アグニの日。日中は実家でのんびりと過ごした。もうすぐ夕方だし日没までに領都へ移動しようと実家を出ると、門前に組合長がいるではないか。
「こんな所で何やってんですか?」
「おめぇ領都で試験受けるそうじゃのぉ?」
「ええ、やむを得ない事情でそうなりました。」
「気に入らねぇのぉ。その事情ってやつを話してみぃやぁ?」
めんどくせーな。まあ相手は組合長だから素直に話すけどさあ。
「なるほどのぉ。コルプスのやつかぁ。」
「コルプス、ですか?」
「ん、ああ、副組合長のガルドリアンじゃあ。あいつの両親とはちいっと因縁があってのぉ。まあええ、ワシも行くぜ。ちいっと文句言わんにゃあ気が済まんからのぉ!」
「はぁ、まあいいですけど……あ、せっかくですからうちに泊まりますか?」
「そいつぁありがてぇがのぉ、領都でのワシの宿ぁ女羽媧楼って決めとんじゃあ。なんならおめぇも来るかぁ? 奢ってやるぜぇ?」
娼館かよ。行くわけねー。
「遠慮しておきます。じゃあ出発しますよ。」
ゆっくり飛んで一時間。領都に到着。
「もう領都かよ……」
さすがの組合長も驚いているようだ。ふふふ。
「では僕はここで。」
「お、おお……」
さて、帰ったらのんびり風呂に浸かって、さっさと寝よう。
その頃、組合長ドノバンは領都のギルドへと向かっていた。
「ふん、ちいっと来ねぇだけで変わるのぉ……」
そしてギルドに到着。ズンズンと中に入る。ドノバンの服装はそこらの平民と変わりない。しかし、身に纏う歴戦のオーラが冒険者達の注目を集めていた。
「見ねえ顔だぜ……」
「ジジイじゃねぇか……」
「体だきゃあでけぇな……」
「おうネーちゃんよぉ、きれいな顔してんなぁ? 今夜ワシに付き合わねぇか? ベイルリパースかヘイズクラッセでディナーしてよぉ、そっから辺境の一番亭なんてどうよ?」
「あのジジイ! マリアンヌさんに!」
「ベイルリパースだ? ヘイズクラッセだ? 金だきゃあ持ってんだろうぜ!」
「よーし、ここぁ俺らの出番だぜ!」
立ち上がる若い冒険者達。ドノバンの所業に憤っているようだ。
「え、いや、いきなり言われましても……それに私仕事中はちょっと……」
「ギャハハハ!」
「身の程知らずなジジイだぜ!」
「その頭でよくマリアンヌさんに声かけたもんだぜ!
「ほぉ? マリアンヌ、お前があの黒百合か。見れば見るほどいい女じゃねぇか。後で付き合えや。それよりもなぁ、コルプスを呼べ。クタナツのドノバンが来たってのぉ。」
「コルプス……と言いますと?」
「てめぇんとこの副組合長も知らねぇのか! さっさと呼んでこいや!」
「ひいっ! は、はい!」
マリアンヌは慌てて立ち上がり奥へと消えて行った。
「おいおーいジジイよぉ? なーに調子に乗っちゃってんのぉ?」
「副組合長知ってるぐれぇでイキってんじゃねーぞ?」
「金でマリアンヌさんをどうにかできっとでも思っちゃってんのぉ?」
「なんじゃあヒヨッコかあ? てめぇがモテねぇのをワシのせいにするんじゃねえぜぇ? ワシほど色気のある男もそうおらんからのぉ?」
「ああコラ!? 誰がヒヨッコだと!?」
「俺らあ領都じゃちったぁ有名な七等星『カーディナルの撃剣』だぞ!」
「あんま調子コイてっとやっちゃあぞコラ!」
「なんじゃあ? 稽古つけて欲しいってのか? 仕方ねぇのぉ。用が終わってからじゃあ。ちっと待っとけや。」
「ざけんなジジイ! もう殺す! 表ぇ出ろや!」
「それとも金出すか? お? 額によっちゃあ勘弁してやんぞ? お?」
「おらおら! さっさと出せや! 殺すぞジジイ!」
「お前らそれでよく七等星になれたのぉ。コルプスに文句が増えちまったぜ。お前らこれを見てみろや。」
ドノバンは人差し指と親指で円を作っている。その手を三人のうち、右端の男の額に向ける。
「ぐがっ!」
男は弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。ドノバンがやったことは、ただのデコピンだった。
「てめっ、ジジ、があっ!」
「ジ、うぐっ!」
残り二人も仲良く壁まで飛ばされた。
「その様じゃあ稽古にならんのぉ。残念だったのぉ。」
「ドノバンさん、そのぐらいで勘弁してくださいよ。」
ようやく待ち人が現れたようだ。
「遅えじゃねえか。ワシを待たすたぁいい度胸してやがんのぉ?」
「いきなり来たくせに……ヒマじゃないんですよ? もうすぐ引退のあなたと違って。で、何かご用ですか?」
「コルプスよぉ? おめぇカースを手駒にでもしてぇんかぁ? 事情は聞いたぜぇ。あの程度の情報の対価にしちゃあ欲ぅかきすぎじゃねぇか、おぉ?」
「それこそあなたには関係ない話だ。クタナツギルドの組合長であるあなたにはね。」
その瞬間、ギルド内に戦慄が走る。妙に威圧感のあるジジイだと思ったら思わぬ大物だったのだ。デコピンだけで済んだ三人は僥倖だったと、誰もが思っている。過去にはドノバンに「ハゲ」と言ったばかりに頭部の皮膚を丸ごと剥がされた者もいたのだから。
「そうじゃのぉ、関係ないのぉ。」
丸く収まりそうな雰囲気に周囲は安堵の様子を見せる、が……
「だがのぉ……ワシが気に入らねぇから来てんだぜぇ? ワシに、クタナツにケンカ売ってんのかぁ? おぉコラ?」
「何が気に入らないってんですか?」
「とぼけんじゃねぇ! カースのことじゃあ! ここで七等星になった場合、強制依頼の優先権はここになっちまうだろぉが! クタナツギルドよりものぉ!」
「そんなの当たり前じゃないですか。まさかそのルールを曲げようとでも言うんですか? いくらあなたでも無理なもんは無理ですよ?」
「チッ! そのぐれぇ分かっとんじゃあ! ワシぁ文句を言いに来ただけだからよぉ。ついでに忠告じゃあ、おめぇカースをいいように使えると思ったら大間違いだからよぉ。いくらおめぇがカースの従兄弟でものぉ。」
「そんなの彼は知らないでしょ。知ってても気にするタイプじゃなさそうですし。」
「ふん、分かってんならええわい。おうネーちゃん、行くぜ?」
「は、はいっ!」
ドノバンはマリアンヌの肩を掴み、ギルドから出ていった。副組合長であるコルプス・ガルドリアンの周囲には冒険者が集まってきた。
「あのジジイ……マジでクタナツ組合長なんすか!?」
「元四等星、千骨折りのドノバン?」
「千魔通しジャックの相棒の!?」
「えらく親しげじゃなかったっすか!?」
「それにカースって、魔王のことぉ!?」
「副組合長が魔王の従兄弟!?」
「うるせぇよ。どうでもいいだろうが。用がない奴ぁとっとと帰れ。明日の七等星昇格試験を受ける奴もいるんだろうが。落ちたらブチ殺すからな?」
カースの従兄弟。年の頃は二十代後半ぐらいだろうか。その年でフランティアの中心である領都のギルド、その副組合長にまでのし上がった手腕は圧倒的であった。何せ、副組合長になる前は……五等星冒険者であったのだから。
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