マーティン家で悦楽の時が流れているであろう頃……
「ヘイゼリア! なぜパトリックを地下から出した! あやつを出したらこうなることは分かっていただろう!」
ダキテーヌ家では当主ポールが激昂していた。
「あら貴方。では一体いつまで地下に閉じ込めておくおつもりだったの? まさか一生とはいきませんわよね?」
「奴の頭が冷えるまでだ! 場合によってはベレンガリアの勘当を解いてもよかったのだ!それをお前は勝手に!」
「あら、それなら問題ないですわ。あの時パトリックの頭は充分冷えていましたわよ。だから出してあげたのです。」
「その結果がこれだ! プロスペルが後一年で貴族学院を卒業するというのに! 最早私達はクタナツには居れぬ! 魔境を開拓し領地を得ることもできぬ! 王都で法服貴族として細々と生きていく道しかなくなった! プロスペルに継がせてやる領地も手に入れることはできぬ!」
「貴方、済んだことをあれこれ申し上げても仕方ありません。斯くなる上は王都でどう栄達するか、それが大事なのではありませんか?」
「お、お前という奴は! 自分のしたことを棚に上げて! 一体何を考えている!」
「何も含むところはございませんわ。私が考えているのは家族の平和。全員が揃って仲良く暮らすことが私の望みです。ああ可哀想なパトリック……」
「この後に及んで何を抜け抜けと! そもそもお前が勝手にベレンガリアの婚約を決めなければこんなことにはならなかったのだ! 確かに私達から見ればディオン侯爵家との縁談は願ってもないことだった。しかしベレンガリアにしてみれば違ったのだぞ!」
「それこそベレンガリアは気でも狂ったのでしょう? だから貴方も勘当した。こうなったからには私達家族四人、王都で仲良く暮らしましょう。」
「くっ、これ以上話しても無駄なようだな。お前は先に王都に行っていろ。私も引き継ぎを済ませ次第旅立つ!」
そう行って部屋から出て行くポール。
残されたヘイゼリアは笑みを浮かべて呟いた。
「これでやっと王都に戻れる……」
そう。この女の本当の目的は王都に帰ること。
ただそれだけのために娘を盆暗貴族に差し出そうとまでした。
それが不調に終わり、二男が問題を起こしても、それさえ利用する。
それは狡知なのか、それともただの浅知恵か。王都に帰った後の暮らしがどうなるか、クタナツで魔境を開拓し領地を得たらどんなに賞賛を浴びることか。
何一つ考えてなどいない。
王都に帰りさえすれば全ての平民が自分に傅き、下級貴族は擦り寄って来る、そんな未来しか見えていないのだろう。
クタナツという辺境では社交界もサロンもない。夫の目を盗んで男娼を呼ぶこともできない。自分の魔力では入りたい時に風呂すら入れない、何という野蛮で不自由な生活か。
王都帰還を目の前にしてヘイゼリアは自分の智謀に酔いしれていた。
夫から先に出発するよう言われた言葉の真意を見抜けぬまま……
パトリック事件からもう一ヶ月が過ぎた。
すっかり春も終わりに近づき、そろそろ夏の気配が見えてくる頃だろうか。
カースの在籍する四年一組からパスカルの姿が消えてもう一週間。
母親に遅れること二週間、父親と王都に向けて旅立ったのだ。はたして母親は無事王都に到着できたのだろうか?
「エルネスト君おはよー。」
「ああカース君おはよう。」
仲の良い友達がいなくなったエルネスト君に何ができるって訳でもないけど、声だけはかけてあげようと思っている。いきなり相棒がいなくなったのは悲しいよな。
そんな時ではあるが、魔法の時間で待ちに待っていた授業が始まる。
「さあ皆さん。今日から魔力庫について勉強していきましょう。この授業をしっかり聞いてご家族ともきちんと相談すれば魔力庫を使えるようになりますからね。」
全員が声をあげて喜んでいる。
私もだ。ついにあの魔力庫を使えるようになるのか!
「皆さんもご両親や身近な方が魔力庫を利用されているのを見たことがあるかと思います。魔力庫とは自分専用の入れ物だと思ってくださいね。大きさや性能は個人個人によって違いますので、自分に合ったものを作れるよう学んでいきましょう。」
こうしてナタリー・ナウム先生の説明が始まった。
分かったことは……
・大きさや性能は個人の魔力による。
・初めて魔力庫を作る時は最大で自分の魔力のおよそ半分が無くなる。無くなった分ほど大きくなる。RPGなどのゲームで例えると最大MPが半分まで下がってしまう。もちろん回復しない。
・物を出し入れする際は魔力を消費する。物の大きさや重さに比例する。
・魔石とお金が必要。初回は専門の魔法使いに設定してもらう必要があるため。魔石により魔力庫の性能が変化する。大きさは変化しない。
・身の丈に合わない高性能な魔力庫を作ってしまうと普段使う魔力がなくなったり、物を出し入れするだけで魔力が切れてしまうので注意が必要。最悪な例としては高性能すぎて物を入れられない、取り出すことができない、など。
・性能とは例えば、生物を入れられるかどうか、時間の進む速度はどうか、腐りやすさはどうか、内部の温度はどうか、自身の死後中身はどうなるか、などを表す。
ちなみに貴族は死後中身がそのまま消滅する設定であることが多い。
こうした設定を家族などときちんと相談しながら一ヶ月後の魔力庫設定の日までに魔石やお金を用意しておくのだ。
「ねえカース、あなたはどんな魔力庫にするつもり?」
「うーん、大きさはそこそこで性能重視かな。中の物が痛まない設定にしたいね。魔境のペイチの実を飽きるほど食べたいからね。」
「ふふっカースらしいわね。私も性能重視にするつもりよ。そうなると少しいい魔石が欲しいところよね。何か心当たりはある?」
「もちろんないよ。むしろどの魔石ならいいのか教えてよ。」
私にそんな心当たりがあるはずないだろう。
「ふっふっふ、知らないのね。なら教えてあげる。防腐効果や時間の進み方を遅くするにはやっぱり長命な大物ね。
例えばヘルデザ砂漠のサンドワームとか、グリードグラス草原のイービルジラソーレとかよ。」
「へえーさすがアレックスちゃん、詳しいんだね。それってどこに売ってるものなの?」
「売ってないわよ。貴重な品なんだから。ギルドに依頼を出して取ってきてもらうのよ。だから先生は家族でよく相談しなさいって言ってるのよ。」
「なるほど! やっぱりアレックスちゃんは頼りになるね! ありがとう!」
「べ、別にこのくらい……//
魔石で困ったら言いなさいよ! 都合つけてあげてもいいんだからね!」
「分かったよ! 頼りにしてるからね!」
こんな時はさすがの上級貴族だ。遠慮なく頼りにしたいところだな。
だが、まずは帰ってから相談だ!
母上のことだからすごい魔石を持ってそうだしね。
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