いつもカースに助けてもらってばかりだけど……ソルの命が助かって本当に良かった。
『風操』
私の部屋にはほとんど物がない。そこそこ広い部屋なのに。だから掃除だって窓を開けて風を吹かせたら終わり。服や着替えのほとんどは魔力庫に入っているし、装飾品や化粧品だってそう。出し入れに魔力を消費するけどそれだって鍛錬のようなもの。それに貴重品はカースの家に置いてある。特にドレスは手入れが難しい、マーリンに任せるのが一番だわ。
さ、掃除も終わったことだし始めようかな。
私が一人になりたかった理由、それはバイオリンの練習と整備だ。まさか国王陛下の御前で披露することになるなんて想像すらしてなかった。カースのバカ……
カースはいつも褒めてくれるけど、私だって自分の腕前ぐらい自覚している。陛下が酷評するのも当然。普段から宮廷音楽家、宮廷楽士の演奏をお聴きになられているだろうし、ご自身で演奏もされるはず。陛下に言われた『足りないもの』その一つは練習時間。当然ね、私は魔法学校生。強くなることに最も時間を割いているのだから。
『消音』
これで部屋から音は漏れない。まずは初めてカースに聴かせた曲『バイオリン練習曲 タランテラ』から……
「ピュイピュイ」
うふっ、コーちゃんありがとう。私はカースと違ってコーちゃんが何を言ってるのかは分からないけど、楽しそうに首を縦に振ってくれている。演劇を見て悲しそうな声を出すこともあるし、本当に不思議でカワイイ精霊ちゃんね。
あら、もう夕方なのね。集中したいい練習ができたかな。結局コーちゃんは曲調に合わせて色んな踊りを見せてくれた。いつだったか、カースは踊るコーちゃんを見て「レッドスネークカモン」とか言っていたけど、どんな意味だったのかしら?
「ねえコーちゃん? 私がここでバイオリンを弾いてたこと、カースには内緒にしてくれる?」
「ピュイピュイ」
やはり頭を縦に振ってくれる。
「ありがとう。もしカースがこのことを知ってしまったら、自分のせいで私がバイオリンを練習する時間がないのかって気に病んでしまいそうだから。」
「ピュイピュイ」
「カースって鋭いくせにバカよね。変に律儀だし、やたら約束に拘るし。コーちゃんも、そんなカースが大好き?」
「ピュイピュイ」
「うふふ、私もよ。さあ、カースのところに帰りましょ。」
「ピュイピュイ」
するとコーちゃんはいつものように私の首に巻きついてくれた。冬はあったかいのに夏は冷たいのが嬉しい。サンドラちゃん達も居るかしら?
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