朝早くに起こされた私は父上に言われるがまま馬車に乗り込みクタナツを出た。
執事服を着た怪しげな男も同乗している。
そいつが言うには父上が悪い事をしたので逃げないと捕まってしまうらしい。その上、金貨五万枚の借金があるとか。意味が分からない。下級貴族にそんな大金を貸せるはずがない。明らかに父上はハメられている。
北に逃げたら海で船が待っているので、それに乗りさえすればアジャーニ公爵家が助けてくれるとか。母上は完全に信じている。弟達は怯えるだけ。私がしっかりしないと……
「北はやめた方がいいですよ。私の同級生には騎士長の娘がいるから分かるんです。でも西と南も当然だめ。だから東に行った方がいいですよ。」
執事服の男は子供が何を言っているんだと言いたげな顔をしていたが、いくつかもっともらしい言葉を重ねるうちに気が変わってきたようだ。
私が秋の大会、学問部門で二年連続優勝したことも関係あったのだろうか。
そしてこの男、アジャーニ公爵家と言うくせにどう考えてもおかしい。きっとアレックスちゃんが言っていたヤコビニ派の意向を受けているのだろう。
進路を東に変えさせることには成功した。また北で待っている船がこのままでは危ないので何とか連絡する方法はないか尋ねたら、ないと言う。伝書鳩すら用意していないと言うのだろうか。ならば東に逃げてどうするのだ?
言い出したのは私だが。そして実際には本当に東に向かっているのかすら分からないのに。
そうして東に進むこと数時間。外が見えないので時間がよく分からないし気分が悪い。カース君が馬車は嫌いと言った気持ちが分かる。男は大声で父上に進路を北に向けるよう伝えた。やはり最終的な目的地は北なの? 私の意見があったから大回りして向かっているのだろうか? 本当に船が待っているとでも言うの?
カース君が助けてくれたのはそれから三十分も経ってないと思う。たまたまスティード君と話した内容に『東に逃げる』とあったことをヒントに探してくれたのではないだろうか。だからどうしても東に向かって欲しかった。北にはきっとロクな物が待ってない。私達は助かったのだ。
嘘つきで泣き虫で変人、そして誰よりも頼りになる男の子。少しだけ好きだったよ……
もう私は……
父上が分かる限りの真相を教えてくれた。通常なら家族であっても話すことなどないのだが、今回は私とアレクのお手柄だから遠慮なく聞けるのだ。
そもそもサンドラパパを娼館に行かせた男がいる。金庫番の騎士バンキッシュだ。この男も女と借金に雁字搦めにされており指示されるがままパパをハメたのだ。三回無料の娼館があるとか言ったらしい。
ボディチェックをスルーできたのもこいつがいたからだ。そりゃそうだ。スルーし放題じゃないか。魔封じの首輪すらしなくていいじゃないか。
パパが予定より早く実行したのはビビったからだとか。通常業務開始時だと代官府にも人がたくさんいるため、その中で犯行を行う度胸がなかったらしい。
そして北には案の定、刺客が待っていたらしい。執事服の男ごと始末する予定だったとか。その上で金を回収するまでが任務だとか。そいつが東に向かったのは意外にもサンドラちゃんの意見を取り入れたからだそうだ。話を聞くうちに北に直進するのは危ないと考えたらしい。タティーシャ村になど行くはずもなかったようだ。
私達があれこれ考察した中に『第三者がいる』ことがすっぽり抜けていたため、的外れなことを考えてしまっていたようだ。それでも結果的に見つかったのだからよしとしよう。
ちなみに刺客は毎度お馴染み暗殺ギルドの殺し屋達。例によって何の証拠も持っていない。前回とは別口の暗殺ギルドなのだろうか。強行軍で弱っていたところを執事服の男と共謀して皆殺し。その後執事服の男を一人殺すだけなのだから最低ランクでも十分だったことだろう。
さて、今回の一件で汚職に手を染めた騎士が一定数いることが判明した。全員が全員とも露骨な悪事を働いていたわけではないのだが、互いにお目溢しする程度には汚れていたのだ。
従って騎士全員を尋問魔法にかけて全ての膿を洗い出すこととなった。その結果、任務中の立ち小便から道で拾った小銭のポッケないないまで、全員の小さな罪が暴かれる結果となった。
父上の関所破りはなぜか暴かれず、代わりに仕事をサボっていたことがバレた。
こうした今回の件に関係なさそうな罪には寛大な処置で終わったが、金庫番のように重大な罪には一切の酌量が認められなかった。やはり奴隷役で草原の開拓に従事することとなった。鉱山送りでないだけマシかも知れない。このような罰を受けたのは五人もいない。他は減俸で終わりである。
肝心の金貨五万枚だが、執事服の男が自分の魔力庫とマジックバッグに入れていた。そのため全て取り返すことができたらしい。しかしまだ問題が残っている。
金貸しが見つかっていないのだ。自称『鴉金のシンバリー』
一日一割の超高利貸しらしい。高過ぎだろ……
どうやら執事服の男とは別人らしい。
そして当然ながらクタナツにそのような名前の金貸しなんていない。
いつかの蟻事件の時の偽勇者野郎に今回の金貸し野郎、毎回一人こんな不審人物がいるんだよな……怪しい。
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