八月二日、アグニの日。今日も王都は晴天だ。
朝食を終えた私達はサンドラちゃんのいる中等学校へ向かうべく第三城壁の東門へと向かっている。中等学校は上級貴族が多く住まうエリアにあるからだ。アレクサンドル本家の上屋敷や母上の実家ゼマティス家も同じ第三城壁内だ。魔法学院や近衛学院も同じエリアなので後日姉上を訪ねる参考にもなるだろう。
アレクとそんなお喋りをしていたらセルジュ君とスティード君が馬車でやってきた。
「おはよう! 待たせたかい?」
「お、おはよう。」
セルジュ君は少しだけハイになっているようだ。逆にスティード君は緊張しているのか。
無理もない。
「おはよ。待ってないよ。いい馬車だね!」
「ピュイピュイ」
「おはよう二人とも。あら、その紋章。お姉さんはベネックス家に嫁がれたのね。」
さすがアレク。王都の貴族情報にも精通しているな。
「さすがアレックスちゃんは詳しいね! さあ乗って乗って。」
相変わらず馬車は嫌いなんだが、第三城壁内に行くのなら馬車でないといささかまずい。自分の足で歩く貴族なんかまずいないので、馬車に乗ってないと見回りの騎士による職質が煩わしいようだ。それが真っ当な騎士ならギルドカードなりアレクサンドル家の紋章なりを見せれば済むが、そうでない騎士も多いそうなので馬車で行くことに決まったのだ。
「セルジュ君のお姉さんはだいぶ驚かれたんじゃないかしら? いきなり王都まで来たんだから。スティード君のお兄さんも。」
「かなりね。王都行きが決まった時に手紙を出したとしてもまだ届いてないよね。カース君は突然なんだからー。」
「あはは、ごめんごめん。ふと思いついたもんだからさ。」
「こっちもだよ。夕方帰ってきた兄上が僕を見てびっくりだよ。間男かと思ったって言われちゃったよ。」
「つまりスティード君は新居に数時間お義姉さんと二人っきりだったと? サンドラちゃんに言っちゃおっかなー?」
「カ、カース君! 楽しくお喋りをしてただけだからね!」
「そう言えば槍の道場にも親しい女の子がいるんだよね〜?」
「セルジュ君まで!? アイリーンさんは違うからね!」
「スティード君って意外とやるのね。私、見直したわ。」
「アレックスちゃんも!?」
スティード君がいじられ役になってしまった。たまにはいいよね。「ピュイピュイ」
そして三十分ぐらいで到着。歩くより早いのだろうか?
「じゃあ私が行ってみるわね。女子寮だろうから。」
これが王立中等学校か……
領都の魔法学院を大きくして古くしたような印象だ。ここには王国中から勉学に励む若者が集まっているのだろう。果たしてサンドラちゃんは元気でやっているのか……
「いなかったわ。何でもサンドラちゃんは二、三日帰ってないそうよ。いつもそんな感じらしいわ。たぶんクリュヴェイエ教授のところじゃないかって。」
まさかサンドラちゃん……教師と道ならぬ恋……?
「立入の許可は貰ったから行ってみましょ?」
どうやら違うようだな。夜を徹して何か研究でもしてるのか?
夏休みだからか学校内は閑散としている。
「こっちみたいね。」
それにしてもアレクはすごいな。あの僅かの間にどれだけの情報と許可を手に入れたのか。私達は大人しくアレクの後ろを歩くのみだ。見知らぬ学校って緊張するよな。
「ここね。クリュヴェイエって書いてあるわ。入るわよ。」
「失礼しまーす。」
「「失礼します」」
「だから! ユークリッドって何なのかね! もっと分かりやすく説明したまえ!」
「教授のくせに何で分からないんですか! こんなに便利な方法ないでしょう!」
おや? 何か白熱しているようだな。朝からすごいな。私達のことなど目に入らないのか。
「地道に素因数分解すればいいんじゃないのかね!?」
「だーかーらー! それより互除法を使った方が早いって言ってるんですよ! アンタ教授でしょうが! 現実を見てくださいよ!」
これはだめだな。介入が必要だ。『落雷』
「ぐぎゃっ!」
「きゃっ」
サンドラちゃんには軽〜く、教授にはそれより強めに使ってみた。朝から何を熱くなってんだか。
「カース君? セルジュ君にスティード君……アレックスちゃんまで……」
コーちゃんにも触れてあげてくれ。「ピュイピュイ」
「サンドラちゃん……久しぶりだね。」
「サンドラちゃん。会いたかったよ。」
後はセルジュ君とスティード君に任せよう。
「ねえカース? さっきあの教授が言ってたユークリッドって昔カースから教わった気がするわ。」
「うん。確か教えた気がするね。懐かしいねぇ。さて、僕らは出ておこうか。」
「ピュイピュイ」
私とアレク、そしてコーちゃんは廊下に出てイチャイチャしながら三人を待つ。積もる話もあることだろう。
およそ十分後、三人とも出てきた。
「お待たせ。カース君にアレックスちゃん、それにコーちゃんも来てくれてありがとう。」
「久しぶりだね。朝から何やってたの? 頑張るねー。」
「元気そうね。昨日来たのよ。夜な夜な教授と何やってるのかしら?」
「ピュイピュイ!」
「二人には話したんだけど、お仕事なの。教授に算数を教えてるのよ。かなり割はいいんだけど拘束時間がやたら長くて参るのよね。」
教授に教える学生……
この学校はどうなってんだ?
話を聞いていくと……
クリュヴェイエ教授の専門は魔法工学だが、サンドラちゃんが授業で披露した解法に興味を示し報酬を払って教わっているらしい。
「言うのを忘れてたけど、サンドラちゃんがやってるのはもう算数のレベルじゃないよ。今度から『数学』って言うといいよ。」
「数学……何だか難しそうな響きね。それよりせっかく来てくれたんだし何して遊ぼうかしら?」
「じゃあサンドラちゃんの部屋に行きたいわ。お土産もたくさんあるから。」
ちなみに女子寮なので男性は入室できない。女子寮の門前でお土産を全放出してサンドラちゃんに渡しておいた。アレクだけがサンドラちゃんの部屋まで同行した。
それから二十分もしないうちに二人とも出てきた。
「カース君、すごいお土産をありがとう。今回もだけど、クタナツを出発する時も……」
「出発する時? さすがに覚えてないけど喜んでくれたのなら幸いだよ。たくさん食べて元気で過ごしてね!」
久しぶりに会ったサンドラちゃんは少しだけ髪が長くなっており、肩に掛かるか掛からないかぐらいに伸びている。もちろんクリクリした可愛らしい眼差しは健在だ。ちなみに背はあまり伸びてないし体型も変わってないようだ。
それから私達は中等学校の食堂でワイワイとお喋りに興じた。教授はあれから放置だ。
サンドラちゃんの話を聞けば聞くほど王都は暮らしにくそうだと実感してしまった。
学校の成績は身分に応じて加算があるらしい。算数や国語ならば上級貴族の加算があってもサンドラちゃんの方が上だが、魔法、体育ではさすがに負けてしまうらしい。よって未だに首席をとったことがないとか。そんなのアリかよ……
「お昼だけど、この辺りで食べると高いから第三城壁の外まで出た方がいいと思うわ。」
やはりサンドラちゃんはこの辺りに詳しいのか。しかし聞き捨てならないな。
「この辺りのお店は美味しいの? それなら僕が奢るから行こうよ! 美味しい店に行きたいからさ。」
旨い店ならどうして行かずにおれようか。
「私は行ったことがないから分からないけど、同級生の噂によると美味しいらしいわ。」
「よし! 決定! サンドラちゃん案内をお願い! お金は気にしないでね。」
第三城壁内なんだから高いのは分かってる。領都のベイルリパースより美味しいなら褒めてやろう。さてさて、店の名前は……『ハスコーリ・ダ・レイサ』高そうだ。
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