村に戻ったマリーは早速蟠桃の実を絞ってみる。まずは半分だけを使用して。
それをほんの少し、一、二滴だけカースの口に含ませてみる。するとどうだろう。カースの喉が動いたではないか。これなら上手く行くのではないか、そんな希望が生まれた。
マリーは残り半個も絞って少しずつカースに飲ませていく。動く、やはりカースの喉が動いている。マリーの判断は正しかったのだ。
ちなみに果汁の絞りカスはカムイとコーネリアスが喜んで食べている。
やがて実一個分の蟠桃の果汁を全て飲みきったカース。ほんの少しだけ顔色がよくなった気がするのはマリーの勘違いではないはずだ。
残りの蟠桃は三個。それまでにカースは目覚めるのだろうか。マリーは一日一個ほど飲ませるつもりだが、それでも目覚めなかったら……再び行くしかない。怒れる魔猿が待ち受ける地獄の淵へ……
そのままカースは目覚めることなく二日が過ぎ、そして明日には最後の蟠桃を使わざるを得ない……そんな夜遅くのことだった。
ドムン、と何かがぶつかるような音がイグドラシルの方から聞こえてきた。
静かな夜でなければ聞き逃したかも知れない程度の音だった。
カースの世話で起きていたマリーは胸騒ぎを覚え、音がした方へと向かってみる。
すると、そこに横たわっていたのはエリザベスだった。
「お嬢様!? お嬢様! しっかりしてください!」
「おいおいマルガレータ。怪我でもしてるんじゃないか? 手当てしてやったらどうだ?」
「そうそう。人間はバカだからな。こんな夜に飛ぶからこうなるのさ」
「しかしこいつはツイてるんじゃないか? もしぶつからなかったらどこまで行ったんだろうな?」
このタイミングで村へ舞い戻ったエリザベス。果たしていいタイミングだったのか、そうでもなかったのか。
エリザベスは酷い怪我をしていた。イグドラシルにぶつかっただけではない、きっといくつもの魔物に襲われたのだろう。それでも方向を見失うことなく、フェアウェル村を目指して飛び続けたのだろう。
しかし普通の怪我ならいくら酷くてもマリーの手持ちのポーションと治癒魔法、回復魔法で治すことができる。
そして翌日の昼、エリザベスは目を覚ました。
「お嬢様。お加減はいかがですか?」
「マリー……? ここは……私……やっと戻って来れたのね……」
「ええ、よくお戻りいただきました。ですが坊ちゃんはまだ……」
「そう……これを試してみて……母上や母上の実家から秘蔵のポーションを貰ってきたの……」
「なるほど……これはいい物ですね。幸い坊ちゃんは無意識ですが飲み物を飲める状態になりました。これなら上手くいくかも知れませんね。」
マリーは最後の蟠桃の半分を絞り、そこに同じ量のポーションを注ぐ。少しだけ飲んでみたが、やはり蟠桃の甘みは強烈だ。これならカースも吐き出すことなく飲んでくれるのではないだろうか。
一滴ずつ、カースの口内にポーションカクテルを注ぐ。カースの喉が動く。問題なく飲んでいる!
残り半分はまだだ。ポーションと混ぜているため一気に飲ませるわけにはいかない。様子を見ながら時間を置いて飲ませる必要があるのだ。
「ねえマリー。こっちの魔力ポーションは使わなくていいの?」
しっかりと目を覚ましたエリザベスが問いかける。
「ええ。どういうわけか今の坊ちゃんからは魔力が感じられません。ですから魔力に影響を与えるポーションを飲ませるべきではないかと。」
「そうね。妙な状態だけど、顔色は良くなってるわね。」
そして同日深夜。
「これが最後の蟠桃です。これを使っても目覚めないようであればお嬢様、私と二人で採りにいきますよ。」
「ええ、マリーとなら怖いものなしよ。」
そして昼間と同じようにポーションカクテルを作り、カースに飲ませようとした。
その時……
「ピュイピュイ」
なんとコーネリアスが容器に首を突っ込み全部飲んでしまったではないか。
「コーちゃん……何てことを……」
「このクソ蛇、何やってんのよ!」
絶望的な表情を浮かべるマリー、怒りを露わにするエリザベス。しかしコーネリアスはどこ吹く風といった表情のまま、頭をカースの口に突っ込んだ。
そのままスルスルと奥に入り込む。
「え、コーちゃん? 何を?」
「カースに何するのよ!」
五十センチも体が入っただろうか。静止すること十数秒。それからコーネリアスは体を引き戻した。
「ピュイピュイ」
どことなく満足そうな顔をしてマリーを見つめるコーネリアス。一体何をしたのだろうか?
「これで坊ちゃんは助かるのですね?」
「嘘!? ホントに!?」
「ピュイピュイ」
もはやドヤ顔と言っていいかも知れない。そんな表情で鎌首を縦に振ったコーネリアス。それからカースの体の上でトグロを巻き、眠ってしまった。
その隣にはカムイも横になっている。
「お嬢様はもう休まれてください。後は私が見ておきますので。」
「そう、悪いわね。じゃあ休ませてもらうわ。おやすみ。」
コーネリアスは一体何をしたのだろうか。
カースの命運はいかに。
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