夏休みのある一日。
教会ではサンドラとセルジュが勉強をしている。この日は珍しくサンドラがセルジュに算数を教えている。
「素数って何それ? 学校でも誰からも聞いたことがないよ?」
「当たり前よ。私だってカース君から聞いただけだもん。でも素数を知ってるだけで計算が随分簡単になるのは間違いないわよ。それに素数を数えると勇気が出るらしいわよ。」
「素因数分解って何の意味があるの?」
「これ自体にあまり意味はないわ。この考え方ができることに意味があるのよ。それが分からないうちはまだまだね。」
人に教えることはきっと、自分にとってもいい勉強になることだろう。
メイヨール家ではスティードとカースが形稽古をしていた。暑い中黙々と向かい合って剣、木刀を振っていた。
せっかくの夏休みなのにつまらない奴らである。
マーティン家ではアレクサンドリーネとキアラがイザベルから魔法の手解きを受けていた。驚くべきことにキアラの魔力量はアレクサンドリーネよりかなり上だった。しかしアレクサンドリーネはへこたれることなく研鑽を続ける。
「アレックスちゃんはもっと魔力量を増やさないとね。練習しようにも魔力が足りないと効率が悪いものね。じゃあ手だけじゃなくて両足からも魔力放出できるようになりましょうね。」
「は、はい!」
もちろん学校でも誰からも聞いたことない訓練方法だ。魔法なんて手から出せさえすれば大丈夫だと思っていた。どうせ杖もあるのだし。ところが全身どこからでも出せることが大事らしい。カースめ、そんな大事なことを自分に教えてくれないなんて……多分当たり前過ぎて言うまでもないと思っていたのだろう。カースだし。
「おねーちゃん、足から魔法を出したらすずしいよー。」
そう言ってキアラは水の魔法でブーツを作っているではないか。ボヨンボヨンと楽しそうに歩いていた。こんなに便利なのに何でやらないの? と言わんばかりだ。全くこの兄妹は……
そんなアレクサンドリーネにキアラは意外とよく懐いていた。実の姉がかなり年上であるし、アレクサンドリーネに妹がいないことも関係しているのかも知れない。
こうして各々が研鑽を積む夏休みは終わった。みんなしっかり成長したことだろう。
九歳、十歳の子供達らしからぬ過ごし方だった。
そして九月。学校生活も残すところ半年となった……
新学期が始まった。
そんな九月の放課後、私とアレクはファトナトゥールに来ている。前回の注文の受け取りと新しい注文を出すためだ。
「いらっしゃーい。とっくにできてるよー。」
エビルパイソンロードで作ってもらった服ができたのだ。ふふふ。
夏休みなのに私達は忙しくて来れなかったからな。
早速試着をしてみる。青春が蘇ってくるようだ。
「変わった服ね。なのにフォーマルさを感じるわ。どこかの儀礼用だったりするの?」
「ふふふ、これは『学ラン』って言うんだよ。大昔とある国の学生が着ていた制服なんだよ。青春の香りがするよね?」
標準タイプから短ラン、長ラン、ボンタンまで。色々作ってもらった。私は伝統を重んじるタイプだからな。
「いや、よく分からないわ。まあカースが言うならそうなのよね。青春ねぇ……」
涼しくなったらこれを着て学校に行こう。
さて、そんなことはどうでもいい。
本日のメインイベントは……
「そしてこれがミニスカートねー。」
「うっ、こんなに短いのね……」
出てきたのは赤と黒が斜めに絡み合うチェック柄、エビルパイソンロードの革製ミニスカートだ。このチェックは王都ではプリンセス・オブ・ローランドチェックと呼ばれている。発祥は大昔だが、最近は貴族の女性がカジュアルな局面で好んで使うチェック柄だ。
蛇革のスカートにチェック柄を入れてお洒落に仕上げるなんて現代日本でも不可能かも知れない。さすがの腕前と言えよう。
恥ずかしがりながらもアレクは試着室に入っていった。
待つこと五分。
カーテンが開き、おどおどとアレクは出てきた。
すごい……アレクの上級貴族オーラと相まって、まるで女王様オーラだ。『アレクサンドリーネとお呼び』なんて言われたい……かも知れない。
「きれいだよアレク。すごく似合ってる。高貴なお姫様みたいだ。そもそもアレクは高貴だけどさ。」
「あ、ありがとう……恥ずかしいわ。こんなに脚を出すなんて……いいのかしら?」
「最高だよ。クタナツ中に見せて回りたいよ! ミニスカートってアレクのために生まれたようなもんだよね。」
本気でそう思う。膝上十センチぐらいだろうか。サイズ自動調節機能は付いてないから成長に伴いさらに短くなるだろう。仕立て直しを想定して作られているが、それでも限界はあるからな。また作ってもいいし。
さあ帽子とベルトの注文も出したことだし街に出かけよう!
代金を払い隣の隣、ボーグにも顔を出す。夏休み中に魔石を渡しておいたのだ。
「いるかい?」
「あー、客か?」
「できてる?」
「おー坊ちゃんか。できてるよ。着けてみな。」
ほぉーミスリルの腕輪か。どれどれ……
ぴったりだ。上腕だから筋肉の伸縮を邪魔するかと思えばそうでもない。ぴったりフィットしているのに邪魔にならない。しかも金属なのに肌触りが優しい。これがケイダスコットンの効果か。
ちなみに私と母上で魔力を込めたのだ。だからこんないい出来になったのだろう。
店主は私達の魔力に驚いていたものだ。
「いい感じだ。やるじゃないか。」
「当然だろ。どーれ、見たところ問題なさそうだな。毎度。」
これで軽装でも安心して魔境に行けるな。いや、残りは靴か。
そのまま靴屋にも行き注文を出す。靴と帽子、そしてベルトはウエストコートと同じくサウザンドミヅチ製だ。もちろん自動修復からサイズ調節、温度調節まで付けてある。さらに防汚は言うまでもない。全身合わせて一体いくらかかるのやら。
なお帽子はアレクにも注文してもらった。色違いデザイン違いのお揃いが出来る予定だ。
ついつい買い物の楽しさに目覚めてしまった。聞くところに寄るとサウザンドミヅチですら最上級素材ではないらしい。上を見るとキリがないのは世の常だな。
この後タエ・アンティでお茶を飲んだのだが、やはりアレクは注目されていた。ここにはシャレオツなクタジェンヌが大勢来るからな。これが王都のファッションだぜ!
今日はスカート以外は普段着だから本気でコーディネートしたら女王様オーラが炸裂するかも知れない。さすがだ。
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