男爵が酔いすぎる前にマギトレントを出しておくことになった。
「結構大きいですから一旦外に出して、それからお望みのサイズにカットしておきましょうか?」
「おおお! それはありがたい! 未知の素材なもので樽に加工するのも一苦労でしょうからね。」
「ではここらに……」
ずん……と音を立てることもなく、静かに魔力庫から取り出した。直径五メイル、長さ三十メイル超えのマギトレントが三本。
「こ、これがマギトレント……」
驚いてくれているようだ。
「ではどのように切りましょうか?」
「え、ええ……では横に一メイル半ずつ切断していただけますか?」
「お安い御用です。」
『水鋸』
水に砂や金属の粒を混ぜた回転するウォーターカッターだ。
二本のマギトレントがたちまち丸太に早変わりだ。
「厚さ二センチの板に加工するのは可能でしょうか?」
「もちろん大丈夫ですよ。お任せください。」
通常木を切る場合、刃の厚みを計算に入れる必要がある。しかし、私の水鋸の厚みは一ミリ以下にすることもできる。よって難しいことなど考えず二センチの印にそって切るだけでいい。丸太を縦にして『金操』で固定。『水鋸』を百列ほど平行に並べて一気にいくぜ。
一時間後。二本の丸太を板へと加工した。残り一本は丸太のまま残しておきたいそうだ。
私は大工でも食っていけるかな。横幅はまちまちだが、厚みと縦が一定のマギトレント板の出来上がりだ。
「な、なんという精密制御……しかも無尽蔵な魔力量……感服いたしましたぞ!」
「いやぁそれほどでも。」
ふふふ、いい気分だ。やはり私は褒められて伸びるタイプだろうな。
「これだけのマギトレントがあれば樽は作り放題ですな。本当にありがとうございます。」
「どんなお酒が出来るのか、楽しみにしておきますね。」
本当に楽しみだ。マギトレントの浄化作用で水になってたら笑うけどな。
「ではお約束のお酒ですが、これだけの物をいただいたのです。樽ごとお渡ししたいと思います。こちらにどうぞ。」
「ピュピュイピュイー!」
樽ごとと聞いてコーちゃんのテンションが爆上がりだ。
「ありがたくいただきます。」
蔵の中に案内された。
「お好きな樽を三つお選びください。どれでもです。」
太っ腹すぎる。と言っても私に酒の良し悪しはわからないんだよな。適当に……
「ピュイーピュピュイ」
コーちゃんが早くも二つ選んでしまった。なら私は一つだけ……
「これをお願いします。それとあの二つを。」
私は小さめの黒い樽を選んでみた。
「ほう。カース殿は変わった趣味をお持ちですな。いや、冒険心溢れる選択はカース殿らしいと言えますかな?」
適当に選んだだけなんだよ……買いかぶらないでくれよな。
「ただの好奇心ですよ。樽の違いがどう味に影響するのか気になりましてね。」
「樽はですな、このように曲げるために炙ったり蒸したりするんです。その焦がし方によって味に影響が出るわけですな。カース殿が選ばれたこれはエクストラローストと言いましてな、内側だけでなく外側までこのように焦がしているわけです。見るからに黒焦げでしょう? これはこれで旨いのですよ。南の大陸産のコーヒーや葉巻のような風味がしましてな。ただ、いかんせん酒本来の旨味を消しがちになるのが玉に瑕なのです。」
「なるほど。それはそれで楽しみですね。ちなみに名前は何と?」
「エクストラブラッキースモークと言います。通称ブラッキーです。この樽は五年物ですな。コーネリアス殿が選ばれたのはディノ・スペチアーレ十五年とギラン・スペチアーレ九年ですか。正統派の味わいがお好きなようですな。」
おお、ディノ・スペチアーレ! 二十年物には及ばなくてもかなり期待できるな。それも樽ごと。やったぜ。
「では、ありがたくいただきますね。」
収納収納っと。これはもう一生酒に困らないな。エールが飲みたくなったら酒場にでも行けばいいし。
「ところでカース殿、今回はいつまでご滞在いただけるのですか?」
「ケルニャの日までですね。のんびりさせていただきますよ。」
「おお! それは嬉しいですな! では夕食までのんびりとされてください。私は作業が残っておりますので。」
「力仕事がありましたら手伝いますよ。お邪魔でなければですが。」
酒の味に関わるような繊細な作業には手を出すべきではないものな。
「いやぁカース殿のお力を煩わせるような事はありませんよ。どうぞのんびりされてくださいな。」
「ではお言葉に甘えまして。適当に魔物でも狩ってきますね。」
さすがに何日も滞在するんだから食材ぐらいは提供しないとな。
「おお! それはすごい! 期待してしまいますぞ。この辺りは危険な魔物は少ないですが、ご油断めさらないでくださいな。」
「ええ。では夕方には戻りますね。」
カムイもたまには暴れたいだろうしな。旨い魔物がいればいいのだが。
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