異世界金融

〜 働きたくないカス教師が異世界で金貸しを始めたら無双しそうな件
暮伊豆
暮伊豆

131、技術革新凸版印刷

公開日時: 2021年10月30日(土) 10:48
文字数:2,966

十九日、アグニの日。

朝から夕方まで無尽流の道場で汗を流し、屋敷に戻って夕食を終えた。


おじいちゃんの書斎へ集まったのは、私とアレク、シャルロットお姉ちゃんにアンリエットお姉さん、そしてガスパール兄さんだった。ギュスターヴ君は来ていない。スランプかな?


「さて、短距離転移じゃが、今日は説明だけじゃ。まずはこれを見よ。」


おじいちゃんが机の上に置いたのは魔法陣のような一枚の紙だった。そこにコーヒーカップを乗せた。


「通常は短距離といえども転移の魔法を使うにはこのような魔法陣を利用する。詠唱だけで使用するには余りにも魔力を食い過ぎるし制御が間に合わんのじゃ。」


排水の魔法だって転移みたいなものだよな? 奥が深そうだ。

そしておじいちゃんは同じような紙をもう一枚取り出して机の端に置いた。


「では見ておれ。」


『エシュターラ・ケンシンジー・コーセンオー・チョーダイガン・コーユーホン・ガンリキエー・コーイード・グンジョーショー・イッシンダ 光と闇に綴られし修多羅に願い奉る 誓いし心を影より動かせ……転移』


すると、机中央の魔法陣に乗っていたはずのコーヒーカップが端の魔法陣上に出現した。すごい……


「ふう……疲れるわい。さて、詠唱はもう分かったな? 問題はこの魔法陣の描き方じゃ。これは転移を行う物体の重量や距離によって描き方が変わる。今回はコーヒーカップに合わせて昨夜描いておいたのじゃ。」


すごいな。こんな緻密なデザインを……

いや、それよりも母上だ。これだけのことを魔法陣どころか詠唱すらなしで……魔力だけは私の方が上って聞いたが本当か?


「そこで宿題を出そう。これと同じ魔法陣を二枚描いてコーヒーカップ程度の転移をやってみるといい。そこらの石ころを使うのがよかろう。期限はないからの、出来るようになったら見せに来なさい。それができたら魔法陣の基本を教えるからの。」


なるほど、これは基本ですらないのか。まずは何も考えずに丸写し。それが出来るようになったら線や図形、文字の意味を教えてもらえるってことだな。


「あの……ゼマティス卿。今さらですが私は参加してもよろしかったのでしょうか? これは明らかに御家の秘伝なのでは……?」


さすがアレク。細かいところにも気を使うんだな。私とは大違いだ。


「ふふふ、いらぬ心配じゃ。これは秘伝でも何でもない、なれば請われれば教えもしよう。じゃが、当然教えられぬ秘伝は存在する。白金貨を山と積まれようともな。それはいずれグレゴリウス、そしてガスパールへと継承されていくであろうよ。」


「余計なことを申しました。ゼマティス卿の寛大なお心に感謝いたします。」


「そんなことよりアレクサンドリーネ嬢よ。儂のことはおじいちゃんと呼んでくれぬかのう? いずれカースと一緒になるのであろう?」


やはり孫バカっぷりが半端ではない。秘伝がそんなこととは。アレクも顔を赤くしている。ガスパール兄さんは少しショックな顔だ。


「お、おじいちゃん……私のこともアレックスとお呼びください……」


「むほー! そうよそう! それでよいのじゃアレックス! 何でも教えてやるからのぅ!」


何でも? まさか秘伝も!?




結局この日はおじいちゃんの魔法陣を見ながらスケッチとなった。一番上手なのはアンリエットお姉さん、次いでアレクだった。そして一番下手なのが……私だった。前世から絵は苦手なんだよ……それに今まで必要のない技能だったため今生初のスケッチだったんだからさ……

そして魔法学校や魔法学院では必須の技能らしい。くそぅ。またアレクに「下手なのねぇ」って言われてしまう。


なお、転移の魔法は誰も成功しなかった。おじいちゃんが長い話になると言ったのはこれか……






十月二十日、サラスヴァの日。

短距離転移は一旦忘れて道場で汗を流す。


「カース君、ちょっと打ち込んで来てみな。」


道場主レイモンド先生が声をかけてくれた。行くぞ! 虎徹が唸るぜ!


レイモンド先生は強いのか弱いのか分からなかった。つまり私では計り知れないほど差があるということだ。ただ、打ち込むのがとても気持ちよかった。「そうだそれ!」「いい感じだよ!」「すごい!その一撃最高だ!」なんて言われるとやる気が出てくる。やはり道場主とは教え上手なのだな。レイモンド先生のこのような稽古を幇間稽古などと揶揄する者もいるらしいが、子供達にはきっと受けがいいだろう。やっぱり人は褒めて伸ばさないとね。


そこにフェルナンド先生がやって来て……


「カース君、度々すまないが外でこの間のあれを撃ってもらえるかい?」


「押忍! もちろんです!」


先生にご指名されるとは喜ばしい。全力でやろう。


外に出て、先生の周囲に水壁を張る。それを興味深そうに見つめるアレク。先生は目隠しをしており、準備万端なようだ。


「いきます!」『狙撃スナイプ


いつも通り無難に弾かれてしまう。先日ボスオーガを仕留めた細長い弾丸でもあまり変化はないようだ。それ以外にも徹甲弾や榴弾、散弾を混ぜているが、ことごとく弾かれている。衝撃だって貫通しているはずだが……一体あの木刀は何で出来ているんだ?


時折『氷弾』や『氷球』『水球』なども混ぜているが、そのような弾きにくい攻撃には触らず避けるか、上手く往なしている。瞬時の判断が凄すぎる。見えていたとしても難しいってのに。




四十分ぐらい経った頃。


「そろそろ終わりにしよう。全力の一撃を頼むよ。」


よし、前回エビルヒュージトレントの鍛錬棒を叩き折った魔法で……『徹甲魔弾』

あの時よりさらに魔力を込めてやる。


やはり先生は地面に向けて往なしたようで土煙がもくもくと立ち上がる。先生の木刀は、折れて……ない……!?


「いい攻撃だった。しかし私もそう何回も無様な真似を晒すわけにはいかないからね。上手くいってよかったよ。これはお礼だ。いつもありがとう。」


「押忍! お役に立てたなら光栄です。ありがたくいただきます。」


ペイチの実を貰った。アレクと半分ずつ食べよう。


「ありがとう。美味しそうね。でも剣鬼様って凄すぎるわね。カースのあの攻撃を涼しい顔をして受け流すなんて。私なら一発ですら防御できないわ。」


「先生は凄いよね! あれで未熟とか言われてもねぇ? 参るよね。」


アレクは可愛いしペイチの実は美味しいし。至れり尽くせりだな。

しかし困ったな……あれだけやって無傷とは。次からは火球や落雷も使ってみるべきか。


この日は他の先輩方にも稽古をつけてもらい、充実した一日だった。帰ったら魔法陣の続きだ。こちらは難航しそうなんだよな……


そこでアイデア。フリーハンドで書こうとするから上手くいかないのでは?

だから定規とコンパスを作ってみた。単純な金属製品を作るのはお手の物だ。そもそも私の場合、手で描くより魔法で描いた方がきれいに描ける。金操で定規やコンパスを動かせば効率もアップ。そもそも紙に描かなくても金属板に金操で無理矢理凹凸を付けた方がきれいに仕上がりそうだ。




できた。これって凸版印刷も出来たりするんじゃないか? 魔法陣を印刷できたらとてつもない効率化なのでは? 

うーむ……面倒なことになりそうだ……

このアイデアはボツにしよう。普通に紙に描けばいいや。金操は使うけど。幾何学模様は定規やコンパスを使うと描きやすいが、合間合間に記入されている文字が厄介なんだよな……

まだまだじっくり取り組む必要がありそうだ。

技術革新は起きません。

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