憲兵隊詰所にて。
ここは騎士団詰所より代官府の奥側にある。私は取調室のような場所に連れて来られ尋問を受けている。
子供にこんなことして……トラウマになったらどうするんだ?
「君は子供だから魔法審問は行わない。だから正直に言ってくれないか? スメルニオフとの関わり、そしてなぜこんな書類を偽造した? これはかなり精巧にできている。余程の贋作屋が作ったのだろう。その者の名前も教えてもらおうか。」
「本物ですよ。副官には確認されましたか?」
「まだそんなことを言っているのか? このことが代官府に知られたら君は奴隷に落ちるかも知れないんだぞ? だから私達だけで話を聞いているんだ。分かってくれないか?」
なるほど。子供のしたことだから穏便に済ませてくれようとしているのか。両親のことも考慮してくれているのだろう。
それなら私も態度を少し改めよう。
「お気遣いありがとうございます。では、副官にこの一週間の間にマーティン家を訪ねたかだけを聞いていただけますか? その流れで何の用だったかついでに聞かれては?」
「まだそんなことを言うのか。まあいいだろう。もうすぐ君の家の方も来るだろう。それからまた話を聞かせてもらうとするよ。」
これでもだめか。
まあいい。来るのは母上かな。母上はこの許可書のことも経緯も知ってるから問題ないな。
ほどなくして母上が来てくれた。
一人だ。憲兵隊の馬車でやって来たのだろうか。
「カース、待たせたわね。帰るわよ。」
「お待ちください。お話を聞かせて頂かないと……」
「副官様をこちらに呼んであります。彼から聞かれてください。また、捜査のことで再びカースに聞きたいことがあるなら我が家にお越しください。この件に関してそれ以外での接触は認めません。」
すごい……上級貴族モード(と私が勝手に呼んでいる)に入っている。カッコいい。
「ええっ!? では本当に!?」
「カースが何を言ったか知りませんが、下らない嘘を吐く子ではありません。憲兵隊の皆様のお仕事のことは私も存じているつもりですので、事を荒立てるつもりはありません。」
「わ、分かりました。では副官殿から話を聞いてから判断したいと思います。」
「カース、帰るわよ。乗りなさい。」
馬車にて。
「母上ありがとう。助かったよ。僕の話を何一つ信じてくれなくて参ったよ。」
「カースの話し方も悪かったと思うわよ。もう少し年相応の子供っぽい口調の方がいいわよ。」
さすが母上。現場を見てもいないのにそこまで分かるのか。
「そう? 貴族らしく話そうと思ったんだよね。ああでも僕は冒険者だからそんなこと考えなくていいのかな?」
「もちろんいいわよ。自分の立場に合った話し方をしなさい。」
「だからさっきも母上はあんなにカッコよかったんだね!」
「うふふ、それにしても憲兵隊は犯罪者や同僚の捜査は慣れてるけど、子供相手には向かないわよね。」
その日の内に先程の憲兵隊の二人が謝罪に来てくれた。私も母上も快く許してあげた。
二人からは私を庇おうとする気持ちも感じていたからだ。
まああんな見知らぬ資格? 肩書き? を考えた代官も悪いのではないだろうか。金貸しの営業許可書が欲しかっただけなのに。
まあ許可が必要ないのに許可書なんか持ってるから余計に怪しく見えてしまったな。今度からは下っ端には軽々しく見せないようにしよう。
その後、クサオについて改めて正確に話してあげた。あんな奴が今回の事件の実行犯とは……
憲兵隊でも捜査が行き詰まっているらしい。
考えてみればほぼ誰にでもできるクタナツ攻めだもんな。こんな簡単にクタナツを滅亡させる方法があるなんて、やはり魔境は怖い。
では真犯人は?
アレクの話からすると……開拓が成功しそうになると色んな上級貴族が足を引っ張るらしいが、今回は無理らしい。
ではアジャーニ家の権勢を恐れない一派?
アジャーニ家がこれ以上力をつけることを嫌う一派?
そんな難しい事情が私に分かるはずがないし、私が考えるようなことはとっくにみんな分かってるはずだ。代官は凄腕って話だし上手くやるのだろう。
ちなみにお詫びがてら、クサオの借金は憲兵隊で立て替えてくれるらしい。金貨二十六枚ほど貰っておいた。
治療院の料金も踏み倒そうとしたことだし一生奴隷確定だな。あーあ可哀想に。
捜査は遅々として進んでいないが、蟻の解体の方はひと段落しつつあった。
「蟻の素材の買取価格は相当低くなりそうだな」
「仕方ねぇよな。こんだけの数だからな」
「むしろ売るより防具に使った方いいかもな」
「せいぜい予備にしか使えねーがな」
蟻の素材はなまくらな剣では傷もつかない。逆に言えばなまくらでない剣なら傷はつくし斬れる。クタナツで活動するレベルの冒険者ならその程度の防具は揃えているし、蟻を斬り裂けるレベルの武器も持っている。
従って解体の手間と実入りを考えると割に合うとは言えない。しかしクタナツで生きる者として協力しないという選択肢はない。根っからのクタナツ男なのだろう。
オディロン達『リトルウィング』もそこそこ稼ぐことができた。一人あたり金貨二枚と少しだ。これは九等星としては破格の稼ぎと言える。
ちなみにウリエンの分は金貨一枚ほどだった。小遣いには丁度良いだろう。
そしてバランタウンでは蟻の素材が利用され、より堅固な城壁を築くに至った。
クタナツ並とは言えないが、小さくとも堅牢な街になることだろう。
そしてグリードグラス草原に建設中の石畳だが、まだ半分ぐらいだ。まだまだ草原を縦断していない。
またこの度急に建設された石垣はそのまま城壁へと生まれ変わることだろう。
そしてアランとヨルゴは。
「副長! あの子は何なんですか! 歴戦の魔法使いですか!? 伝説の大魔法使いですか!?」
「ふっふっふー。すごいだろー。うちのカースはすごいんだぜー。」
「いやいや! なんでここからバランタウンまで一瞬で着くんですか!? 気付いたら着いてましたよ!?」
実際には二十分ぐらいかかっていたのだが、ヨルゴには一瞬だったのだろう。
「ヘッヘッヘー。カースはすごいからな。それもこれも俺とイザベルの教育の賜物だぜ。よし、俺とイザベルの出会いからじっくり聞かせてやろう。お前の嫁選びの参考にするといい!」
ヨルゴは墓穴を掘ったのだ。
もう三十回ぐらい聞かされたイザベルとの出会い、そして結婚をまた聞かされそうなのだ。
「い、いやいや! それには及びません! 副長のお子さんならあれぐらい当然ですよね! ねっ?」
「ふぅーふふふぅー、分かってるじゃないか。うちはカースだけじゃなくて上の子もすごいんだぜー。聞きたいだろ?」
「聞きたいです! 聞きたいのは山々なんですが、あいにく任務がありまして。いやー残念ですがまた聞かせてください!」
ヨルゴは何とか逃げようとしている。
「残りの任務を詳しく言ってみろ。」
どうやら逃げられそうにない。
「なんだ、そんな任務か。明日にしろ。今日はお前はもう上がりだ。酒でも飲もうぜ。奢ってやるから付いてこい。」
ヨルゴは逃げられないことが確定したのだ。
せめて誰か道連れはいないか辺りを見回すのだが、同僚は迅速に逃げている。クタナツ騎士団は優秀なのだ。
建設途中の草原に居酒屋などない。商人が運んで来る酒を購入するのみだ。
そしてヨルゴは……アランとイザベルとの出会いから結婚に至る長い話を聞かされるのだ。
ちなみに三十数回に及ぶ話だが、毎回微妙に違ったりする。しかしそれを指摘すると、また話が長くなるので皆スルーしている。
今回は結婚で終わらず、長男誕生から数年前の二女誕生まで聞かされてしまった。
合間合間にアランの浮気話まで挟まれて、最早ヨルゴは『すごいですね』とだけ返事をする人形と化していた。可哀想に。
ヨルゴは誓った。二度とアランの家族を話題に出さないと。
アランに上手く誤魔化されたなどとはカケラも考えていない。
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