そして次の日の体育。
「今日からしばらく昨日と同じことをするからなー。あぁメイヨール君とマーティン君はあっちでやっててくれ。マーティン君、水壁は使えるよな?」
「押忍、使えます。」
「よし、じゃあ昨日ぐらいのサイズでやっておいてな。」
そうしていつも通りなのか私とスティード君は二人で隅に行き練習を始めた。
『水壁』
「カース君て水壁が使えるんだね。すごいや。
やっぱりイザベルおば様に習ったの?」
「そうだよ。母上の魔法ってすごいんだよ。ブワーッとなってドカーンてなるんだよ。
でもあんまり丁寧には教えてくれないんだ、最初だけ一緒にやってくれるんだけど、すぐに後は自分で地道にやりなさいって言うんだよ。」
「へえーすごいんだねー。アランおじ様もかなり強いそうだしカース君ちはすごいんだね。」
「どうなんだろうねー。スティード君だって剣がすごいよね。やっぱりおじ様に習ってるんだよね。今気づいたけど、僕は父上から剣を習ったことがないや。」
「そうなの!? 意外だね。ウリエンお兄さんだって騎士学校に行ったんだよね? それなっ」
突如私達の頭上から水球が落ちてきた。
結構大きい、フェルナンド先生がよくやったやつだ。
「こーらお前ら、さっきから喋ってばかりで手が動いてないなー。
剣、木刀を上段に構えたまま校庭十周だ。終わるまで帰るなよ。」
「「押忍、ごめんなさい!」」
こうして私達はずぶ濡れのまま校庭を走った。服は重いし上段に構えてるものだから手がかなり怠い。
結局私達が学校を出たのはみんなより三十分遅れだった。あー疲れた。途中で乾かすのはフェアじゃないと考えて自然乾燥に任せたのだが、意外と乾いてない。先生の魔法だからだろうか。
途中、フランソワーズちゃんのグループが薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ていたのが気になったものだ。
ちなみにアレックスちゃん達は、がんばってねーなんて言いながらすぐに帰っていった。
「お帰りなさいませ。遅かったですね。」
「ごめんよマリー。授業中にお喋りをしてたら先生に叱られて走ってたんだ。あはは、恥ずかしい。」
「おや、カース坊ちゃんにしては珍しいですね。授業は真面目に受けるお人でしょうに。」
「いやーそれが珍しくスティード君と話が弾んでしまってさ。頭から水球をくらってしまったよ。」
「ふふ、たまにはいいですよね。それも青春ですよ。」
「青春! すごくいい言葉だね! そうだ青春だ! 僕は今、青春の真っ只中なんだ!
マリー! いつも通り走って帰るから荷物を頼むね!
うおー青春だー! 夕日に向かって走るんだ!」
「何が琴線に触れるものがあったのでしょうか。人の子はかわいいものですね。」
いやー熱くなってしまった。青春か……素晴らしいな。
なんだか懐かしい気がする。当たり前か。
本来なら二度と味わうことができなかったはずだもんな。ありがたいことだ。
この気持ちを忘れずに生きていこう!
そして次の日、今日はサラスヴァの日だ。
「おはようスティード君! 僕は昨日気付いてしまったよ! あれこそが青春だったんだ!
先生に叱られて廊下に立たされる! または校庭を走らされる!
あれが青春なんだよ! 青春って素晴らしいよね!」
「おはようカース君? ど、どうしたの? 青春? って何?」
「え!? スティード君、青春を知らないの?
青とは古来より未熟を表す色! そして僕らは未熟な三年生! しかも今の季節は春!
つまり僕らは青春の真っ只中にいるんだよ!? この時期を無駄にしてはいけないんだよ!」
「カース君、朝からすごいね。よく分からないけど今日の体育は頑張ろうね。」
「うん! 熱く行こうよ! 青春万歳だよ!」
私はどうしたんだ?
昨日からおかしい。青春という言葉を聞いてとてつもなくハイになっている。
「カース! 昨日は風邪ひかなかったでしょうね! 貴方は魔力が高いから大丈夫でしょうけど! だから心配なんかしてないんだから!」
「おはようアレックスちゃん。もちろん元気だよ。青春っていいよね。
夢を追い、夢に敗れ、夢から覚めた時それが夢と分かる、そしてまた夢を見る。それが青春だよね。」
「ごめん……全く分からないわ。何が変な物でも食べたの? 今日のお昼はすごいわよ。
魔境産の素材があるわ。楽しみにしておきなさい。」
「ふっふっふ、アレックスちゃんでも分からないかー。僕等の青春時代はこれからさ。」
「だめだわ、カースが壊れた……サンドラちゃん、助けて……」
「おはようアレックスちゃん。私もこんなカース君初めて見るわ。さすがに心配になってきたわ。」
失礼な。壊れているはずがないだろう。ちょっとハイになってるだけだ。それも仕方ないだろう、だって青春時代なんだから。
さあ一時間目だ、張り切っていこう!
「皆さんおはようございます。今日も楽しく勉強していきましょうね。
今日は昨日の続きです。『春暁』ですね。」
『春眠、暁を覚えず
処処断末魔を聞く
夜来風弾の声
砦落つること多少』
「ではアレクサンドルさん、この詩の作者は誰ですか?」
「はい、モウコ・ネーンです。」
「はい正解! お見事です!」
「ではアポリネール君、一行目の意味を答えてください。」
「は、はい、え、えーっと、そ、その、春の眠りは暁を覚えてない……」
「うーん、残念、それは意味とは言いませんね。もう少し分かりやすく答えてくださいね。昨日やりましたよ? ではデュボア君、答えてください。」
「はい。春の眠りは心地よくて夜が明けるのも気付かないほどだ、です。」
「お見事です! デュボア君に拍手ー! では続けていきましょう。
二行目をバルテレモンさん、意味を答えてください。」
「はい、あちらこちらから断末魔が聞こえてくる、です。」
「正解です! が、バルテレモンさん?
断末魔って何でしたっけ? それが分かるように答えると高得点ですよ。」
「えっ? いや、私はその……おそらく断末っていう魔物の声じゃないかと……」
「残念。断末魔とは人が死の間際に死にたくないと生に執着する悲鳴のことですね。それが聞こえてきたわけです。
では三行目をメイヨール君。」
「はい、そう言えば夜通し風弾を唱える声がしていたぞ、だと思います。」
「バッチリです! ではさらにメイヨール君、このことからどんな状況を想定しますか?」
「はい、二行目の断末魔、そして一晩中風弾を撃ち続けていたということは、拠点を攻められていたのだと思います。例えば魔物とかに。」
「素晴らしい! 説明してないのによくそこまで考えました。拠点を守らんと命を散らす騎士達の姿が見えてきますね。
では最後、四行目をミシャロン君。」
「うーん、はい。一体どれほどの砦が落ちたのか? ですか?」
「はい! 正解です。ミシャロン君に拍手ー! 皆さんよく復習してますね。いいですね。
では最後に、この詩から感じたことを教えてください。じゃあマーティン君。」
「はい。僕が感じたのは、騎士が奮闘しようが魔物が攻めてこようが砦が落ちようが世の中には何の影響もないということです。
そして春はやっぱり青春だということです!」
「なるほど、深いですね。確かに外で何が起こっても気付かなければいつまでも眠っていられますね。
そして今の季節は春、二度と戻らない青春……
私ももうすぐ三十、両親からは毎日毎日まだ結婚しないのか男はいないのかと言われ続けるばかり……
大抵の平民は十五、六で結婚するのに私はもうすぐ三十……
生徒達を正しく導くことに青春を捧げ早十余年……
でも私の青春は二度と戻らない……
いいですか皆さん、青春は二度と戻ってきません……
私のように三十前まで独身でいたくなければ……
二度とない青春をめいいっぱい楽しんでください……
そして若いうちに伴侶を見つけておきましょう……
特に平民の女の子……
高望みして貴族との結婚を夢見てはいけません……
遊ばれて終わりです……
君のためなら家を捨てる……
なんて言葉に騙されてはいけません……
イケメン貴族男はみんな嘘つきです……
男は腐れゴブリンなのです……」
やばい、私の不用意な発言がウネフォレト先生の敏感な部分に触れたのか。何がブツブツ言っている。後半はほとんど聞き取れなかった。
そうして国語の授業は終わった。
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