マイコレイジ商会にやって来た。アイリーンちゃんとバラデュール君は道場に帰ったが、シビルちゃんは付いてきている。
「こんにちは。カース・ド・マーティンと言います。番頭さんかセプティクさんはいらっしゃいますか?」
「しょ、少々お待ちください!」
一分も経たないうちに番頭さんが出てきた。
「これはマーティン様。お久しぶりでございます。本日はどうなされましたか?」
「二年前に作ってもらった豪邸なんですが、浄化槽に不具合があったようでスライムに襲われてしまったんです。このアレクサンドリーネが。そこで新しく交換なり作り直しなりをお願いしたいと思いまして。」
番頭さんの顔色が蒼白になった。
「申し訳ございません! すぐセプティクを呼んで対応いたします! 申し訳ありません!」
上級貴族のアレクを襲ったんだからそうなるわな。私としては責任を問う気などないのだが。番頭さんは奥にすっ飛んで行ってしまった。
「ヒュー、さっすがアー姉! スライムに襲われて無事っすか?」
「カースが助けてくれただけよ? 危なかったんだから。」
「カー兄やるっすね!」
そしてすぐにセプティクさんを連れて出てきた。
「マーティン様、お待たせいたしました。こちらへどうぞ。会長も交えてお話しをお伺いしたく存じます。」
「いいですよ。」
そして案内されたのは会長室だろうか。すっきりとまとまった部屋だな。あれが会長か。若い女性、二十代前半かな。
「マーティン様。今回は多大なるご迷惑をおかけしてしまったようで、お詫びのしようもございません。マイコレイジ商会会長のリゼット・マイコレイジと申します。」
「どうも。カース・ド・マーティンです。本日の用件はトイレを直すことであって責任を問うことではありませんので、気にされないでください。要は直ればいいんです。」
「そ、そうはおっしゃいますが、私どもとしましては……ではこうしましょう。全て無料でやらせていただくというのは?」
「いいですね。ありがたいことです。では詳しく事情を説明しますね。」
シビルちゃんはお茶と菓子をパクついている。マイペースだな。
「と言う訳なんです。どうしたことやら。」
「そ、それは初めてのケースですね……」
セプティクさんが唸っている。
「異臭がしたということは、間違いなくスライムは死んでおります。生きていれば全て食い尽くしますので。また魔法学校の制服を一分足らずで溶かすのも浄化槽スライムでは不可能です。それに、構造的にも逆流は無理なはずです。全く……不可解です……」
「何となくですが、この問題は放置できませんね。こちらでモーガン様に相談してみようと思います。新しい浄化槽も必要ですから、準備が整いましたらご連絡いたしますわ。」
「いいですよ。お任せします。一週間ほど領都を留守にしますので、またお願いしますね。」
「この度は寛大なお心遣いをいただきましてありがとうございます。また、アレクサンドル様の宝玉の如きお肌に傷が残らなかったこと、心よりお喜び申し上げます。」
「いいのよ。カースとイザベル様が綺麗に治してくれたから。」
「それに僕達はクタナツ者ですからね。不意打ちだからやられただなんて泣き言は言えないんです。ご心配ありがとうございます。ではまた。」
それにしてもモーガン様か。懐かしいな。時の魔道具を受け取った時以来か。まだ引退してなかったんだな。
ところで、スライムが生きていたら無臭だよな? 今思えばアレクを襲ったスライムは臭かったな。もしかしてスライム自体が臭かったってことか? 分からん、まあ任せておけばいいや。
「カースにしてはえらく優しい対応だったわね?」
「そう? いつも優しくない?」
「え? そうだったかしら? まあいいわ。でも、あんまり優しくすると舐められるわよ?」
「うん。分かってる。ありがとね。たぶんしばらくはこんな感じだと思うよ。今なら魔蠍だって許してしまいそうだからね。」
「カー兄パネエっす!」
「ふふっ、カースがいいならいいのよ。さあ、今からデートよ!」
「ピュイピュイ」
コーちゃんは演劇が見たいと言っている。分かるの!?
分かるみたいだった……
今日の演目は『炎姫と剣奴』
お互いに惹かれ合うものの、身分差の前に結ばれることなく命を散らす。そんな悲恋の話だ。
ラストシーン、剣奴が「姫、来世では比翼となりて共に羽ばたきましょうぞ……どこまでも」
そう言って大勢の敵に立ち向かうところでコーちゃんは「ビュウゥピュウゥ」と悲しそうに鳴いていた。その時点で姫はすでに死んでいる。だからこそ、姫の後を追う剣奴の覚悟と悲しみが心に刺さるシーンなのだ。
アレクも泣いていた。いい演目だ。
「グスッ、カースは私が死んでも死なないでね。」
「うん。アレクもだよ。僕が死んでも死なないでね。」
「ピュイピュイ」
この中で一番長生きしそうなのは……コーちゃんかな? 私とアレクは、分からないな。ローランド王国でも平均的には女性の方が長生きだけど、魔力次第だもんな。魔力の低い平民だと四十から五十歳が平均寿命だが、貴族は結構長いんだよな。国王の父親だって八十過ぎてまだ生きてるらしいし。
私やキアラはどうなるのだろうか。
ちなみにシビルちゃんは「比翼って何すか?」と聞いてくるぐらい話を理解してなかった……
さーて、明日は朝から王都行きか。おじいちゃんやおばあちゃんは元気にしてるかな。おっと、お土産を買っておこう。サンドラちゃんには食料をたっぷりと用意しておこう。楽しみだ。
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