村長から勇者ムラサキの逸話を聞く。なんて嬉しいんだ!
「勇者か、あの者の剣の腕は……」
う、腕は!?
「ド下手だな。」
は?
ド下手?
勇者が?
あの勇者ムラサキがか!?
「え? 村長、マジですか? どうやって魔王に勝ったんですか?」
「ふふ、剣の腕はド下手だ。しかしフェルナンド殿と戦って勝つのは……勇者かも知れぬぞ?」
「そ、それはどうしたことで!?」
「フェルナンド殿の剣は達人を遥かに超えておる。剣速、キレ、術理。儂でも理解できぬ領域だ。しかし、そんなフェルナンド殿でもベヒーモスのような強力な魔物を一撃で叩き斬ることはできまい。しかし、勇者はできる。それだけのことよ。」
確か先生は、私の籠手や鉢金にもなっているエルダーエボニーエントを討伐するのにかなり苦労したらしい。同じ箇所を百回単位で突いたとか。それが勇者なら一撃だと言うのか? でも勇者ムラサキがいくら攻撃しようと先生の防御の前には無意味のはずだ。つまり、先生VS勇者の対戦は引き分けってことにしておこう。
「分かりました。つまり勇者は強いってことですね?」
「そうよ。奴は強い。その上、勝つためならどんな手でも使う。毒でも人質でも、仲間の手でもな。」
その話は知ってるぞ。勇者ムラサキの冒険を読んだからな。
「さすが勇者ムラサキですね。惚れ惚れします。」
「その上、奴は、いや奴らは召喚獣も並ではない。お主のフェンリル狼殿が並ではないようにな。」
「確か白い狐と白い隼ですよね!?」
「ほう、知っておったか。金毛白面九尾の狐タマモと白毛金爪双尾の隼ファルコよ。」
「村長は勇者だけでなく、イタヤ・バーバレイもご存知なんですか? あの、七色の魔法使いと言われた。」
「うむ、イタヤ殿も優れた魔法使いであったな。魔力では勇者を上回っておったものよ。」
これはすごい。勇者一行の話が聞けそうだ。
「村長。」
おや、アーさんだ。どうかしたのかな?
「うむ、来たか。大型だな。気を付けて行かせよ。」
「心得た。」
何だ何だ? 今のやりとりは?
「何事かあったんですか? 大型って。」
「なに、よくあることよ。大型の魔物が村に近付いておるだけよ。どれ、坊ちゃんも見物に行ってみるか?」
それは興味深いな。ここに来る途中に結構大きい魔物は見たけど、全部無視したもんな。
勇者の話は後でもいいだろう。それにしても大型の魔物が来るってのに、誰も慌ててないな。当番っぽい何人かが席を外しただけだ。
「カース、行くの? 私もいい?」
「もちろんいいよ。見てるだけだからきっと安全だろうしね。」
アレクの周りに集まっていた子供達は不満そうだ。すぐに戻ってくるさ。
見物に来たのはいいが暗すぎて何も見えない。しかしエルフの皆さんは誰も『光源』なんて使ってない。なぜ見える?
仕方ないから目の前だけを軽く照らす。迎撃の邪魔になってはいけないからな。
「どうやらエルフの皆さんは『暗視』が使えるようね。」
なるほど。『水中視』と似たようなものか。
「アレクは使える?」
「いいえ、使えないわ。あれって結構難しいもの。つい光源で済ませてしまうわよね。」
「だよね。でも夜の魔境で光源を使うと虫が集まって大変だよね。よーし、今度母上に習ってみよう。」
「カースなら大丈夫よ。でも、身近にあんな方がいらっしゃるなんてずるいわ。」
「ふふふ、いいよね。ツイてるよね。覚えたらアレクにも教えるよ。」
「ふふ、ありがとう。」
そして柵の外に出た。魔物はこっちから来るのか。
「この感じはサイクロプスか?」
「案外ヘカトンケイルかもな」
「まあ巨人系であることは間違いなさそうだ」
「ゴグマゴグって線もある。油断せずにやるぜ」
すごいな。なぜ分かるんだ? まだ足音すら聞こえてないのに。ここは素直に聞いてみるか。
「あの、皆さんなぜそんなことが分かるんですか? 差し支えなければ知りたいです。」
「ああ、村長だ。村長はこの村に近付くものを感知できる。だいたい半径四、五キロルだったか。その精度は対象の魔力だけでなく大きさまで分かるほどだ」
「その情報を今夜の警備担当は『伝言』で知らされるってわけだ」
「ちなみに身の丈二十メイル、魔力は低め。二足歩行でこちらに近付いているとよ」
「巨人系は再生能力が厄介なんだよな。力が強いことや大きさはあまり問題ではないが」
なるほど。さすがハイエルフ、村長やるな。でも仕事多すぎじゃないか? 倒れたりしないよな?
「もしお邪魔じゃなかったらあっちの方向に『光源』を使ってもいいですか? どんな魔物か見たいもので。」
「あー、すまんがダメだ」
「ああ。光に寄ってくる魔物もいるからな」
「朝になったら見てみるといい」
「暗視使えよ」
あっさり却下されてしまった。そしてアレクが正解。皆さんは暗視を使っていたのか。
魔境なら虫ぐらいしか来ないけど、ここは山岳地帯。どんなヤバい魔物が来るか分からないもんな。大人しくしておこう。
そして、五分後。
ようやく足音が聞こえてきた。姿は見えないのが残念だ。せめて月明かりでもあればいいのに。いや、夜の森では月明かりなど無意味だろうな。
大地を揺るがす足音を立てて、巨大な魔物が現れた。まあ、見えないんだけど……
「ほう、クォーツギガースか」
「厄介だな」
「だが考えようによっては美味しい獲物だな」
「全くだな。おい坊ちゃん、参加するか?」
ギガース。巨人系か……サイクロプスやヘカトンケイルはまあまあ聞くのに、ギガースなんて滅多に聞かないよな。魔力は低いって言ってたけど、それエルフ基準だよな。力の強い巨人が魔法まで使ってきたら、普通なら村が潰れるレベルだろ?
「いいんですか? 遠慮なく参加しますけど。」
「ああ、構わんよ」
「手か足を叩き割ってやりな」
「顔や胴体は狙うなよ」
「今夜はあいつが再生する限り、稼ぎ放題だからな」
なるほど。素材をゲットしまくるわけか。でも私には敵が見えない。見えるほどの距離に近付いたら潰されてしまう。困ったな。せっかくだから参加したいのに……
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