クタナツ代官府では、代官であるレオポルドン・ド・アジャーニが財務長と相談をしていた。
「絶好の機会のようだな。」
「御意。方法としましては普通に城壁を築き石畳を敷くべきかと。」
「うむ。原因が魔女だろうが化け物だろうが構わん。この機会を逃すべきではないだろう。総力を挙げる! 予算を使い切っても構わん。冒険者を総動員し草原でないエリアを広げる。少なくとも西半分は制圧せよ!」
「御意。騎士団はどの程度動かしましょう?」
「第三騎士団のみ残す。ひとまず補給基地としてグリードグラス草原とクタナツの中間地点に砦を築く。魔法使いも総動員だ。クタナツだけではない、フランティア中に呼びかけるのだ。辺境伯殿には私から援軍をお願いしておく。」
「御意!」
レオポルドンは燃えていた。
ここ百年停滞していた魔境の開拓が一気に進もうとしているのだ。
初代辺境伯がフランティア領都周辺を開拓したのがおよそ二百年前、そこからサヌミチアニ、ホユミチカを開拓し、最後にクタナツができたのが約百年前である。
それ以来グリードグラス草原とその手前の荒野に阻まれ開拓が進むことはなかった。
それ以外にも原因はあるのだが、そのためにも急いで進める必要がある。
そんな時、あっさりと希望が見えたのだ。
偶然の出来事をあてにするわけにはいかないが、この機会を逃すわけにもいかない。
王国貴族として国王に忠誠を誓っているレオポルドンは、何の役にも立たないどころか足を引っ張り合うだけの貴族達を嫌悪している。
幼い頃に若き日の国王と面会したことで貴族の義務を自覚したのだ。
貴族とは、弱く愚かな民を守り導くものだと考えている。そのため王都でぬくぬくと暮らすことを良しとせず辺境を志していた。
それがやっと実を結ぶ目前なのだ。
これから始まる一大事業にレオポルドンは身震いしていた。
相手は魔境。どんな不測の事態が起こるか分からない。不退転の決意を新たにするのだった。
私は休んでいる間に九歳になっていた……
そして本日は二週間ぶりの登校だ。懐かしき学び舎!
「みんなおはよー。いやー参ったよ。珍しい来客があったりで父上がはしゃいじゃってさ。連れ回されて大変だったんだよ。」
「カース! 心配なんかしてないんだからね! だから休んでる間に何をしてたかなんて気にならないんだから!」
相変わらずアレックスちゃんはかわいいな。
「やあ、アレックスちゃん。元気そうだね。友と再会を喜ぶのも青春だよね。」
「ふふっ、また青春なのね。相変わらずなんだから。」
おおっ、アレックスちゃんから余裕を感じるぞ。亭主が浮気してもどうせ自分の所に戻ってくると確信している女のようだ。
「アレックスちゃんは少し見ない間に可愛らしくなったよね。何かあったの?」
「なっ、ななな、何を言い出すのよ! バカカース! バカース!」
やっぱりアレックスちゃんはこうでないとね。
ああ、平和だ。日常って素晴らしい。やはり将来は働かずに暮らそう。波風の無い、平穏な日々を。
「カース君おはよう。珍しい来客だって?」
「やあセルジュ君。そうなんだよ。剣鬼様が来たんだよ。それで父上が大喜びでさ。」
「ええー! 剣鬼様? すごいね! まだいらっしゃるの!?」
「クタナツにはまだ居るらしいよ。いつまで居るかは分からないけど。」
やっぱり先生は男の子のヒーローだよな。
「剣鬼様ってどんな人なの?」
スティード君も食いついてきた。
「うーん、一言で言うと王子様って感じかな。とても冒険者には見えないんだよね。」
「うわーすごい! そんなにカッコいいんだね! やっぱり強いの?」
「それは分からないよ。僕ごときが分かるレベルじゃないと思うよ。あっ! うちの父上だけど、逃げ足なら剣鬼様に勝てるって言ってた!」
ん? ツカツカと近付く足音が……
「おほほほほ、逃げ足だけは速いなんてさすが好色騎士ですわね。」
バルテレモンちゃんだ。ついに私にも絡んできた。
「すごいだろ? 剣鬼様に勝てるんだからね。」
「逃げ足が速くても何の自慢にもなりませんわよ。」
「ふふっ、知らないの? 逃げ足は騎士に限らず戦う者にとってかなり重要なんだよ?」
「なっ! 何をデタラメ言ってるの!? 騎士にとって大事なのは強さよ!」
彼女ってこんな話し方だったっけ?
もっとおっとりしてたような気が……
「バルテレモンさんはそう思うんだね。それならそれが真実だと思うよ。君にとってのね。」
「ふふん、認めたわね。所詮平民上がりの好色騎士よね。」
うーむ困ったな。
これって貴族的には決闘案件じゃないだろうか。父上の偉大さなんて私が知っていればいいことだから不思議と腹が立たないんだよな。たぶん父上に報告しても笑って済ませそうな気がする。
仕方ないワンクッション置くか。
「はぁー、ねえアレックスちゃん? これって決闘だよね? 明らかにマーティン家を侮辱されてるよね?」
「な、何を言っ……」
「そうね。今のは明らかに侮辱ね。バルテレモンさん? 貴方はマーティン家に対して決闘を申し込みたいの?」
「い、いやその」「お前達! バルテレモン様に何を言ってる!」
今度は下級貴族のシタッパーノ君まで割り込んできた。しかもアレックスちゃんに向かって『お前』って言ってしまってる。
「あーあ、言っちゃったね。シタッパーノ君? クタナツで身分がどうのこうの言うのは無意味なんだけど、アレックスちゃんに『お前』って言い過ぎじゃない?」
「な、いや、その、クタナツでは身分なんか無意味じゃないか!」
私が言ったことを復唱してどうするんだ?
というかバルテレモンちゃんも彼も何がしたいんだ? 久々の学校なんだからそっとしておいてくれよ。面倒くさい。
「じゃあシタッパーノ君がバルテレモンさんの代わりに決闘するの? 僕は決闘なんかしたくないんだけど?」
「シタッパーノ君だめよ! 私のために決闘なんて!」
ええー! 何このヒロイン?
自分から吹っ掛けておいて煽ってやがる。
「バルテレモン様……私にお任せください! 必ずやお守りしてみせます!」
ええー! 守るって何? 決闘しなければいいじゃん!
「アレックスちゃんどうする? もう手に負えないんだけど。」
「私もよ。早く先生来ないかしら。」
いつの間にかクラスが二分している。私達五人組とバルテレモンちゃんの派閥十五人に。
エルネスト君とイボンヌちゃんは心配そうにこちらを見ている。
そこにようやく先生がやってきた。
休職から復帰したウネフォレト先生だ。
「皆さんどうしました? まるで喧嘩が始まりそうな雰囲気ですね。授業時間内での喧嘩は禁止ですよ? やるなら昼休みか放課後にしましょうね。」
「先生! マーティンがバルテレモン様に因縁をつけたんです!」
シタッパーノ君、さすがに動きが早いな。
これって弁解しないといけないのか? バカらしすぎるぞ?
「そうですか。それはともかく授業の時間ですよ。それは後にしなさい。さあ、始めますよ。」
そうして国語の授業が始まった。
今日は『黄鶴楼にて』らしい。
全然分からない……
幸い当てられることはなかったが、どうにか次までに追いつかなければ。
そして算数、魔法の授業が終わり昼休み。
彼らは再び絡んできた。もう終わったことにしておけばいいのに。
「マーティン! 決闘だ! 校庭に来い!」
まじかよ……
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