クタナツ南西部。すなわち三区のとある平民宅。
「あの毒ですら生き残ったのか。」
「ええ。どうやら解毒手段を有しているようです」
「そうか。あの毒は管理が難しく量もない。よってしばらくは使えない。お前の心身傀儡に期待している。」
「ありがとうございます。奴が刃物を手にしている時を狙えばいいのですが……そもそも近付くことが至難の業です。今回は絶好の機会だったのですが……」
「ならば先に蛇や狼を仕留めなければならないか。ある意味本人より厄介だな。」
「そうですね……案外正攻法の方が上手くいくのかも知れません。例えば模擬戦を申し込むとか、借金を頼むとか……」
「ふむ、それも踏まえて策を練るとしよう。クタナツでの地盤固めも並行して進めねばな。」
「ええ、昔クタナツに食い込んでいた暗殺ギルドの奴らのように潰されるわけにはいきませんからね」
彼らは魔蠍の系譜。親組織である魔蠍本体は壊滅したが、各地に生き残った手足が潜んでいた。死を覚悟したボス、アンタレスが最後の命令を下していたのだ。もし自分が失敗したらカースを殺せ。どんな手を使ってでも、いつまでかかっても殺せと。
利に聡い闇ギルドの人間が死んだボスの命令などに従うものなのだろうか? それとも何かカースを仕留めた時のメリットでもあるのだろうか?
そこに扉を叩く音がする。来客だろうか。
「御用改めである! 開けてもらおう!」
「はーい。これは騎士様、お務めご苦労様です。何かありましたか?」
「いや、いつもの御用改めだ。ここにいるのは二人だな?」
「はい、そうです。ヌテケシ村から友人が来ておりますので。」
「お務めご苦労様です。こちら手形です」
身分証には様々な種類があるが、そもそも平民の多くは身分証を持っていない。各地に点在する村落出身ともなるといよいよそれは顕著となる。そんな村民がクタナツなどの大きな街に入ろうとする時に必要なのが通行手形である。目的に応じて各村の村長が発行するというわけだ。
「いいだろう。普段見かけない者を見た際には騎士団まで届けるように。」
「はい。お務めご苦労様でした。」
そう言って騎士は出ていった。何も疑うことなく…….
理由は簡単、手形が偽造などではなく本物だからだ。家の住人も、本物……を殺して成り代わっている。写真などないため、本人と親しい人間さえいなければ判明することなどない。ましてや顔貌がそっくりで、近所付き合いも稀な人物ならば? まずバレることはないだろう。普段の魔蠍ならば何年何十年もかけて入念に入り込み、その土地の人間になっていくのだが、ここに至ってはそんな時間はない。ターゲットが目の前にいるのだから。
また、突然の御用改めからも分かるようにクタナツの警備が厳しくなっている。そのため外の人間が新しく家を建てたり買ったりすることが難しい。ましてやスラムもないため外の人間がウロウロしているとすぐに発見されてしまう。よってわずか一年半で成り代われる人間をピックアップし、実行した。ここを足がかりに新たな組織作りを進めていくことだろう。
ちなみにバランタウンやソルサリエにはしっかりと根付いている。やはり厄介な組織である。
ところで、表向きには今回の件は受付嬢の乱心ということになっている。若手冒険者三名が死んだのも別件として扱われている。
しかし実際には、犯人は禁術を使えるほどの魔法使い、危険な猛毒を所持している闇ギルド員、という前提で捜査されている。
ギルド、騎士団、闇ギルド。そこにカースが入り混じり、事態はどのように転んでいくのだろうか。
夏休みまでもう二週間。待ち遠しいな。夏休みはどこへ行こうか。やはり楽園で二人きりで過ごすのがいいなぁ。アスピドケロン鍋はあれから三日がかりでなくなった。夏場なので腐らないか心配だったので、夜間は甲羅ごと凍結を使っておいた。魔法って本当に便利だなぁ。
そして今日も道場での稽古を終えて家に帰る。夕方の帰り道をコーちゃんと二人で歩いて帰る。アッカーマン先生に渡せなかった王都の土産も渡せたし、足取りも軽いってものだ。
「おー、やっと来やがったかよ」
「テメー何のうのうと歩いてやがんだよ」
「クラーサさんを殺しておいてよぉ」
「何が乱心だよ? テメーも殺してやるよ?」
あの一件以来こんな奴らが多い。もうすぐ結婚するってことぐらい知ってただろうに。それでもファンなのか?
「好きなだけ殴るなり斬りかかるなりしていいぞ。」
あっ、剣を抜いてる。
やる気かよ。別にいいけど。
「おらぁ!」
「死ねや!」
「殺すぞ!」
「あの世でクラーサさんに謝ってこいや!」
もちろん私の自動防御は万全だ。ああ嬉しい。復活を実感する。奴らは剣だけでなく魔法も使っているが、全く攻撃は通らない。
「くそっ!」
「どうなってやがる!」
「舐めやがって!」
「こんなんじゃクラーサさんに顔向けできねーんだよ!」
そろそろいいかな。『麻痺』
奴らがバタバタと倒れる。本来なら借金を被せるか貴族への殺人で奴隷落ちとなるところだが、最近の私はとっても機嫌がいいのだ。だからこの程度で許している。私って何て寛大なんだ。心の器がノヅチだな。
こんな風に毎日を過ごしていたらもう七月末。明日は放課後までに領都に行って久々にアレクのお迎えをしよう。学校の校門で待つのって青春ぽくて好きなんだよな。
「ねーカー兄ー、夏休みはどこに連れてってくれるのー?」
「海は決まりだし、別荘にも行くよ。エルフの村にも行こうな!」
「うん行くー! 明日ー?」
「いや、来週かな。待っててな。アレクを連れて来るからな。」
「えー、もー、分かったー……」
おっ、意外と素直なんだな。キアラはいい子だ。
それにしても案外忙しい夏休みになるかも知れない。王都にも行くしエルフの村にも行くし。カムイや虫歯ドラゴンのお土産も用意しておかないとな。そうなると、明日は領都に行く前に……
翌日、私はクタナツに店を構えた魔力庫職人ボクシーさんの所に来ている。
「この魔石で魔力庫を拡張したいんですが、どうですか?」
「こいつぁすごいな。海の魔物か? 文句なしだ。多分一辺が二倍ぐらいに広がるぜ。」
アスピドケロンの魔石だ。キアラがいらないと言うから貰っておいた。昔、魔力庫を作る時に使ったエビルヒュージトレントの魔石も大きかったが、それ以上だ。重さにして三十キロムはあるかな。
一辺が二倍になるってことは容量は八倍ってことだな。十分すぎる。今の魔力庫が一辺二十五メイルぐらいだから、一辺五十メイルの立方体ってとこか。すごいな。
「よし、いくぜ! 魔力をしっかり燃やすんだぜ!」
「押忍!」
本気で錬魔循環をするのも久しぶりか。以前は山奥の静謐な泉って感じだったが……今の私は……
何も無くなった。転生前に、かなや=さぬはらと出会ったあの空間。どこまでも続く真っ白い空間。そんなイメージだ。幾多の苦難を経て、またまた成長したのか私の魔力よ。
「よし! できたぜ! いい魔力だったぜ!」
「ありがとうございます!」
「全く、苦労させやがって。魔力が質、量ともに意味分からんレベルじゃないか。いい勉強になったぜ。」
「どうも。おいくらですか?」
「金貨百枚と言いたいところだが、勉強代だ。半額に負けておいてやる。」
「じゃあこれ。またお願いしますね!」
これで魔力庫に詰め放題だ。領都に行く前にオウエスト山で魔物を狩っていこう。
何か虫歯にいい食べ物ってないのかな。キシリトールを含んだ魔物なんていないだろうなぁ……
確か植物に含まれてた気がするもんな……
あ、もしかしてグリードグラス草原にならいるのか? もしくはノワールフォレストの森とか? 無理だな。とても探せる気がしない。
オウエスト山では運のいいことにオークの大群と遭遇した。軽く二百匹はいただろう。さらに幸運なことにボスらしき大きなオークまで。オークキングとかオークジェネラルとか、それ系なのだろう。これには虫歯ドラゴンも喜んでくれるだろう。
さて、意気揚々とアレクを待とう。ここの校門前に佇むのも随分と久しぶりだ。あっ、受付さんもお久しぶりです。
まだかなまだかなー。
アレクはまだかなー。
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