「何事ですか!? ナユートフ先生がなぜこんな目に!?」
アレクが連れて来たのは豪腕婦長といった雰囲気の中年女性だった。
「そんなことより早く治療してあげてください。 かなり危なそうですよ?」
「アレクサンドルさんには後で詳しく事情を聞かないといけませんね。手伝ってください。魔法を使う前に骨を正しい位置に動かします!」
おおすごい! 胴体の傷口に手を突っ込んだり、足から骨を抜き取ったり。とても治療には見えないが治療なのだろう。
他の先生方も集まってきて治療が進んでいるようだ。事情はアレクの口から説明されている。それでもこれだけの人数を一気に退学とかの処分にはできないだろう。どうなることやら。
私とアレクは別々に事情を聞かれた。口裏など合わせるまでもなく、それぞれが同じ事実を語ったことだろう。目を覚ました取り巻き達や兄ちゃんは何て言うんだろうな。
卑怯な手を使われて先生が負けた。そして無抵抗な二十人に理不尽な暴力を振るった、とか?
この先生もよく子供のケンカに出ようと思ったな。報酬がよかったのか?
やがて騎士団も現れて事情を確認していく。私達の供述が信用されたようで二十人の取り巻きとアレクサンドル家の兄ちゃんは連行された。このまま収まればいいのだが。賭け金の取り立ては必要ないのが契約魔法の便利なところだ。今回の顛末はアレクパパにも知らせておかないといけないだろうな。手紙でも書いてもらっておくか。
「やあお疲れだったね。面倒をかけちゃったね。お昼は何を食べようか。」
「疲れてないわ。カースの方が大変だったじゃない。それに私……カースの魔法を見てから体が熱いの……あの先生を相手にあそこまで一方的に……」
アレクの表情が熱っぽい。たまに見せる赤面とは違い、体の奥底から生まれる熱に絆されてるかのようだ。
「先生が相手だからね。油断も手加減もしなかったよ。喜んでもらえて嬉しいよ。」
アレクは周囲の目など一切気にせず私に抱きついてきた。照れるじゃないか。
「お願い……どうにかなりそう……どこかに連れてって……」
「じゃあまた空中露天風呂といこうか。」
「うん……//」
私達は南の城門から領都を出て南へ進む。ずっと南下すればムリーマ山脈まで到着してしまうので、そこまでは行かない。
周囲から人気が消えた辺りでマギトレントの湯船を取り出して入浴の準備をする。今の私は循環阻止の首輪をつけたままでもこれだけの重量を飛ばすことが苦ではない。
「あぁっ、カース!」
少し上空に登ったと思ったらアレクがすごい勢いで抱きついてきた。その上猛烈な勢いで私の唇を奪っている。私達はまだ十二歳なのに……
強者を見ると発情するクタナツ女性の特徴が色濃く現れている。ここで私まで流されてはいけない。ここで情欲の赴くままにアレクを貪る気はない。だから今日はきつく抱きしめて私もアレクの唇だけを奪う。それだけで我慢するんだ……
やがてアレクも落ち着いた様子を見せる。
「さっきまでの私……おかしかったかしら?」
「いや、そんなことないよ。かなり魅力的だったよ。僕もおかしくなりそうだったよ。」
「我慢しなくていいのに……カースに限って違うと思うけど……女を抱く度胸がない男を俗語で『ヘタレ』って言うらしいわ。カースは違うわよね? ね?」
「あはは、多分違うと思うよ。この前、面白いことを内緒にしてるって言ったよね? もう少し待っててもらえるかな? あっと驚かせてみせるから。その時に……ね?」
「楽しみにしてるわね。私、カースの言うことなら何でも聞くわ。だからそんな困った顔をしないで、ね?」
期限を切ってしまった。見た目は十七歳程度だが、こんな女の子に手を出してしまっていいのか? 確かに貴族ならば少しもおかしくはないが……
そのまま私達は誰もいない午後のひとときを楽しんだ。
満ち足りた有意義な時間だった。時々近くを魔物が飛んでいったりもしたが、こちらに注意を払うことはなく一安心だった。ちなみにコーちゃんは湯船に浮かべた大きめのタライの中でプカプカ浮いてリラックスしていた。
高さが足りなかったせいか天空の精霊は出てこなかった。
そして自宅に戻った私達を待っていたのは、領都騎士団からの呼び出しだった。
「坊ちゃん! 先ほど騎士団の方から呼び出しがありましたよ! すぐに出頭するようにと言付っております……」
マーリンは青い顔をして伝言を伝えてくる。
「僕一人かい? アレクは行かなくていいのかな?」
「わ、分かりません。坊ちゃんとしか聞いておりませんで……」
「うーん、やな予感がするからアレクは寮に帰った方がいいのかな? お義父さんへの手紙は明日預かるってことで。」
「そうね。私も嫌な予感がするから大人しく帰るわ。寮まで送ってくれるんでしょうね?」
「もちろんだよ。お手手繋いで歩いて行こう。」
アレクを寮に送り届けた私は騎士団詰所まで歩いて向かう。詰所は行政府の近くなので、寮からも自宅からもほど近い。結局昼ご飯は食べていない。
コーちゃんは鞄ごとアレクに預けてある。
「こんにちは。呼び出しを受けて参上しました。カース・ド・マーティンです。」
「ようこそ起こしくださいました。どうぞこちらへ。実は困ったことになっておりまして……」
取り調べ室のような場所へ案内される。昔も似たようなことがあったな。
「実はですね、被害者の中にアレクサンドル家の方がおりまして……卑劣な手段で不当に契約魔法を結ばされたと言われてまして……」
マジか……本当にそんな恥知らずなことを言ったのか……
「言葉もないですね。魔法尋問されたのですか? あいつらは同じアレクサンドル一門のアレクサンドリーネにナイフを突き付けて人質に取るようなクズですよ? それについては不問ですか?」
「やはりそうですか……彼の家からも圧力がかかってまして……我々も参っております……」
「辺境伯のお膝元なのに圧力がかかるんですか? 大変ですね。私はどうしたらいいですか? 何なら魔法尋問も受けますよ?」
「いや、もう充分です。そもそもアレクサンドリーネ嬢の証言もあります。アナクレイル殿以外には何人か魔法尋問もしておりますので事情は分かってはおります。今回はただの身元確認とお考えください。お手数をおかけしました」
やれやれ終わった……かと思えば、そこに乱入者が現れた。ケバく太いおばさんだ。
「アナクレイルちゃんをあんな目に合わせたのはお前ね! どう責任とるの!? 下級貴族の分際で!」
前世で何回も見たタイプだ……
無視だな。勝手に喋ってろ。
「何とか言いなさい! どうしてアナクレイルちゃんが拘束されてるのよ!? あんな怪我まで負わせて! 領都から追い出してやるわ!」
そこにさらに乱入者が現れた。ここはこんなに自由に立ち入りできる場所ではないだろうに。こいつか……
「そこまでにしときな。アンタが口を出すとますます坊ちゃんの立場が悪くなるぜ?」
「なによアンタ! 私はアレクサンドル夫人よ! アンタみたいな若造が気安く声をかけられると思ってんの!?」
「アンタこそ領都に住んでて俺を知らねーのか? よくそれで貴族でございって顔してんなぁ、あ?」
「よう、ダミアン。」
辺境伯の盆暗三男、ダミアンだ。何しに来たんだ?
「ダミアン? 辺境伯家の放蕩息子? それがどうしたのよ! 私は名門アレクサンドル家なのよ! 片田舎の辺境伯家ごときがどうしようって言うのよ!」
「あーあ、おばさんよー。言っちまったな。片田舎? ごとき? つまりアレクサンドル家は辺境伯家上等か? あ? やるんだな? こっちぁいつでもやってやんぞ? お?」
どこのチンピラだよ。さすが盆暗息子。
「な、何よ! 誰もそんなこと言ってないじゃない! それよりこのガキよ! アナクレイルちゃんに怪我をさせておいて! 分家の小娘ごときに入れあげてるらしいじゃない!」
「おばさんさー、文句があるなら口じゃなくて手を動かしたら?」
ムカついたからな。私に指一本でも触れてみろ。空の彼方まで吹っ飛ばしてやる。
「おばっ!? 言ったわね! 叩き潰してやるわ! 首を洗って待ってなさい!」
「待てやおばさんよぅ! 辺境伯家に喧嘩売っといて即逃げか? やるのか、やらねーのか? はっきりしろや! おぉ?」
「うるさいうるさい! 私はアレクサンドル夫人よ! 成り上がりの辺境伯家ごときが大きな口を! 本家に言いつけてやるわ!」
おやおや、私そっちのけでアレクサンドル家対辺境伯家の戦争か? いくら名門アレクサンドル家でも広大な辺境フランティアを治める辺境伯家にここでは勝てまいに。
「者共! 辺境伯家に対して不穏な発言があった! 辺境伯家に連なる者として看過できぬ! 捕縛せよ!」
いきなりまともなことを言い出すダミアン。それに従いおばさんを拘束する騎士団。わめくおばさんに縄をかける騎士団。チャーシューおばさんの出来上がりだ。見るに耐えないな……
悪い予感はこれだったのか……
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