グリーディアントの事件から数日後、我が家に来客があった。代官の副官、フック・ド・レムカーンさんだ。
「カース・ド・マーティン殿。代官アジャーニより褒賞をお渡しいたします。
まずはこちら、『営業許可書』です。そしてこちら、代官からのお心付けです。」
「ありがとうございます。お役目ご苦労様です。」
意外と早く貰えたな。春休みの終わり頃かと思っていたら。金貨十枚はオマケかな。代官からすると子供に小遣いをあげた感覚なのだろうか。
昼からアレクと約束があることだし、見せてあげよう。しかし誰にも言わない約束は副官には適用されたのか? どうなんだろう。
今日はアレクとギルドで待ち合わせ。
私は少し早く来て、受付でスメルニオフについて聞いてみる。
すると……
治療院の金を踏み倒して逃亡中らしい。
ふふっバカな奴だ。治療院から逃げられると思っているのか?
しかもあれから二十五日経っている。つまり奴の関節が五つ、曲がらなくなっているのだ。どこの関節から固まるかは知らないが、アゴが固まったら餓死コースだな。
人体にいくつ関節があるのかは知らないが、骨が二百だと聞いたことがある。ならば関節はそれ以上あるのだろう。全身の関節が曲がらなくなった奴を見てみたいが、それまでに死ぬだろうな。
あーあ、逃げられた。今後は担保や保証人が必要かな。
一応後で治療院に顔を出しておこう。情報収集は大事だからな。
ちなみに剣鬼ダッサルは十日以内に金貨十一枚きっちり返済した。利息の計算ができることにも驚いたが、まさか私の所まで返済に来るとは思ってなかった。
契約魔法のことをちゃんと知っている人間はそうするのだろうか。
アレクがやって来た。ここまでは馬車に乗ってきたようだ。
「待たせたわね! 今日も張り切っていくわよ!」
「大して待ってないよ。今日はどんなのをやりたい?」
「この春休みの間はコツコツと新人らしい仕事をするわよ! 今日はネズミ退治ね!」
えらい!
ゴレライアスさんもきっと褒めてくれるだろう。そもそも他の十等星って新人らしい仕事を全然しないらしいし、アレクがやっても構わんだろう。
ネズミが多くいるのは第一城壁内、平民が多く住むエリアだ。私達は北東の一区から順番に回るつもりだが、昼からの時間では一区すら終わらないだろう。アレクのお手並み拝見だ。
ネズミを捕らえる方法は大きく分けて二つ。
罠を仕掛けて待つか、自分で見つけるかだ。
アレクが選んだのは自分で見つける方だ。
なお、住人が小遣い稼ぎに罠を仕掛けることが多いので注意は必要だ。
「いたわね!」
アレクが使うのはやはり『水球』だ。
握り拳ほどの水球はネズミを捕らえるのにジャストフィット。下手な魔法使いだと水球をネズミに当てても水球の中に閉じ込めることができない。衝撃で気絶させることもできない。もっと下手だとそもそも当たらない。アレクがしっかりと研鑽を積んでいることが分かる。
網にボッシュートするのは虫と同じだが、水球を解除するのはしばらく後だ。意外とネズミがしぶといため長めに水没させておくのだ。ここでも魔法の制御が問われる。
まあナイフか何かでトドメを刺せばいいのだが、そんな面倒なことはしたくないし、修行にならない。だからアレクも水球のみを使っているのだろう。
さすがに虫と違ってすぐ網がいっぱいになってしまう。まあ網ごと魔力庫に収納すればいいだけだが。
しかしこの過酷なクタナツでよくこんなにネズミがいるものだ。ゴキブリはほとんどいないってのに。
さて、そろそろ終わりにしようかと考えていた時だった。
「待てやガキぃそのネズミ置いてけや!」
いい年したオッさんが子供の上前ハネようってか? アレクを下がらせておく。
「なんだオメー? 俺らの仕事に文句あんのか?」
前世でもこんなひどい言葉遣いなどしたことはない。
「とぼけんな! 俺の罠にかかったネズミを盗みやがっただろ! でなけりゃそれだけ捕まえられる訳ねーなぁ!」
「……罠を確認してから出直して来い……」
やはり上前狙いかよ。これだから平民は……お前らがギルドに納品しても大した稼ぎになるまいに。
「うるせぇ! お前らのようなガキにそんなにたくさん捕まえられるか! 証拠を見せろ!」
こんな話が前にもあった気がする……思い出せないが。
「冒険者は獲った者勝ちってのを知らんのか? まあオメーは無知な平民だろうから知らんのも無理はないが。」
「ネズミ取りしかできんガキの分際でデカい口きいてんなよ? 大人を怒らせたらどうなるか教えてやるわ! おい! みんな! 出てきてくれや! 俺のネズミを盗みやがった太ぇガキがいやがるんだ!」
子供相手に大勢で……大人気ない……
「そいつか!」
「子供がそんなに捕まえれるわけねー!」
「きっと俺の罠からも盗んだんだ!」
「詰所に突き出されたくなかったら有り金全部置いてけや!」
なんだこれ? まるでスラムじゃないか? クタナツにこんな所ってあったっけ?
「やるんなら相手になるが?」
アレクが一生懸命捕まえたネズミだ。こんな盗っ人どもに渡せるものか。
おっ、いきなり棍棒で攻撃か。大振りなので、容易く避けられる。せっかくだからスティード君との稽古を活かしたいな。
「アレク、水壁で身を守っててくれる? 少し実験したいんだ。」
「いいわよ。少しだけ待っててあげる。」
私は木刀を用意し構える。見たところ大人は七人。いつの間にか全員棍棒のような物を持っている。マジで恥ずかしくないのか?
一人目を胴薙ぎしながら横を抜ける。抜けた先にいる二人目の鳩尾に柄頭を叩き込む。そのまま三人目の肩に木刀を打ち下ろす。慌てて棒を振り回すオッさん達。その場で振り回しても当たるはずがないだろ。一番近くにいたオッさんが棒を振り終わったタイミングで手首を打つ。この木刀ならば私程度の腕でも簡単に手首が砕ける、痛そう。
手加減するのが嫌になったので、木刀を収納して落ちてる棒を拾う。これなら全力で振るってもいいだろう。残り三人。もうビビっている様子だ。
棒を落とし手を上げている。
「ま、待ってくれ、違うんだ」
「俺じゃないんだ」
「言われただけなんだ」
これもどこかで聞いた気がする……
しかしオッさんはそんなことを言いつつもアレクに走り寄っている。人質か?
そのオッさんはアレクの『水壁』に閉じ込められた。当たり前だろ。風呂の水じゃあないんだから。サービスで顔だけは出してあげているようだ。よかったな。
残り二人。
「女の子を人質にとろうとするって、オメーら終わってんな。」
「どまっ」
「ざめっ」
棒で頭をぶん殴っておいた。剣道なら面ありだったに違いない。
たまたまだが、水壁に囚われてるオッさんは最初に声をかけてきたオッさんだった。
「さてオメーよ。どう始末つける?」
「たたっ、助けてくれ! 身なりのいい子供がいたんでちょいと魔が差しただけなんだ!」
「ふーん。命は助けてやってもいい。正直に話してくれるか? それなら約束する。」
「話す、分かったから、ぬおわっ! 何だ今のは!?」
「ただの契約魔法さ。さて正直に話してもらうぜ。なぜ俺達を狙った?」
「それはっ、金を持ってそうだったから、くっ」
「じゃあオメーの罠の話は嘘だな?」
「そ、そうだ」
「オメーらいつからここに住んでる?」
「一ヶ月前だ、いい仕事があるって聞いたから、それが魔境の開拓だなんて聞いてねぇ!」
「前科はあんのか?」
「な、ない! むしゃくしゃしてて魔が差しただけなんだ! 信じてくれぇ!」
「そりゃ信じるさ。オメー『私はかわいい女の子です』って言ってみな。」
「はぁ? 私はかわ、かわ、かわ、言えない……」
「そうだろ? オメーは俺に嘘はつけねーんだよ。だから信じてやるよ。
さて、では落とし前の時間だ。本来なら騎士団に突き出して奴隷に落ちてもらうんだが、今回は金で勘弁してやるよ。」
「ああ、ああ……」
「アレク、水壁を解いてくれる? 自分用のは解いたらダメだよ。」
びしょ濡れのオッさんが私の前に転がる。
見た目にも汚い。
「さて、コイツらも起こしてやりな。金の話をしようじゃないか。」
そしてオッさんは一人ずつオッさんを起こしていく。起きたオッさんがまた別のオッさんを起こし次々とオッさん密度が上がっていく。幸いもう抵抗はしないようだ。
「さてオメーらの仕出かしたことを騎士団に届けたら奴隷役何年だろうな? 俺もこの子も貴族だからよ。では選んでもらおう。月に銀貨一枚俺に払うか奴隷になって償うか。」
全員が銀貨一枚を選んだ。平民には少し高いが問題ないだろう。
全員に契約魔法をかけて月の支払いが遅れたら支払うまで毎日汲み取りをさせる約束にしてやった。どうせ誰も受けない依頼だから半ば奴隷の仕事と化しているし構わないだろう。
もし契約魔法を解除して欲しいなら金貨三枚一括払いという方法もあることを約束に盛り込んである。
毎月ギルドで払ってもらうのだが、今月分は今徴収した。
次からは毎月一日にその月の分を払う取り決めだ。
当然私に危害を加えることができないようにもなっている。
働かずに毎月銀貨七枚、まあまあの稼ぎになったかな。
「お待たせ。結構時間取られちゃったね。」
「見てて楽しかったわ。カースって魔法がなくても強いのね。」
「そうでもないよ。相手が弱かっただけだよ。スティード君には敵わないしね。
それよりアレクの水壁も見事だったね。捕らえて離さない、見事な制御だったよ。」
「……そう? カースに言われると嬉しいわ。」
クタナツは治安がいいはずなのに最近やたら絡まれるような気がする。開拓が進んで他所から大勢来てるからか?
確か騎士団もほとんどが草原とかに出てるそうだし、関係あるんだろうな。
てことは他の街だとこれが当たり前なのか。
そりゃ馬車で送迎するわな。今日のことは一応父上に言っておこう。
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