だいぶ山の中へと入りこんで来た。もう眼下に川なんて見えない。
「スペチアーレ男爵はすごい所に住んでるんだな。」
楽園なんてものを作った私が言うなって話だが。
「いや、俺たちも知らない。いつもは……ああ、あそこだ。あそこに降りてくれ。」
リーダーが指差したのは山の中にぽっかりと広がった空き地だった。
「いつもはここで待ってれば、どこからともなく男爵の使いが現れる。」
「なるほど。それならまだまだ時間がかかりそうだな。どうだ? 肉を焼きながら酒ってのは?」
「マジか!」
「酒を運んでもらった上に!?」
「いいのかよおい!」
もうすぐスペチアーレ男爵に会えると思うと私も気分がいいからな。コーちゃんもだ。
「ピュイピュイ」
よしよし、それならバンダルゴウでゲットした栄螺も放出してやろう。
「よし、酒は行き渡ったな? それじゃあスペチアーレ男爵に乾杯!」
『かんぱーい!』
まだ昼にもなってないのに酒盛り開始だ。
「うめえ! なんだこれ!」
「まじだ! これが上品な味ってやつか!?」
「すげえ! 酒精が強くねぇのにうめぇ!」
「スペチアーレ男爵の師匠、センクウ親方の酒で『ラウート・フェスタイバル』ってやつだ。中々買えないんだぜ?」
「うおおー! 王都の酒か!」
「へっ、それでか! やけに懐かしく感じるのはよぉ!」
「この貝みてぇなやつもうめぇ!」
「あぁそれはバンダルゴウのサカエニナだな。俺も好きだわ。」
「ガウガウ」
カムイが肉を焼けと催促してきた。よーし、それならワイバーンを焼いてやるぞー。
くわぁー! じゅうじゅうと音を立てやがる! うーんいい匂い。たまらんね。
「うっめぇえーー!」
「こりゃ一体何の肉なんだよ!」
「この肉質……まさか……」
「おっ、分かる? ワイバーンさ。旨いだろ。」
「ワイバーンだとぉ!?」
「俺ぁ初めてだぜ!?」
「わけが分からんうまさだな……」
酒の肴代わりにワイバーンを手に入れた経緯を話してやった。
「フランティアでそんなことが……」
「呪いの魔笛かよ……」
「しかもドラゴンを二匹も……」
「とまあそんな訳で、クリムゾンドラゴンの魔石には注意しておいてくれ。」
これが本題だったりする。もちろんアッカーマン先生に関することは話してない。
「それにしても、こんなとこに来てまであの笛に縁があるとはなぁ……」
リーダーが感慨深そうに話している。彼らが王都からアブドミナント領に来た理由は王都の動乱だった。正確に言えば王都に迫った大量の魔物、それらとの戦いだった。あの時、私は西、キアラは南、母上達は東を守ったんだよな。
ならば北を守ったのは?
それは、騎士と宮廷魔導士、そして冒険者だった。そこで彼らは近衛騎士との力の差を思い知ったため、修行も兼ねてムリーマ山脈にほど近いアブドミナント領に活動の場を移したそうだ。ここなら魔物に不自由しないだろうしな。でも近衛騎士だと比べる相手が悪いんじゃないか?
そんな彼らは現在七等星。ランクは低くとも真面目な仕事ぶりからスペチアーレ男爵に酒を運ぶ仕事を依頼されるようになったそうだ。結構新参だろうに、やるもんだな。
そろそろ昼に差し掛かるという頃。一人の執事風の男が現れた。五十代前半ぐらいだろうか。
「随分と早いお着きでしたね。予定では五日後のはずでしたが?」
「この、魔王の仕業だ。船は飛ばすわ俺らも運ぶわでな。船がハバンに着いたのは昨日の夕方なのによ。」
「ほう? 魔王? ですか?」
「初めまして。八等星カース・ド・マーティンと申します。噂に名高いスペチアーレ男爵にお会いしたく罷り越しました。荷物は私の魔力庫に入っておりますので、このままどちらにでもお運びいたします。」
「私はスペチアーレ男爵家の執事、セリグロウと申します。そしてそれには及びません。この場に全てお出しください。自宅まで運ぶのは私の仕事です。それに旦那様はどなたにもお会いになりません。」
「あら、それは残念ですね。ではもしも国王陛下、またはセンクウ親方がいらした場合でもそうなのでしょうか?」
必殺虎の威を借る狐作戦だ。毎年センクウ親方に酒を送るほどに義理堅い性格なんだよな。
「……しかしあなたはそのお二方のどちらでもない……」
「それは当然です。私はただ、そのお二方と深い縁があると言いたかっただけです。これをご覧下さい。」
国王直属の身分証を見せる。ついでにラウート・フェスタイバルも。ほーれほれ、虎の威だぜぇ?
「ついでに言いますと辺境伯家の放蕩三男や剣鬼様も男爵閣下の大ファンでいらっしゃいます。」
「……くっ、だからと言って……」
「では最後に。この酒を男爵閣下にお渡しいただけますか? これをご覧になられて興味をお示しにならないのであれば、残念ながら諦めて帰ります。」
小さめの樽を三つ。一つが二十リットルぐらいのやつだ。
「……いいでしょう……それから荷物もお出しいただけますか?」
この執事が帰ってくるまでの質にしてもいいのだが、ここは気持ちよく渡してやるかな。
全部放出だ。
執事は一樽ずつ確認しながらリーダー立会いの元、魔力庫に収納していった。
「おかしいですね? 一樽足りないようですが?」
執事の厳しい目がリーダーを責め立てる。
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