王都を飛び立って一時間。ほぼ一直線でクタナツを目指している。オディ兄に貰った羅針盤があるから楽勝だ。ムリーマ山脈だって上空を通過する。魔物はたくさんいるが、私に追いつける奴なんかそうそういない。無視してぶっちぎってやる。
解毒をかけ続けながらも全速力。さすがにキツいな……
見えた! クタナツ! 上空から急降下!
実家へ直接着陸だ!
「母上! 母上!」
「カース君? 王都に行ってたんじゃあ? それにエリザベスさん!? どうしたの!?」
「ベレンガリアさん! 母上は!?」
「いらっしゃるわ! 奥様ー! 奥様ー!」
よかった。いるのか。
「カース? どうし、エリザベス! 毒なのね!?」
さすが母上。話が早い!
「ベレンガリア! 急いでマリーを連れて来てちょうだい! 早く!」
「はいぃ!」
マリーも必要なのか……
やはり危ない毒か……
「おじいちゃんはまるで『死汚危神』みたいだって言ってたよ……」
「そうね。私もそう思うわ。クタナツに連れてきて良かったわ。助かる可能性が少し出てきたわ。カース、しばらく解毒を頼むわね。」
「押忍!」
母上はそう言って家の中に入っていった。助かる可能性か……やはり母上は頼りになる。それでも少しなのか……
ほどなくしてマリーも来てくれた。
「マリー! 姉上が!」
「坊ちゃん……お任せください。坊ちゃんはそのまま解毒を続けてください。」
母上も出てきた。な、なんだその服装は!?
まるでどこかの神殿の巫女のようだ。
「マリー、どう見る?」
「奥様……まるで禁術の毒です……」
「やはりそうなのね……お願いできる?」
「お任せください。私もちょうど行かなければならない用がありましたので……
さて、坊ちゃん。話は後です。今から私とお嬢様を乗せて北に飛んでもらいます。いいですね?」
「分かった! どこへでも行くよ!」
すると母上は着ていた服を脱ぎ、姉上を覆ってしまった。顔だけは出しているが。
そして、いきなり自分の髪をほとんど根本から切ってしまった。それを姉上と服の間に詰め込んだ。
その上、手首を斬って……上から血をかけている……
「母上! 何やってんの!」
「ギャワワッ!」
「エリの生命維持よ……でもごめんなさいねカース。これでもきっと足りないわ……あなたに大変な思いをさせてしまうわね……」
一体何を……?
姉上は母上の髪と血、そして巫女のような服に包まれた。
「いいわよマリー。できればまた会いたいわ。帰って来てね。」
「もちろんです。さあ坊ちゃん出してください!」
「分かった! 母上行ってくるね! ベレンガリアさん! 母上をお願い!」
「分かったわ! 任せて!」
話がさっぱり分からんが、姉上が助かるならそれでいい! 行くぞ北へ!
カース達が飛び立った後、マーティン家では……
「私は騎士団詰所に出頭してきます。キアラを頼んだわよ。」
「そんな……奥様……」
「仕方ないわ。こんなに白昼堂々と関所破りをしてしまったんですもの。隠しきれないわ。せめて少しでも罪が軽くなるよう祈っておいて。」
「はい……奥様……」
イザベルは服装を整え、騎士団詰所に出頭した。乱雑に切られた髪が悲壮感を漂わせる。一時的ではあるが髪と魔力を失ったイザベル。よほど親しい者でない限り今の彼女を見て、あの魔女だと気付けないだろう。
一体どれほどの罪になるのか。カースはクタナツに帰って来ることができるのだろうか。
カースが飛び立った後、王都では。
『大変長らくお待たせいたしました! エリザベス選手の試合続行不能により! オウタニッサ・ド・アジャーニ選手の優勝となりましたぁー! それでは表彰式を行います!』
「アレックスちゃん……カース君は今頃クタナツかな……」
「大丈夫よ。カース君なんだから心配したって無駄よ。」
「私もそう思うわ、だけど……」
「それにしてもエリ姉ほどの魔力があっても効く毒なんてあるのね。」
「私も驚いたわ。おじいちゃんですら知らないんですもの。本当に神殺しの猛毒だったら私が欲しいぐらいよ。」
彼女達はエリザベスが心配で表彰式どころではない。アンリエットは敵が減ることを喜んでもいいはずだが。
「ねえ、姉上……もし、エリ姉が死んだら……どうするの?」
「どうもしないわ。ウリエンさんを狙う敵が一人減るだけのことよ。まあ……私の手で勝ちたかったけどね……」
どうやら姉妹揃って素直ではないらしい。
「サンドラちゃん、スティード君。先に帰っててくれる? 少しソルと話をしてくるから。」
「ええ、私達にできることなんてなさそうだし……先に帰るわね。行くわよスティード。」
「うん、じゃあアレックスちゃん。後でね。シャルロットさんとアンリエットさんはどうされますか?」
「私はおじいちゃんの所に行くわ。シャルロットも来なさい。少しでもカース君の罪が軽くなるように動かないとね。」
「姉上……そうよね。私も行くわ!」
「サンドラちゃん! 僕らも行こう! 邪魔をするだけかも知れないけど! それでも……」
「いいわよ。四人でゼマティス卿におねだりしましょうか。」
ソルダーヌの観覧室を訪れたアレクサンドリーネは事情を説明していた。
「あの闇雲の中でそんなことが起こってたのね。あのエリザベスさんに効く毒があるなんてね。やっぱり闇ギルドって怖いのね。」
「そうね。エリザベスお姉さんについてはもういいわ。カースとイザベル様が付いているんだし。それより私達ができることをしないと。カースの減刑嘆願よ。」
「そうね。私とデフロック兄上の名前で陛下に陳情するわ。アレックスも連名でいいわよね?」
「ええ、お願いできるかしら。カースと何年も離れ離れになったら……私……」
「大丈夫大丈夫。カース君って陛下のお気に入りなんでしょ? きっとうまくいくわよ。」
「うん……ありがとう、ソル。」
実況室にて。表彰式も終わりベリンダとアントニウスは、ほっと一息ついていた。
「それでゼマティス卿? カース君は関所破りをして飛んで行ってしまったんですか? クタナツまで!?」
「ああ。よもやあれほどの毒が存在しようとは……必ず殺す蠍の一刺しか、侮っておったわ。」
「幹部を軒並み捕らえて残りはボスだけだったんですよね? それが向こうから現れるなんて……」
「あやつは死ぬ気でエリザベスを、あわよくばカースまで殺すつもりじゃった。そのためにわざわざ参加したと見える。なれば生け捕りは不可能じゃったろうて。カースもよく判断したものじゃ。スティード君もじゃが、やはり小さくても心はクタナツか。」
「普通解毒剤を狙いますよね。毒を使う奴って自分が死なないように解毒剤を持ってるのが定番ですもんね。」
「そうじゃな。しかしあやつは死ぬ気じゃった。自分の死体から解毒剤など見つかっては無駄死にじゃ。まず持っておらぬじゃろうて。そもそも解毒剤が存在するのかも怪しいものよ。」
「あー、いかにも闇ギルドの切り札っぽいですもんね。後先考えない奴って厄介ですよね。」
「さてと、陛下に御目通り願わなくては。ではのベリンダ嬢。そなたとの実況は楽しめた。またこのような催しの際は呼んでくれ。」
「こちらこそありがとうございました! エリザベスの奴、助かるといいですね……」
素直じゃない女がここにも一人。
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