昼、三度ギルドに顔を出した。組合長はいるのだろうか?
受付さんから話が通っていたようで、すぐに部屋まで通された。
「失礼します。」
「失礼いたします。」
「おう、朝っぱらから来たらしぃのぉ。何事じゃあ……」
おや、機嫌が悪そう、いや気分が悪いのか?
「毒針のことで報告に来ました。」
「ほぅ? ちったぁ拷問の効果があったんかぁ? まあ聞かせろや。」
朝、父上達に話したことと似たような話をする。
黙って聞いていた組合長が口を開いた。
「……なぜワシに報告する? 無尽流を潰してぇのか?」
「いえ、建前的にはクタナツの十等星としての義務です。本音としては組合長の力でうまく解決して欲しいってとこです。」
「あぁ? うまく解決だぁ? 無茶言うもんじゃねぇぞ? クタナツ、いやバランタウンやソルサリエにまで入り込んだ闇ギルドを一掃しろってのかぁ?」
「それもあります。ですが要はアイギーユ=毒針=アッカーマン先生ってことがバレなければいいんです。その上で、くたばり損ないの毒針とその組織を潰してくれると嬉しいです。」
「ちっ、無茶言いやがって……まあワシのクタナツで好き勝手に動かれるのは気に入らんしのぉ……」
組合長は何やら考え込んでいるようだ。まあギルドの仕事じゃないもんな。
「カースよぉ……オメー十等星だなぁ?」
「押忍、そうです。」
「七等星になれや。」
何だと?
「なれと言われましても……」
「オメーなら楽勝だろうが! とりあえず来月頭の九等星昇格試験は受けぇのぉ?」
「お、押忍……」
面倒だが、アステロイドさんにも頼まれていたことだ。仕方ないな。
「話はこれまでじゃあ。おぉそうそう。あのドラゴンだがよぉ、少しはギルドにも卸せのぉ?」
「押忍。少しなら。」
まあそれぐらいは当然だな。珍しい素材だし。結局約束はしてもらえなかったが、組合長のことだ。悪いようにはならないだろう。
先々代毒針か……クタナツと私を敵に回したことを後悔させてやる……
でもいちいち先々代毒針って言いにくいな。よし、今から奴の名は『クソ針』にしよう。私にアッカーマン先生を殺させたクソ針、絶対許さん……
「たまにはギルドで食べて行かない?」
「ええ、いいわよ。」
私達が組合長の部屋から出て併設の酒場へと姿を見せるとワイワイと食事をしていた冒険者達が静かになってしまった。これを水を打ったようにと言うのだろうか。昨日のあれがもう噂になったか。
そしてメニューはお馴染み、オークのジンジャー焼き定食。早い、安い、旨い!
さて、もうクタナツで用事は……あ、まだあった!
クランプランドに湯船を取りに行こう。もう出来てる頃だ。
出来てた!
マーリン夫妻の喜ぶ顔が楽しみだぜ!
これで明日、ドラゴンの素材を受け取ったら領都に行こう。壊滅してなければいいのだが……
領都も心配だが……道場に顔を出すべきか……どうしよう……
だめだ……とても行けない……
王都の……セロニアス騎士長の奥さんに会いに行けないように、ハルさんにもどんな顔して会えばいいか分からない……くそ……さっきまで少しはいい気分だったのに……
これはあれか?
いつまでも逃げてばかりでは解決しないパターンか? いつかは挨拶に行かないと、いつまでも私の心の重荷は軽くならないのでは?
しかし、騎士長の奥さんにはお悔やみとお詫びを言いに行くとしても、ハルさんには何と言えばいいんだ? 先生は殺し屋でした、だから殺しました。なんて言えるわけがない。やはり父上に任せたのだから、父上から指示があるまで放置だな。後回しにしてしまったような気もするが……
「カース、海に行きたいわ。連れてって。」
「いきなりだね。でも楽しそうだし、行こう!」
うーん、気を遣わせてしまったかな。いつまでもうじうじしてても仕方ないな。海でアレクのスク水姿を見て元気出そう!
よし、コーちゃんには悪いが私達二人だけで行こう。比較的近場、ノルド海にしようかな。
到着。さて水着に着替えて泳ぐとしよう。さあ、アレク。早く水着姿を見せておくれ。
王都で泳いだ時にも薄々感じていたが……どうやら水着がキツいようだ。食い込みがすごい……これは堪らん。犯罪的ですらある……でも恥ずかしそうなアレクも可愛らしい。次の水着はビキニの予定だが、しばらく待とう。
ん? 泳ごうとしたら岸壁に誰かいる。二十人ぐらいか。あれはクタナツの騎士さんか。何やってんだ? まあ挨拶ぐらいはしとくか。着替えなければよかったな。
「こんにちは。お務めご苦労様です。何をされてるんですか?」
「あ、ああ、君か。いや、ちょっとお代官様直々の内密な調査をな……」
「それは失礼しました。聞いてはいけませんね。僕達は沖の方に行きますので、気にされないでください。それでは。」
アレクも軽く会釈をする。むしろ私と話している騎士以外は全員アレクに熱い視線を向けている。騎士以外、職人風の男達はそうでもないのか。
「あ、ああ、気をつけて……」
調査か。まさか代官のやつ、マジでここに港を作るのか? 今の時期でも波が高いのに。その上ここの断崖絶壁をどっさりと崩す必要もある。大事業じゃないか。すでに代官はバランタウン、ソルサリエと百年ぶりの偉業を達成しつつある。その上こんな場所に港なんか完成させたら、新しい英雄の誕生だな。ぜひ頑張って欲しいものだ。
「こんな所にあれだけたくさんの人がいるなんて思わなかったわ……恥ずかしかったじゃない……」
「むしろアレクを自慢できてよかったよ。見た? みんながアレクに注目してたよ?」
「知らないんだから! カースのバカ!」
そこからアレクと水の掛け合いっこが始まった。沖合で膝ぐらいまで水に沈まる高度をキープしてキャッキャウフフだ。それそれー。
「エリック先輩……あの子ってもしかして……?」
「ああ、マーティンさんのお子さんだ。魔王か……」
「それにあの女の子、騎士長の娘さんですよね? すごい格好してましたね……」
「あのお嬢さんは上級貴族だからな、あの格好でも罰せられることはないだろう。意味不明なお触れもあったものだな。」
先輩騎士エリックが言っているのは、カースが国王に頼んで出してもらったお触れ『水泳並海諸法度』のことだ。旧式スクール水着程度の露出ならば下級貴族でもギリギリ罪にはならない。ましてやアレクサンドリーネが罪に問われるはずがなかった。なお、この法令の違反者を真面目に取り締まろうとするのは、賄賂狙いの汚職騎士ぐらいだったりする。もっとも、捕まった者はいない。
「それにしてもこんな所に港なんか作って役に立つんですかねぇ?」
「さあな? それを調査するのも我々の仕事だろう。だが一般論として港があって不自由することなどないぞ?」
「それはそうですけどぉー。割に合わなくないっすか?」
「そう思うならお前の名前で報告書にそう書いておけ。根拠を添えてな。お代官様は愚者ではない。正論ならば聞き入れてくださるさ。」
「おい騎士様よぉ、魔物が来てるぞぉ。しっかり守ってくれせぇの。」
「頼んますでぇ。ワシらぁか弱い職人だけぇのぉ。」
そんだけ太い腕しておいて何言ってんだ? と後輩騎士は心の中で愚痴っていた。屈強なクタナツ騎士と言えど、崖を背にして魔物と戦うのは地味にストレスとなっていた。そんな背中を空の魔物から狙われたりもするのだから。
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